第24話 エミリア先生は名探偵です

 シャーロットは眠れなかった。

 自分もローラも可愛らしい着ぐるみパジャマに身を包み、この上なく幸せなはずなのに。

 頭の中はリヴァイアサンを倒すローラの猛攻で一杯だった。


「ふにゃぁ……イチゴパフェ美味しいです……」


 このとぼけた寝言の主が。

 同年代の女の子と比べても頼りない顔をしたローラが。

 王都最強格のパーティー『真紅の盾』ですら倒せなかったリヴァイアサンを一瞬で屠り去ったのだ。


 今更驚くに値しない。

 その程度の力を有しているだろうというのは分かっていた。

 しかし問題なのは、シャーロットがリヴァイアサンに歯が立たなかったと言うことだ。

 その事実を突きつけられた直後のローラ無双である。


 力の差が大きすぎる。

 エミリアはより強烈な形でそれを叩き付けられ、それでも立ち上がった。

 自分にもそれができるだろうか?


 否。何だその考え方は。

 立ち上がるのではない。勝つのだ。ローラ・エドモンズに勝つのだ。


 しかし、いつ? どうやって?


「挑むのは一学期の終り……夏休み前の校内トーナメント。方法は……」


 方法は決まっている。

 努力と根性。

 シャーロットはそれで強くなってきた。

 それ以外の方法など知らない。

 その純度をひたすら上げていく。


 本当にそれで追いつけるのか?


 知るか。やる前から自分を疑ってどうする。

 ただひたすら、砕け散るまで鍛えるだけだ。


 見上げているだけでは駄目なのだ。

 追いついて、食らい付いて、追い越す。

 そのくらいのつもりでやらないと、ローラの足元にも届かない。

 こんなに近くにいるのに、とても遠くの存在に感じてしまう。


 嫌だ。

 友達なのに。ずっと友達でいたいのに。

 友達だからこそ肩を並べたいじゃないか。


 なのにローラはどんどん強くなっていく。

 始めから差があったのに、開く一方だ。


「けれど、すぐに追いつきますわ。あなたは気にせず突き進んでください。一人にはさせません」


 今までの自分は常識的だった。

 正気を保っていられるトレーニングなどたかが知れている。

 ここから先は正気を捨てるつもりでやらねばならない。

 特にトーナメントの直前は、人間をやめるくらいの覚悟で臨む。


「大好きだからこそ、あなたを倒しますわ、ローラさん」


        △


 一週間は七日ある。

 そのうちの五日が授業のある日で、週末の二日はお休みだ。

 そしてローラは二日目の休みを座学の自習に使うことにした。

 なにせ座学で習うことは知らないことばかりだ。

 授業についていくのは難しい。

 昨日は皆で買い物をしたりリヴァイアサンを倒したりしたから、今日くらいは真面目に勉強しよう。


(シャーロットさんがいたら分からないところを聞けるんだけど……)


 頼れるシャーロットは今日もどこかで特訓中だ。

 一体どんな特訓をしているのだろう。

 聞いても教えてくれない。


 できることなら一緒に特訓したほうが楽しいはずだ。

 しかし残念ながらローラには『特訓しないと魔法が使えない』という感覚が分からないのだ。


(実際のところ、皆は私のこと、どう思ってるんだろう?)


 敵? ライバル? 化物? どうでもいい?


(ちょっと怖くて聞けないな……)


