第23話 着ぐるみ戦隊パジャレンジャーです!

 ギルドに駆け込んできた男は『真紅の盾』の構成員だった。

 真紅の盾はBランク冒険者三人とCランク冒険者五人からなる、王都近隣でも屈指のパーティーだった。

 モンスター討伐クエストの達成率は何と百パーセント。

 ギルドから絶対的な信頼を得ている。


 そして今日は、異常繁殖した『四本バサミ蟹』の群れを討伐するため、王都近くを流れる大河『メーゼル川』下流に向かった。

 真紅の盾は順調に四本バサミ蟹を倒していったが、突如として水面から巨大な影が現われた。

 本来海にいるはずのリヴァイアサンだった。

 リヴァイアサンは亜竜。

 本物のドラゴンには劣るが、何の準備もなしに挑めるモンスターではない。

 しかし真紅の盾は戦うしかなった。

 背を向けて逃げれば後ろから攻撃されるだろうし、何よりリヴァイアサンを足止めしないと近隣の村や王都に被害が出る。


「頼む……仲間はまだ戦っているはずだ……応援を……」


 男は最後の力を振り絞って声を出す。

 おそらく脚力強化の魔法を使い、全力でここまで走り、体力も魔力も消費し尽くしたのだろう。


「安心してください。今から緊急クエストを出します。貴方の仲間は必ず救ってみせます」


 受付嬢の一人が男を抱き起こす。

 すると彼は安堵した顔になり、ついに気絶してしまう。

 しかし、今からクエストを出し、冒険者を編成して送りつけて間に合うものではない。

 リヴァイアサンの討伐は可能だろうが、彼の仲間は……。


「もし真紅の盾を助けるつもりなら、急いだ方がいい。私たちが全力で走れば、もしかしたら間に合うかも」


「ちょっと待ってくださいな。Cランク指定以上のモンスターと戦ってはならないという校則がありますわ。リヴァイアサンはB+。バレたら停学ですわ」


「けど、人命がかかってる」


 そうだ。停学は大変だが、人が死ぬのはもっと大変だ。

 せめてローラだけでも行くべきではないのか。

 さっきの男が言っていた場所まで、脚力強化の魔法を使えば五分ほどでつく。

 サッと倒し、サッと帰ってくれば学園にはバレないはずだ。


(いや、それよりもいい方法を思いついた!)

 

 手に持っている紙袋の中身こそ、この状況を打開する最強の装備だ。


「丁度、通り道なので寮に寄っていきましょう! アンナさんのパジャマを取りに行くのです!」


「パジャマ……? ローラさん、まさか……」


「はい。私たちは……変身をするのです!」


        △


 真紅の盾は壊滅寸前だった。

 まだ全員生きているのが奇跡だった。


「諦めるな! きっと助けが来る……それまでは持ちこたえろ!」


 リーダーであるBランク剣士は叫び、そして迫り来るリヴァイアサンの牙を弾き返す。

 魔法使い三人による筋力強化と防御力強化によって、辛うじて前衛は支えられている。

 怪我も余程深くない限り、この場で治せる。

 しかし、それも魔法使い三人の魔力が残っているうちだ。

 魔力は、もうじき切れる。

 その瞬間、真紅の盾は全滅するのだ。


(くそ……やはり、あいつは間に合わなかったか……)


