第25話 アビスの門
このファルレオン王国の冒険者でガザード家の名を知らない者はいない。
代々〝優秀〟な魔法使いを輩出している伝統ある家系だ。
しかし、ほんの百数十年前までガザードは〝最強〟の魔法使いの代名詞だった。
それがあの『大賢者』のせいで頂点から転落した。
大賢者カルロッテ・ギルドレアは人類史上、最大最強の魔法使いだ。
そこに異論を挟む者はなく、もはや挑もうとする者すら存在しない。
そう、誰も挑まないのだ。
ただ見上げるばかり。そして首を目一杯上げてもその全容が見えないから、諦めてしまう。あれは自分たちとは関係ない。立っているフィールドが違うのだと誤魔化す。
かつて最強だったガザード家ですら、凡百の魔法使いたちと同じくカルロッテ・ギルドレアから目をそらし続けている。
シャーロットはそれが昔から耐えがたかった。
偉大なご先祖様の話は何度も親から聞かされた。
魔法の新理論をいくつも作り、古代遺跡を発見し、王にすら助言し、戦争では切り札となった。
そんな先祖の逸話を嬉々として語るくせに、現状を恥じない。
先祖が偉大?
ああ、それで?
大賢者に負けたままで恥ずかしくないのか貴様らは。
両親も兄弟も祖父も祖母も、お前たちにガザードを名乗る資格なし。
かつての威光は自分が取り戻す。
大賢者カルロッテ・ギルドレアを打ち破る。
そんな陳腐で幼稚な、子供時代にありがちな夢を抱いてシャーロットは努力を重ねた。
自分の才能がガザード家の中でも優れたものだというのはすぐに分かった。
行ける。届く。大賢者を倒せる。
そう信じて疑わず、ギルドレア冒険者学園に入学し――。
本物の天才と出会った。
自分などただの人間だと思い知った。
天才というのは人間と違う生物なのだ。
ローラ・エドモンズ。彼女に勝てなければ大賢者など夢のまた夢。
「結構。相手が怪物だというなら、こちらも人間をやめればいいだけの話ですわ」
いつの間にかガザード家などどうでもよくなり、シャーロット個人としてローラを追いかけていた。
あの子に勝ちたい。友達だからこそ負けたくない。
そう想って願って――やがて。入学したばかりだと思っていたのに、もう学期末の校内トーナメントまであと半月という時期になってしまった。
頃合いだ。
学校に行っている場合ではない。
今からシャーロットは人間をやめて鬼と化す。
「ここがガザード家の修行場、アビスの門……」
山の奥深くにポツンとある洞窟。
その入り口は鉄の門で封印されている。
この奥には、ガザード家がかつて使役していた霊獣が住んでいるらしい。
侵入者を見付け次第、生かさず殺さず嬲れという命令を受け、ガザード家の者が修行に来るのを待ち受けているのだ。
もう百年以上使われていないという。
門の鍵は実家から盗んできた。
不眠不休で動き続けられる秘薬も持ってきた。
(一粒で三日は動き続けられるはずですわ……)
門を開ける前に、シャーロットは黒い丸薬を飲み込んだ。
その瞬間、心臓がドクンと跳ねた。体が芯から熱くなる。
なにやら視覚も妙に鋭敏化しているような気もする。
「この即効性……明らかに危険な薬ですわね……こうでなければ役に立ちませんわ」
目的達成のためには手段を選ばないと決めたのだ。
躊躇はしない。
さあ、次は門を開けよう。
百年間、誰も足を踏み入れていない洞窟。
それを封印する錠前にシャーロットは鍵を差し込んだ。
カチャリ――。
ついに解錠してしまった。
するとシャーロットが力を込めなくても、門は勝手に開いた。
そして奥に広がる闇から、黒い腕が伸びてきた。
何本も何本も。
「な、何ですの!?」
それらはシャーロットの体にまとわりつき、信じがたい力で締め付けながら、洞窟の中へと引っ張った。
骨が軋む。皮膚が裂ける。
「ぐ、うっ……!」
この時点でシャーロットは満身創痍だ。
激痛で回復魔法を使う余裕もない。
なのに傷が癒えていく。
恐るべきことに、この黒い腕はシャーロットを破壊しながら回復させているのだ。
生かさず殺さず嬲れ――それがご先祖様の命令。
なるほど忠実だ。
「臨むところですわ……! この試練を越えれば、わたくしはきっとローラさんに……」
気絶しそうな痛みに耐え、歯を食いしばってシャーロットは目を見開く。
赤い瞳が闇の中で、爛々と光っている。
一つや二つではない。数十……いや百を超えるだろう。
そして、この世のものとは思えない唸り声が響き、刹那、シャーロットの体は――。
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