第22話 冒険者ギルドです

 冒険者ギルドはそれなりの規模の町なら必ずといっていいほどある。

 各支部の独立性は高く、支部長と幹部の裁量によって運営されていた。

 とはいえ横の繋がりが皆無というわけではない。

 どこか一つの支部で冒険者登録すれば、他の支部に行ってもクエストを受けることができる。

 強力なモンスターが現われ、その町にいる冒険者だけでは対処できないときは、他の支部に助けを求めることもある。


 そして冒険者登録に年齢制限はない。

 五歳児だろうと、死にかけの老人だろうと、自分の脚でギルドまで行くことができれば、簡単に登録できる。

 もちろん、登録したての新米冒険者に難しいクエストは受注できない。

 ほぼ確実に死ぬし、失敗が続けばその支部の信用が失墜してしまう。


 よって冒険者はランク制になっている。


 最初はGランクから始まり、実績を積んでいくとFランク、Eランクと昇級していくのだ。

 ランクが上がれば難しいクエストを回してもらえるようになる。


「実は私、Eランク冒険者」


 王都の冒険者ギルドに向かう最中、アンナは意外なことを口走った。


「ええ!? まだ学生なのにもう冒険者なんですか?」


 と、ローラは驚いたが、シャーロットはさも当然という顔だ。


「あら。わたくしも登録だけはしていますわよ。まだクエストを受けたことがないのでGランクのままですが。何せGランクのクエストは薬草採集とか畑仕事の手伝いとか、とても冒険者の仕事とはいえないようなものばかりですもの。けれどギルドレア冒険者学園を卒業すれば、いっきにCランク。そこそこ歯ごたえのあるモンスターとも戦えますわ」


「私は地道に頑張ってEランクまできた。ギルドの昇級審査は厳しいから、ランクを上げるのは時間がかかる。特に子供は実力があってもなかなか昇級できない」


 アンナいわく、Eランクになって、ようやくまともな稼ぎになるらしい。

 それ以下のランクはお小遣いレベルの報酬だ。

 在学中、あるいは入学前に冒険者デビューする生徒はアンナ以外にも沢山いて、遊ぶ金にしたり、実家に仕送りしたりしているという。


「とはいえ、週末の二連休くらいしかクエストを受けられないから、そんなガッツリは稼げない。長時間の護衛任務とかも無理」


「出席日数たりなくなってしまいますわ。それと確か『Cランク指定以上のモンスターと戦ってはいけない』という校則がありましたわ。普通の生徒は返り討ちにあってお終いですから」


「なるほどー。じゃあ私も登録だけしてみますか」


「登録すればギルド直営店で安く武器を買える。あとモンスターから剥ぎ取った素材とか、遺跡で見つけたアイテムとか買い取ってくれる。これを利用すればクエストを受注しなくても、そこそこ稼げる。誰かの依頼じゃないから失敗しても迷惑がかからない。自分が死ぬだけ」


「おお! じゃあ皆でモンスター退治に行きましょう!」


 冒険者ギルドは水路沿いにある大きな建物だ。

 中に入ると、顔に傷のある大柄な男や、フードを被ったいかにも魔法使いらしい者などがウロついていた。

 カウンターには幾人かの受付嬢がいて、冒険者たちの対応をしている。


「あそこの掲示板にクエスト内容が書かれた紙が貼ってある。受けたいクエストがあれば剥がして受付に持っていく。ただし自分のランクより高いクエストは受けられない。冒険者登録も受け付けでやる。二階に行くと酒場がある。私たちは子供だからお酒は飲めないけど、料理が安くて美味しい。酒場では情報交換とか、パーティーの勧誘が盛ん。建物の裏にいくとギルド直営の武器屋とか道具屋が並んでる。安くてそこそこいい品が揃ってる。私の剣もギルド直営の武器屋で買った。これらの店は冒険者じゃないと利用できない」