 口には出さないものの、リーダーは諦めかけていた。

 そのとき。


「リヴァイアサンさん! 狼藉はそこまでです!」


 着ぐるみ姿の少女が三人現われた。


        △


 寮に帰って着ぐるみパジャマに着替えたローラたちは、川を下って爆走した。

 ローラとシャーロットは当然として、アンナもかなり筋力強化の魔法が使えるようになってきた。

 そこでローラが先頭になり、スリップストリームを利用してここまで走ってきた。


 スリップストリームとは、高速で移動する物体後方に発生する螺旋状の空気流のことだ。

 この現象によりローラ後方の気圧が下がり、シャーロットとアンナを引っ張り、超加速に成功した。

 そして何とか真紅の盾が生きているうちに辿り着くことができたのだ。


「ちょ、ちょっとローラさん。この姿はやはり恥ずかしいですわ……!」


「今の私はローラじゃありません。わんわん一号です! ね、にゃー二号さん」


 ローラは猫の着ぐるみパジャマを着たアンナに語りかける。


「そう。今の私は『着ぐるみ戦隊パジャレンジャー』の一人、にゃー二号。うさうさ三号も恥ずかしがってないで堂々とすべき」


「うぅ……なぜわたくしがこんなことを……ガザード家の名に傷が……」


 シャーロットは涙目になる。

 だが観念したのか、顔を上げてリヴァイアサンを睨み付けた。


 リヴァイアサンは蛇のように細長いシルエットをしている。

 その大きさはドラゴンの亜種だけあって、巨大であった。

 開かれた口は人間を三人ほど一気に丸呑みできそうなほどで、凄まじい威圧感を放っている。

 しかしシャーロットは少しも怯まない。


「そもそも、あなたがこんな王都の近くに現われるのがいけないのですわ! 何ですの、四本バサミ蟹が増えたから食べに来たんですの? はっ、浅ましいですわ!」


「蟹に目が眩み、王都の平和を脅かすリヴァイアサンよ。天が許しても私たちが許さない」


 シャーロットの台詞にアンナが乗っかっていく。

 そして仕上げにローラが叫ぶ。


「天下無敵の仲良し三人組。着ぐるみ戦隊パジャレンジャー!」


 その場のノリで三人が決めポーズをすると、ちゅどーんと背後で爆発が起きた。

 ローラの魔力で引き起こした演出である。


 真紅の盾がポカンとした顔でこちらを見つめている。

 それどころかリヴァイアサンまで固まっていた。

 着ぐるみ戦隊の格好良さに見とれているのだろうか。


「まずは私が一番手」


 アンナは着ぐるみの上から背負った剣を構え、リヴァイアサンに斬りかかっていく。

 しかし刃が通らない。

 リヴァイアサンの鱗は固く、アンナの斬撃ですら表面で止まってしまうのだ。


「にゃー二号さん、危ない!」


 斬撃を弾いたリヴァイアサンは、咆哮を上げて体を鞭のようにしならせアンナに体当たりする。

 ローラは魔力を跳ばし、アンナに防御魔法をかける。

 そのおかげでアンナは無傷。吹っ飛ばされるだけで済んだ。


「なら次はわたくしですわ。光よ――」


 シャーロットは封魔のペンダントを外し、呪文詠唱を開始する。


「我が魔力を捧げる。ゆえに契約。敵を粉砕せよ――」


 入学初日に見せた光の矢。

 ただし、そこに込められた魔力は、あのときよりも各段に上がっている。

 彼女が日々の努力を続けてきた証明だ。


 だが、相手は亜竜リヴァイアサン。

 真正面から魔法を放つというのは下策であった。


「GONNNNNNNN!」


 リヴァイアサンが唸り声を上げる。

 すると光の矢は命中する直前、霧のように散ってしまった。


「なっ、わたくしの魔法が分解された!? 亜種とはいえ竜は竜。魔法の心得もあるということですわね……では、これならどうですの!」


 そしてシャーロットは次から次へと攻撃魔法を放つ。

 分解が追いつかないほどの物量で攻めようというのだ。

 が、いくら天才とはいえ十四歳の少女とリヴァイアサンとでは、後者のほうが一枚上手だった。

 攻撃魔法のほとんどが分解され、かろうじて数発が命中したが、分厚い皮膚に阻まれ、さして効果が上がらない。


「くっ……噂にたがわぬ怪物ですわ……!」


 シャーロットは肩で息をしながら悔しそうに言う。


「ふっふっふ。では次は私の番ですよ!」


 ローラは一歩前に出て、笑みを浮かべて仁王立ちをする。

 その瞬間、リヴァイアサンの目が細まったように見えた。

 そして殺気が一気に膨れ上がった。

 今までは人間をもてあそんでいるような様子だったのに、その余裕が消えたのだ。

 どうやらローラの力を見抜いたらしい。


「GAAAOOOONNNNNNNNッ!」


 空間そのものを震わせるような超低音。

 同時にリヴァイアサンから膨大な魔力が広がっていった。


「これは……リヴァイアサンの呪文ですの!?」


「川が凍ってます!」


 メーゼル川は文句なしの大河であり、小さな村ならスッポリ収まってしまうほどの幅がある。

 そんなメーゼル川の流れが止まった。

 真っ白な氷に覆い尽くされ、大気の温度まで下がっていく。


 吐く息が白い。


 そして凍った川が盛り上がり、幾本もの柱が形成されていった。


「まさか、あの氷の柱を私たちにぶつけるつもり?」


 アンナが剣を構え直しながら呟く。

 柱一本一本はアンナよりも遥かに大きい。

 剣で防ぐのはおそらく無理だろう。


「来ますわ!」


「大丈夫です、防御結界を張ります!」


 ローラは自分たちと、更に真紅の盾をも包む巨大な防御結界を構築した。

 リヴァイアサンの魔力に操られた氷の柱は十本、二十本と飛来してくるが、全て結界に阻まれ砕け散る。


「そして真打ちの私、わんわん一号の攻撃ですよ! 今ので氷魔法を覚えちゃいましたからねー」


 ベギベギッ、という音を上げ、川の氷が全て宙に浮き始めた。

 それは空高くで静止し、砕け、形を再構成し、眼下を狙う槍の群れとなる。

 その数、おおよそ千。

 矛先は無論、リヴァイアサンを向いていた。


「いっけええええ!」


 ローラの合図とともに、千の槍が落下した。

 リヴァイアサンは咆哮で空気を振動させ氷の槍を破壊する。

 が、砕けたのはせいぜい十数本だ。

 千の物量の前では焼け石に水。

 そのまま為す術なく貫かれ、引き裂かれ、そして細切れになっていく。


「GUAAAAN!」


 リヴァイアサンの断末魔だ。

 それを最後に力尽き、巨体を地面に投げ出す。

 地震のような揺れを引き起こし、そしてもう動かない。


「やったー、勝ちました! 真紅の盾の皆さん。大丈夫ですかー?」


 ローラは真紅の盾へ手を振る。


「あ、ああ……それで君たちは一体……?」


「私たちは通りすがりの動物『着ぐるみ戦隊パジャレンジャー』です。決してギルドレア冒険者学園の生徒ではありませんよ。断じて! では、さらばです!」


「あ、ローラさん、待ってくださいな!」


「真紅の盾から金一封くらいもらってもバチは当たらないのに……」


 正体がバレる前に離脱するべきだ。

 再びスリップストリームで加速し、王都を目指す。


 それにしても今日は楽しかった。

 友達と買い物したり、冒険者登録したり、リヴァイアサンを倒したり。

 最後のを誰にも自慢できないのはちょっと惜しいが、真紅の盾を助けることができたのだ。

 よしとしようではないか。

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