第385話.レッサーキューピッド
「お前らっ、ボケッとしてっと死ぬぞ。気合い入れてかかりやがれ!」
農作業服に着替えてしまった冒険者は、畑へと避難させられ、護衛の冒険者達が慌てて防御陣形を整える。
知っている当たり前の光景だけに見落としていた。野菜畑や果樹園の上に高く張られた網は、何を意味しているのか。ましてや、ボーンが一瞬にして黒焦げになるような仕掛けがしてある。決して過剰スペックではなく、それくらいの威力がなければ守れない相手だということ。
ダンジョンに野生の鳥なんていない!
「レッサーキューピッドってなんだよ!」
相手が誰であろうが、キツい口調になってしまったが、ムーアに対してのソーウンの態度を見ていると、俺に対しての指摘は出来ないだろう。
「見えないのか?今こっちに飛んできてるヤツだ」
体には白い翼がある子供体型のキューピッドそのものだが、頭はジャック・オー・ランタン。カボチャ頭の表面は光っているが、くり抜かれた目と口の中は暗く禍々しい。丸いだけの目のはずが、異様な邪悪さを感じさせる。
そして手にしている弓矢は、恋心を抱かせる為のものではなく、光る鏃はただの殺す為の道具。
「最近、数が増えてんだ。使えるヤツは徹底的に使わせてもらう。そういう主義でな!」
まず先制攻撃を仕掛けてくるのは、レッサーキューピッド。上空にいる優位性を最大限に活かし、一斉に弓矢を放つ。それと同時に、野菜畑へと向かって急降下を始める。
狙うのは、畑の出荷寸前の野菜達。カボチャ頭のレッサーキューピッドからすれば、収穫は同族が殺されている行為に見えるのかもしれない。
マジックシールドを展開しダークの紫紺の刀とで、レッサーキューピッドの矢を迎え撃つが、いかんせん数が違い過ぎる。守れるのは俺達と、その周りにいる冒険者くらい。
「多すぎるな」
『元々は、警護に来た冒険者でしょ。貴方が守る必要なんてないわよ』
「そうさな、酒の精霊様よ!」
『私には“ムーア”って名があるの。普通の酒の精霊と同格に扱わないでくれるかしら!』
「そうかい、ムーア様よ。そんじゃあ、ちっとばかし、俺を守ってくれ。少しばかし本気出さないと、被害が出ちまう」
そう言うと、ソーウンがは俺達の返事を待たずに、手に持っている鍬に魔力を込める。
ソーウンの持つ鍬は、3本の爪がある備中鍬に近い。ただガタイの良いオニ族の中でも一回り大きなソーウンの持つ鍬は、身体に合わせて大きく作られている。ソーウンが持っていれば違和感はないが、単体で見ると迫力が違う。農作業で使うにしてはオーバースペックでしかない。
三本爪の鍬が光始めると、爪の間からボコボコと鈍色の玉が産み出される。爪の間を埋めてしまっても、まだまだ鈍色の玉は産み出され、もう鍬とは呼べず太った形は杵の形になっている。だが、まだまだ鍬の成長は止まらない。
「巻き込まれたくなかったら、離れてろい!」
その場で鍬を前方に出すと、ハンマー無げの要領でゆっくりと周り出す。それに反応したのは、オニ達で地面に飛び込み伏せてしまう。真上からはレッサーキューピッドの放つ矢が迫っていても、全く気にしていない。
「死にたくなかったら、早く伏せろ~っ!」
その言葉で冒険者達も慌てて伏せ、さらにソーウンの回転数が上がる。
「どおりゃあぁぁぁぁーーーっ」
鍬の先端のから玉が一斉に放たれる。どう見ても近接戦闘タイプ向けのソーウンだが、それを力業で遠距離攻撃に転用してみせる。
それはレッサーキューピッドの放った矢を破壊し、尚その勢いは衰えない。見える範囲のレッサーキュービットには、無数の風穴が開けられるとキラキラと消滅が始り、上からは消滅せずに残る弓矢の残骸がパラパラと降ってくる。
「無茶苦茶な攻撃だな。一歩間違えば、こっちの被害も大きい」
『そうね、、周りは一切見えてないわ。それに、外れ玉も多くて効率も悪いわよ』
「そんなに、褒めてくれんなよ。照れちまうだろ」
「褒めてないだろ!」
「一歩間違ってないから、最高の成果だ。後は、お前らに任せたぜ。オニ族は魔力が少ないんだ、分かってっだろ」
ソーウンが上を見上げると、そこには新しくレッサーキューピッドの群れが現れている。
「魔力切れしておいて、どこが間違ってないんだよ」
「お前達が居るだろ。先に俺の手の内は見せたんだ。どーだい、契約相手としては悪くはないだろ」
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