第117話 ライバルはパスタ屋さんです
更に一週間後。
ローラたちはまたまた屋台を手伝いに来た。
しかし大賢者だけはお休みだ。
大賢者は魔力も知識も極まっているが、勤勉とは程遠い。
先週だけで懲りてしまったようで、今は『集中お昼寝運動』の実施中だとか。
「あれ? あの屋台、先週までありましたっけ?」
ローラはラン亭の向かいに、見慣れない屋台を発見する。
看板を見ると、どうやらパスタ屋さんのようだ。
もの凄い行列ができている。
まるでラン亭が初めてここに屋台を出したときのような行列だ。
どこで誰が商売しようとローラたちが口を出す権利はない。
だが、そのパスタ屋から、何やら睨まれているような気がする。
それどころか敵意すら感じた。
考えすぎだろうか?
「あの看板は……確か王都のあちこちに店を持つ、パスタのチェーン店『レディオン・パスタ』ですわ。屋台というのは初めて見ますが……」
「私も食べたことはないけど、看板は見たことがある」
王都暮らしの長いシャーロットとアンナが言うのだから間違いないだろう。
「つまり、新たなライバルでありますな。いざ尋常に勝負であります」
「西方の麺と東方の麺の直接対決……燃えるアル!」
ランの瞳が燃えている。
もちろん実際に燃えているのではないが、そんなイメージが見えるくらい気合いが入っていた。
「さあ、こちらも開店ですわ! 向こうの行列をこっちに引っ張ってやりますわ!」
「今日のスープの出来は先週よりもいいよ」
「一杯食べるだけでドラゴンに勝てるかも、であります」
シャーロット、アンナ、ミサキが呼び込みをする。
ところが、どうしたことだろう。
先週まであれだけ行列があったのに、今日はほとんどお客さんがこない。
もちろんゼロではないが、ランのラーメンを茹でる手が止まってしまうほど暇だった。
昨日、放課後に遊びに行ったときは、本店にもしっかり客が入っていたのに。
たった一日でラーメンの人気がなくなるなんて妙な話だ。
そこでローラは、数少ないお客さんに尋ねてみる。
「あのぅ……どうして向かいのパスタ屋さんにばかり行列ができて、こっちに人が来ないか心当たりありませんか?」
「ん? そりゃ、あっちはパスタにとんでもない物を入れてるし、信じられないくらい安く売ってるからな……よほどラーメンを食べたい気分の奴じゃなきゃ、こっちにはこないだろ」
「とんでもない物……?」
「薬草だよ」
「え!」
ローラは耳を疑った。
薬草はその名の通り、薬としての効能がある植物のことだ。
中には食べるだけで傷や病気が治ったり、目がよくなったり、魔力が一時的にアップしたりする種類もある。
しかし、どれも例外なく高価。
パスタに入れて売るような物ではないし、あんな行列ができるほど、お金持ちがこの通りに集まっているとも思えない。
「ランさん。私、パスタ屋さんの偵察に行ってきます!」
「分かったアル。お願いアル」
「行きますよ、ハク!」
「ぴ!」
店のことは残りのメンバーに任せ、ローラとハクはスパイとなる。
もっとも、着ている服が派手なので、ラン亭の店員なのはバレバレだ。
だからローラは正面から堂々と近づいていく。
「なっ、何て安い! こんな価格で売って利益がでるんですか!?」
価格が見えた途端、ローラはつい声を出してしまった。
しかもパスタに入っていると謳われている薬草は、とびきり高価な『元気草』。
食べると半日ほど元気が続くという薬草で、身体能力が格段にアップするらしい。また、疲労回復にも効果があり、怪我の治りも早くなる。
だが魔力を持った強力なモンスターの死体にしか根を張らず、養殖も難しい。
過去のデータから効能は保証されているが、値が張るので、それで自分を強化して討伐クエストを受けても、さほど収入には繋がらないと聞いたことがある。
本当に、絶対に負けられないという、ここぞというときに使用される薬草だ。
しかし、そんな貴重な元気草が、パスタの具になって屋台で売られていた。
それも、冒険者ラーメンより少し高いくらいの価格で。
ありえない。
大量に仕入れて単価を下げているとしても、絶対に原価割れしている。
ローラがポカンと前で立ちすくんでいると、パスタ屋の店員と視線が合った。
向こうはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「おっと、ラーメン屋の売り子じゃないか。どうした、そんなところに突っ立って。パスタを食べたいなら、列の後ろに並ぶんだな」
「べ、別にパスタを食べに来たわけじゃありません! それよりも、その元気草は本物なんですか!? その価格で提供できるとは思えませんけど……」
「なんだ、変な言いがかりはよしてくれ。企業努力でやっと実現した価格なんだ。いちゃもん付けようっていうなら、衛兵を呼ぶぞ」
「ぐぬ……」
元気草が偽物だという証拠はどこにもないので、ローラは何も言い返せなかった。
ぷんすか肩を怒らせてラン亭に帰るしかない。
その背中にパスタ屋の声が聞こえる。
「さあさあ、皆さん。我が『レディオン・パスタ』は、お客様のことを第一に考えております。だからこそこの値段なのです。それに、やはり西方の麺といえばパスタでしょう!」
わーわーと声援も聞こえてきた。
悔しさのあまり、ローラは頬を膨らませる。
だが、まだ負けたわけではない。
あんな原価割れの反則的価格の店が目の前にあっても、いくらかはラン亭にお客さんが来てくれているのだ。
それだけラーメンが愛されているという証拠。
ラーメンを愛する人たちのためにも、店を潰すわけにはいかない。
「皆さん、緊急事態です!」
ローラは皆に、パスタ屋が元気草をとんでもない値段で売っていると報告する。
真っ先にシャーロットが反応した。
「それは絶対に変ですわ。明らかに採算度外視。わたくしたちの店を潰すためにやっているのでは?」
「確かに、ラン亭は他の店の客を奪っていた。恨みを買ったのかもしれない」
「そんな……私はただ皆にラーメンを食べて欲しかっただけアル!」
「ラン殿は別に悪くないであります。真面目に商売しただけであります。そしてパスタ屋の価格破壊も、別に違法ではないであります。競争であります」
「確かにそうですけど……元気草が本物ならの話です。だから私たちも並んで、実際に食べてみましょう。もし偽物だったら、詐欺だーと叫びましょう!」
悲しいことに、ラン亭のお客さんはまばらだ。
ラン一人に任せてしまっても問題ない。
というわけで、ローラたちはパスタ屋の列に並ぶ。
なんと一時間以上も待つ羽目になった。
だが、元気草が偽物だと証明できれば、一発逆転だ。
「こ、これは……!」
「信じられませんわ!」
「力が沸いてくるであります!」
「本物の元気草……」
「ぴぃ!」
テーブル席でパスタを食べたローラたちは、全身に力がみなぎるのを感じた。
ニンニクを食べたからスタミナが付いたとか、何となく強くなった気がする、なんて些細なものではない。
奥底から燃えるような熱さを感じる。
体が軽い。
五感が鋭敏化している。
これは間違いなく元気草。
「本物です……文句を言えません……」
うなだれるローラたちを、パスタ屋の店員が勝ち誇ったように見ていた。
敵は手強い。
これは、作戦会議の必要がある。
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