第27話 敵襲ではない
魔法学科一年の担任エミリア・アクランドは、職員室で考えごとをしていた。
失踪したシャーロットのことだ。
彼女が寮から消えたことは両親に伝えたし、衛兵にも探してもらっている。
これ以上エミリアにできることはなかった。
しかし心配しているローラが哀れだし、エミリアとしても自分の生徒の所在が掴めないというのは落ち着かない。
(急ぎの仕事もないし、私も探しに行こうかしら)
などと考えていた、そのとき。
窓の外から激しい金属音が聞こえてきた。
「おいおい、誰か戦ってんのか?」
「まったく。訓練場と闘技場以外で戦うなって校則に書いてるだろうに」
「職員室の目の前でいい度胸だ。教師を舐めてやがる」
戦士学科の教師たちが一斉に立ち上がった。
この王立ギルドレア冒険者学園の教師は、例外なく元冒険者だ。
つねに危険に身を置いてきた人種ゆえ、一般人に比べてガラが悪い者が多い。
(特に戦士学科の先生は何というか……沸点低いのよねぇ)
校則違反をする生徒が悪いに決まっているのだが、少し同情してしまう。
あんな人相の悪い男たちに囲まれたら、十代のころのエミリアなら泣き出したかも知れない。
「ぎゃあああああああ!」
少女の悲鳴が近づいてきた。
はて、どこかで聞いたような声だ。
(いや、これってローラさんの声!?)
ガシャーン、と盛大な音とともに小さな少女がガラスを突き破って職員室に入ってきた。
少女は机や椅子を薙ぎ倒し、書類をぶちまけ、鉄のロッカーに突っ込んでようやく止まる。
間違いない。エミリアの受け持つ生徒、ローラだ。
「敵襲かァッ!?」
とある教師が叫んだ。
砲撃とさほど変わらない勢いのローラを敵襲と誤認した彼を責めることはできない。
エミリアとて、事前にローラの声だと認識していなければ同じことを思っていただろう。
少なくとも、窓の外で戦っていた生徒だなんて想像もしなかったはずだ。
「魔法使いは防御魔法を展開しろ! いつでも回復魔法を使えるよう準備だ!」
「どこのどいつだッ! 大賢者のギルドレア冒険者学園に上等くれて生きて帰れると思うなよタコが!」
「半殺しじゃなくて全殺しだ! 誰にケンカ売ったか教育してやるッッッ!」
教師全員、顔が冒険者だった頃に戻っている。
ここの教師はAランクやBランクの強者揃い。
そんな人たちが殺気を剥き出しにして臨戦態勢になっていた。
もうすっかり大人になったエミリアですら泣きそうだった。
「あ、あの先生方。これは敵襲じゃなくて、その……生徒がしでかしたことみたいです……」
「あん? エミリア先生。何を言ってるんですか。いくらうちの生徒でも、職員室にカチコミする度胸がある奴なんか……」
そう言いかけた教師は、床で伸びているローラを見つめた。
そして、ああこいつか、という顔になった。
「エミリア先生! 生徒の教育はちゃんとしてくださいよ。こんなの前代未聞だ!」
戦士学科一年の担任が説教をしてくる。
「ですが……もう一人は戦士学科の生徒ですよ、ほら」
「え?」
割れた窓から外を見ると、こちらを覗き込むアンナの姿があった。
「ア、アンナてめぇコラ待てやァァァァッ!」
「タスケテ、タスケテ……」
アンナは全力で逃げていく。
無理もない。
この職員室は恐ろしすぎる。子育て中のドラゴンの巣よりなお危険である。
とはいえ、逃走に成功したとしても、犯人だとバレているのだ。
今ここで怒られるか、あとでもっと怒られるかの違いでしかない。
「いたたた……」
ローラは呑気な声を出し起き上がる。
自分がどういう状況にいるか分からないようだ。
だが職員室の教師全員から睨まれていると数瞬後に気付き、サァァと青ざめていく。
「あの、えっと、その……」
「おいローラ・エドモンズ。お前、小さいくせにいい度胸してるなぁオイ」
駄目だ。教師は皆、自分たちが教育者だという自覚を失っている。
パーティーの面子を潰された冒険者みたいになっている。
流石に生徒を殺しはしないだろうが、半殺しくらいにはするかもしれない。
そうなるとローラも抵抗するはずだ。
王立ギルドレア冒険者学園の教師たちVSローラ・エドモンズ。
勃発したら地図から学校が消えてしまう。
いや、最悪、王都の形が変わる。
エミリアが率先して罰を与えることで、何とかこの場を乗り切ろう。
「ローラさん、あなた何てことしたの! 今度ばかりは許しませんからね!」
「エミリア先生、許してください、まさかこんなことになるとは思ってなかったんです! あああああ痛いです痛いですごめんなさぁぁい!」
こうして何とか、お尻ペンペンと職員室の掃除、それから反省文十枚でお茶を濁すことに成功した。
しかし、逃げていったアンナの運命はどうなるのだろう。
別の学科なので、エミリアには庇ってあげることができない。
せめて半殺しか……七割殺しくらいで許してもらえますように、と祈る。
そして次の日。学校で目撃したアンナの頭の上には、大きな大きなタンコブがあった。
これくらいで済んでよかった、とエミリアはホッと胸を撫で下ろした。
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