第26話 職員室に用事はありません

「エミリア先生。シャーロットさんがどこに行ったのか、まだ分かりませんか?」


 朝、授業が始まる前。ローラは職員室に行き、エミリアを捕まえ、何度目になるか分からない質問を放った。

 そしてエミリアは前と同じ答えを返してくる。


「分からないわ。ご両親も心配しているのだけれど……衛兵に捜索願を出したし、私たちも全力で探しているから、ローラさんは授業に集中して」


「はい……」


 寮の部屋には手紙が残されており、短く「修行に行ってきます。探さないでください」と書かれていた。

 最初はシャーロットらしいと笑っていたローラだが、三日も留守にされると、流石に心配になってくる。


 もうすぐ夏休みだ。その前に校内トーナメントがある。

 校内トーナメントは学年ごとに行なわれる武闘大会で、生徒たちがどのくらい成長したかを調べるために行なわれる。

 とはいえ、各学年それぞれ八十人ほどいるのだ。

 まともにトーナメントをしていては何日かかるか分からない。

 そこで幾つかのブロックに分けて、バトルロイヤルをする。

 バトルロイヤルを勝ち抜いた者だけが本戦のトーナメントに進むことができる。


 剣士は真剣を使うし、魔法学科の生徒も本気で魔法を撃つ。

 よって怪我人が出ることを前提としており、教師がいつでも回復魔法を使えるように待機している。

 また死者が出ると判断された場合、即座に試合は中止され、勝敗は判定によって下される。


 ギルドレア冒険者学園が創立されてから約半世紀が過ぎたが、今のところ、校内トーナメントで死者が出たことはない。

 おそらく今年も大丈夫だろう。


 腕に覚えがある生徒は校内トーナメントを楽しみにしている。

 それはローラもアンナも同じだ。

 シャーロットの性格から考えて、校内トーナメントに備えて山ごもりでもしているのだろう。


 ゆえに、そこまで深刻に心配しなくてもいいはずなのだが……やはり心配だ。

 自分やアンナも大概だが、シャーロットの無茶の仕方は尋常じゃない。

 気絶するまで修行して、エミリアに担がれて部屋に帰ってくるのもしばしば。

 そんなシャーロットを一人にしてしまっていいのか?


(でもシャーロットさんは私よりずっと大人だし、ちゃんとやってる、よね?)


 気になって授業に身が入らない。

 エミリアに頭をコツンと叩かれクラスメイトに笑われてしまう。


        △


 放課後。

 ローラはいつものように訓練場でアンナと剣を交えながらボヤいた。


「そう……まだシャーロット帰ってこないんだ」


「はい……心配で心配で……まあ校内トーナメントまでには帰ってくると思うんですけど」


 こうして雑談をしている以上、本気で打ち合っているわけではない。

 とはいえ、互いに一年生レベルの動きではなかった。

 それどころか三年生でも二人の動きについてこれる者は稀だ。いや、皆無かも知れない。


 アンナの筋力強化の魔法は覚えたてのころに比べ、随分と上達した。

 素の状態に比べ二倍以上まで強化されている。

 また最近では防御魔法も実用レベルに達し、熊に殴られた程度ではスリ傷も負わないようになった。


 今のアンナと戦うには、流石のローラも筋力強化の魔法を使うしかない。

 ただし全力で使うと勝負が成立しなくなるので、アンナと同等の強さに抑える。

 これによりローラは、剣の修行と魔力制御の修行を同時に行えるというわけだ。


「ところでローラ。ちょっと提案」


「ん? なんですかぁ?」


「場所変えない? ここは狭くて思いっきり剣を振れない」


「……ああ、なるほど」


 この訓練場は誰でも自由に使用できる。

 よってローラとアンナ以外にも十数人の生徒がいた。

 本来ならそれでも余裕で訓練できる広さがあるのだが、筋力強化魔法を使用したローラたちは学生の域ではなかった。

 もし二人が本気で斬り合うと、周りの生徒を巻き込んで屠殺場みたいになってしまう。


「つまり、本気でやりたいんですね?」


「うん。校内トーナメント、ローラは無理でも、せめてシャーロットには勝ちたいから」


 二番手扱いされたシャーロットがここにいたら、さぞ怒るのだろう。


「分かりました。じゃあグラウンドに行きましょう。トーナメントに向けて部活も休んでいるはずなのでスカスカですよ!」


「なるほど、それは盲点」


 ローラとアンナは剣を持ち、校庭へ向かってタッタカ走り出す。

 なにか重大な決まり事があったような気がしたが、あとで考えよう。


「さあ、始めましょうアンナさん!」


「思いっきり行くから覚悟して」


 誰もいないグラウンドで剣を構え、対峙する二人。

 先に仕掛けたのはアンナだった。

 その初速の速さにローラは驚愕する。


 踏み固められた地面が抉れるほどの脚力で、アンナは土煙とともに突っ込んできた。

 動き自体は単純だが、速度が予測を遥かに超えている。

 ローラは剣の耐久度と己の筋力を強化し、辛うじてアンナの一撃を受け止めた。


「い、今までは全然本気じゃなかったってことですか!?」


「訓練場で本気をだしたら死人が出るから。でもローラなら大丈夫だって信じてた。じゃ、もっと速くしても大丈夫だよね」


「ちょ、ちょっと待ってください! ちょまァァッ!」


 このまま打ち合ったら確実に押し負ける。

 しかし無制限に筋力強化したら、アンナを殺してしまう。

 丁度いいレベルまで強化したいのに、その調整の暇がない。


「ハッ!」


 出会ってからこれまでで最強の横薙ぎがアンナから放たれた。

 ローラは辛うじてそれを防御する。

 剣は無事だ。骨にヒビが入ったりもしていない。

 が、踏ん張りが効かなかった。

 ローラの小さくて軽い九歳の体は、蹴られたボールのように空高く舞い上がる。

 そのまま放物線を描き、校舎へと突っ込んだ。


「ぎゃあああああああ!」


 最悪なことに、そこは職員室だった。


(あ、でも男子トイレよりはマシかも)


 なんて考えながら、ローラは職員室のガラス窓を粉々に砕く。

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