「ほへー。冒険者になると色々特典があるんですね。安くてそこそこいい店が利用できるというのが気に入りました!」


「あら。安くてそこそこな品より、高くても超一級の物を選ぶべきではありませんこと?」


 ローラとアンナが「安いことはいいこと」と盛り上がっていたのに、横からシャーロットが水を差してきた。


「……これだから金持ちは」


「私の実家はそこそこお金ありましたけど、そんな贅沢はしてませんでしたよ! シャーロットさんの金銭感覚が心配です!」


「いいえ! 細々とした節約に頭を悩ますよりも、収入を増やすことに全力を尽くすべきですわ!」


 なぜか冒険者ギルドで金銭感覚の話題に花を咲かせる少女三人であった。


「収入を増やし、なおかつ支出を減らす。これがお金を貯めるコツ。使った分稼げばいいというシャーロットには家計簿は任せられない。いいお嫁さんになれない」


「わたくしの目標は最強の冒険者。お嫁さんなんてどうでもいいですわ」


「えー。私は冒険者とお嫁さんの両方になりたいです。お母さんは両方を上手くやってますよ」


「ロ、ローラさんがわたくしのお嫁さんに!?」


「そんなことは言ってません! どういう聞き違いですか!」


 シャーロットはガックリとうなだれた。

 女の子同士で結婚できないのは分かりきっているのに。

 何を考えているのだろうか。


「はっ! もしかしてシャーロットさん、あやしい趣味の人だったんですか!?」


「ち、違いますわ! ただ……ローラさんが他の人のお嫁さんになってしまったら……もうローラさんを抱き枕にすることができなくなってしまいますので……」


「一生私を抱き枕にするつもりなんですか!?」


「アホなこと言ってないで、早く冒険者登録したほうがいい。今なら受付が空いてる」


 アンナに指摘され、ローラはようやく当初の目的を思い出した。

 そうだ、自分はシャーロットの抱き枕ではなく、冒険者志望の少女なのだ。


「すいませーん。冒険者になりたいです!」


「まあ、可愛い冒険者志望さんね。じゃあ、ここに自分の名前を書いてから、拇印を押してね。文字が書けないなら、私が代筆するけど?」


「大丈夫です、書けます!」


「小さいのに偉いわねぇ」


 すらすらと自分の名前を書くローラに、受付嬢は感心した様子だった。

 文字の読み書きは、小さい頃から父と母に教え込まれた。

 冒険者で一番大切なのは強さだが、だからと言って頭が悪くてもいいわけではない。

 そもそも字が読めないと、掲示板のクエスト内容すら読めないのだ。


「ローラ・エドモンズさんね。じゃあちょっと待っててね。冒険者プレートを作ってくるから」


「はーい」


 五分ほど待っていると、受付嬢が小さな金属板を持ってきた。

 それには『ローラ・エドモンズ』『Gランク』と刻印されている。


「これを見せれば、世界中どこの冒険者ギルドでもクエストを受けられるわ。再発行は手数料がかかるから、なくさないように気をつけてね」


「分かりました。ありがとうございます!」


 これでローラも冒険者だ。

 ただ登録しただけなのだが、それでも嬉しくて、冒険者プレートを握りしめてシャーロットとアンナのところまで走って行く。


「見てください! じゃーん!」


「登録おめでとう」


「これで全員が冒険者ですわね。さて、何を狩りに行きましょう?」


「私のオススメは一角ウサギ。肉も角も高く売れる」


「いくら稼ぎがよくても歯ごたえがなければ駄目ですわ。どこかにドラゴンはいませんの?」


「王都の近くにドラゴンが出たら大騒ぎになる。それにドラゴンと戦うのは私たちにはまだ早い」


 ドラゴンは最強のモンスターだ。

 これはどんな田舎者でも知っている。

 ドラゴンを倒したパーティーは名を一気に売ることができるし、単騎で倒せばAランク相当の実力者とみなされる。

 アンナもシャーロットも学生としては最強クラスだが、ドラゴンと戦うのは気が早いというものだ。


「まあ、ローラが本気を出すっていうなら話は別だけど」


「ローラさんに頼ったら修行になりませんわ!」


「私もドラゴンと戦うのは嫌ですよー」


「そう? ローラなら余裕で勝てると思うけど」


「ええ。ローラさんなら勝てるでしょうね……悔しいですわ!」


 シャーロットは頬を膨らませてすねる。可愛い。

 しかし、本当にローラはドラゴンに勝てるのだろうか?

 ドラゴンの強さは両親からも聞いたし、絵本にも出てくる。

 ローラにとってドラゴンとは、激しい修行の末にようやく倒せる怪物というイメージだ。

 だが、ローラたちの担任であるエミリアは、ドラゴンを一人で倒した功績でAランクになった。

 そのエミリアをローラは一対一で倒した。

 なら、ローラもドラゴンを倒せるのかもしれない。

 まあ、王都の近くにドラゴンなんているわけがなし、いたとしたら既に討伐隊が送られているはずだから、試しようがない。


(もし本当に倒せるならやってみたいかも……?)


 そう思ったのも束の間。


「大変だ! 川の下流にリヴァイアサンが出た! 俺の仲間が戦ってる……誰か助けに行ってくれ……!」


 突然、ギルドに男が飛び込んで来て、大声で叫ぶとそのままバタリと倒れた。


「リヴァイアサンですって!?」


「水辺に出る亜竜。噂ではドラゴンより格好いいらしい」


「見たいです、超見たいです!」


 ローラたち三人は顔を見合わせ、そしてコクリと頷く。

 三人の様子を見ている大人がいたら「子供だけで危ないところに行っては駄目」と叱ってくれただろうが、幸か不幸か、ギルドはリヴァイアサンという単語のインパクトで騒然としている真っ最中だった。

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