第373話.転移トラップの意味
「ほら見て、カショウ!一面の銀世界だよ。ねえ、早く雪を見に行こうよ♪」
ダンジョンを覆っている建物から抜け出せば、外は雪景色になる。路肩に積もった雪は腰の高さほどまであり、それなりに生活に支障が出るくらいには雪が積もっている。
街全体は大きな結界に覆われているが、雪や雨までは遮ってくれない。
「知ってるよ。元の世界にも雪はあった。それが厳しい世界ってこともな!」
「そうなの、それじゃあ大変そうだね。しばらくはトーヤの街に足止めになるのかな?」
首都トーヤの街には、大きな街道が整備されている。それでもこれだけの雪が積もれば、移動は困難になる。開けた地である首都トーヤでこれだけの積雪があるのなら、ゴセキ山脈に近いヒケンやクオカ、オヤではもっと雪は深い。だからこそ、イスイの街の飛行艇は大きな存在価値を示すのだろう。
「でもな、先にしなければならない話があるだろ。どうして、こうなってしまったんだ?ナレッジは気付いていたんだろ!」
幾らアンクレットの中に居るとはいっても、それまでは外の世界にいたわけだし、少なからずサージと一緒に行動していれば雪を知らないわけがない。
それに、ダンジョンに入った時と季節は変わっていることだけなら、特に問題にはしない。おかしいのは、活気に溢れた雰囲気。
ダンジョンには入場制限がかけられ、始まりのダンジョンには人影が全くなかった。それが今では冒険者が溢れ、活気に満ちている。幼さが残る新米冒険者に、どこかの民族衣装を纏ったのは、遠方から来た冒険者。冬が来る前にトーヤの街に来たのだろう。
何が起これば、たったの半年でここまでの変化が起きる!
「えっ、やっぱりバレてた。カショウなら気付かないかと思ったけど」
「どこまで、俺が鈍感なんだよ!ここが俺が居たアシスとは別の世界だって言われても、今なら信じられるぞ!」
タイムリープやパラレルワールド、ここが俺達の居たトーヤの街とは思えない。
「分かってるよ。でも、ここは元のアシスの世界で間違いないよ。ちゃんと説明するから、まず人の居ない所に行ってからだよ!」
「おい、そこの!ボサッと突っ立ってないで、早く外に出ろ。流れを止めるんじゃない!」
そこに、門番の怒号が飛ぶ。門番は、俺達がダンジョンに入った時と同じヒト族。トーヤの街では、立場が弱い存在であるはずなのに、蟲人族のチェンが居るにも関わらず大きな声を出してくる。
今は門を見張るというよりは、溢れ返る冒険者達に列をつくらせ、必要な動線を確保し、効率良く人の波を流すことだけに特化した機械。そこには種族という壁は一切取り払われている。
「旦那、早く行きやすぜっ」
チェンが俺を促すが、俺は門番を見つめたまま。
大きく時間経過していれば、寿命の短いヒト族であれば容姿にも変化が出る。それに身に付けている装備品にも、色褪せたり年期の入った感じはない。
その行為が門番にとっては、人混みの流れを阻害する邪魔物で排除するべき異物と捉えられて、再び怒号が飛ぶ。
そして逃げるようにして、ダンジョンから離れる。
「それで、何があったらこうなるんだ?」
『転移空間の時間の流れが早かった。それだけじゃなく、精霊に惑わされたのかしら?』
「流石だね。カショウと違って、ムーアは気付いていたんだね」
「えっ、気付いていたのか?」
ムーアは、ニヤッと笑う。
『転移トラップは、空間魔法なんでしょ。それならば、あの転移トラップは明るすぎたわ。行きは暗い世界なのに、戻りは色のある世界。それって、おかしいでしょ!』
「先に言っておくけど、あの場ではゲートの中に入るしか方法はなかった。それに、僕も最初から分かっていた訳じゃないよ」
「そんなことはイイから、まず何が起こったかを教えてくれ!」
「分かったよ、出ておいで」
そしてナレッジが声を掛けると、アンクレットの中から魔力の塊が出てくる。姿は見えないが、確かに魔力を含んでいる。それは蝶のように羽を動かし、俺の顔の前まで来る。
「これが精霊?」
「そうだよ、色彩の精霊。何故、あの空間に居たのかは分からない。ゲートを隠していたから、出口を見つけるのが遅れたんだよ」
「その時に言ってくれれば良かっただけだろ」
「あの空間は、時間の流れが早いんだ。それも、一定じゃなく加速してゆく。命の限られた者にとっては、少しの迷いが致命傷になる」
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