 少なくとも内心穏やかではないだろうとは想像できる。

 だから、これでも一応、目立たないようにしているつもりだ。

 だが昨日のリヴァイアサンの一件は……羽目を外してしまったような気がする。

 もっと自重しよう。

 そうローラは決意した。


「ローラいる?」


 ベッドに寝そべって教科書を読んでいると、ドアがノックされた。


「アンナさん?」


 開けると、着ぐるみパジャマ姿のアンナがいた。


「暇だから遊びに来た」


「おー、どうぞどうぞ」


 勉強をさぼる口実ができて喜ぶローラであった。


「ところで、どうして昼間からパジャマなんですか?」


「制服とこれしか服を持っていないと言ったはず」


「……いつ洗濯してるんです?」


「ちゃんと三日に一回は洗ってる。そして魔法学科の人に頼んで温風をかけてもらう。そうすれば一瞬で乾く」


「なるほど……」


 アンナ式生活の知恵である。

 ローラが真似をする機会はなさそうだ。


「ところで、学園内で私たちのことが話題になってた」


「へ?」


「着ぐるみ戦隊パジャレンジャー」


「ああ……でも、正体が私たちだってのはバレてませんよね?」


「今のところは。リヴァイアサンに襲われた真紅の盾を救った、なぞの着ぐるみ三人組。その正体を巡って、食堂とか訓練場とかで議論の嵐」


「ふふふ……まさか着ぐるみの中身が私たちだとは誰も思わないでしょう!」


「そう。完璧な変装だった」


 ローラとアンナは満足げに頷き合う。

 と、そこへ意外な人物がやって来た。

 魔法学科の教師エミリアである。


「ああ、いたいた。ねえローラさん、アンナさん。それと……シャーロットさんはいないのね」


「シャーロットさんはどこかで特訓中ですよー」


「そんなことだろうと思ったわ。昨日もシャーロットさんだけ特訓?」


「いいえ。昨日は三人で遊んでいました!」


「そう……ところで昨日のリヴァイアサンの一件は聞いた?」


「はい! なぞの着ぐるみ三人組が、真紅の盾を救ったんですよね! どんな三人なんでしょうか、気になります!」


 我ながら素晴らしい演技だとローラは自画自賛した。

 これで完全に誤魔化せる。


「着ぐるみ戦隊パジャレンジャーを名乗る三人は、それぞれ犬と猫と兎の格好をしていたらしいわ。それでアンナさん。あなた猫の着ぐるみね」


「な、なんという偶然」


 指摘されたアンナは、珍しく狼狽えた声になる。


「それから、そこのベッドの上に、犬と兎の着ぐるみも転がってるわね」


「ぐ、偶然って重なる物なんですねぇ!」


 ローラは冷や汗をかいた。

 しかし、まだ誤魔化せるはずだ。頭脳をフル回転させろ。


「……後学のために聞きたいんだけど、二人とも本気でバレないと思ったの? と言うか、隠す気あるの?」


 エミリアはため息混じりに言う。


「な、何のことか分かりません……エミリアせんせーは何を疑っているんですか……」


「さっぱりさっぱり」


「二人とも目が泳いでるわよ。ちゃんと私の方を見なさい!」


 エミリアの口調が強くなった。

 ローラとアンナはビクリと震える。


 これはもしや、最初からバレていたのか?

 何という推理力。

 Aランク冒険者は伊達ではない。

 ローラは戦慄する。


「Cランク指定より強いモンスターと戦っちゃいけないって校則があるのは知ってるわよね?」


「はい……」


「リヴァイアサンのランクは?」


「B+です……」


 ローラはうつむき、観念して聞かれるがままに答えた。

 アンナも顔中脂汗だらけになっている。


「はぁぁ……まあ、あなたたちが駆けつけなきゃ真紅の盾は全滅してたし、リヴァイアサンと戦えるだけの力があるのも知ってるけど。少しは誤魔化す努力をしてちょうだい。教師としては、こんな露骨に校則違反されたらたまったものじゃないわ。今回は着ぐるみの可愛さに免じて見逃してあげるけど、次からはバレないようにやってね。頼むわよ、ほんと」


 エミリアは懇願するように言ってから、二人の頭をなでて退室していった。

 バタンと扉が閉まると、ローラとアンナは大きくため息を吐いた。


「怒られちゃいましたね」


「うん。怒られちゃった」


「次からはバレないようにやれと言われました」


「つまり、目撃者の口封じをしろってこと?」


「ひぇぇ……エミリア先生って怖い人です!」


「ぶるぶる」


 ローラとアンナは抱き合って震えた。

 冒険者への道のりは険しい。

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