第366話.エンチャント·ポイズン
「エンチャント·ポイズン」
ブロッサが、俺達の武器や防具全てに毒を付与する。俺には関していえば、体全体が毒に覆われてしまって、僅かに紫がかった色に変色している。唯一変化がないのは精霊樹の杖くらいで、改めてその特異な存在を浮き彫りにする。
「これって大丈夫なのか?」
体の色味が変わっても、動作に支障はない。普通に手足や指先も動くし、震えたり痺れるような異常な感覚もない。
「コールがカショウの体内で作り出した魔毒と一緒なノヨ。体に変化を及ぼすような、問題は起こらなイワ」
「傷口から血管に入り込んだりとか、濃度ってものがあるだろ。どこか一定の越えてはいけないラインだってあるかもしれない」
『そもそも、そんなことを毒の精霊に聞くなんて間違ってるわよ。もう十分に検証はされているんだし、あなたが心配するようなことは微塵もないはずよ!それとも、精霊の力が信用出来ないって言いたいのかしら?』
そして、俺の抱いた不安に答えてきたのはムーアで、それが意味するところはムーアもブロッサとグルになっている。グルというよりは、ムーアの好奇心を主導している。その証拠として、ムーアが乗るペガサスのガーラは俺から顔を背けて、無関係を主張しようとしている。
「精霊の力は信用しても、俺の知らないところで十分な検証が終わっているっていうのは聞き流せない!」
『そんなことはあなたは心配しなくてもイイのよ。契約関係にあれば、契約主に害を与えることは出来ないの。それとも、私の契約精霊としての力も信用出来ないと言いたいのかしら?』
何時になくムーアの話は長く、執拗に信用という言葉を繰り返す。しかし、今回だけは負けてはいけない。このままだと、俺は精霊に改造されたヒト族になってしまう気がする。
ムーアが見つめてくる視線から一切目を逸らさずに、しっかりと見つめ返す。俺の感情はブレずに、逆にムーアの感情に初めて焦りの声が聞こえ、一瞬ではあるが視線を逸らしてしまう。
それは何時もムーアに言いように丸め込まれていた俺が、初めてムーアに勝った瞬間。しかし、その勝利の瞬間は一瞬にして終わりを告げる。
「時間がなイワ。そろそろ進まないと、追い付かレル。まずは、このダンジョンを抜けてかラヨ」
色を失い白色化してゆくダンジョン。触手を相手にしている間にも距離は縮まり、このまま不毛な議論に時間を費やせば追い付かれてしまう。
「ああ、分かってる。まずは、このダンジョンからの脱出だな!」
危険しか感じない、嫌な予感。それから比べたら、ここで精霊とのやり取りには意味がない。仮にここでムーアに一度勝ったとしても、それで何かが変わる訳ではない。契約が俺の害だと認めない範囲で、好奇心を満たす為の行動は続く。
影の中は俺が入ることの出来ない領域であり、それはこのダンジョンのような空間かもしれない。その中で、存在を秘匿するならば、多生の好奇心が満たされなけれび、精霊といえど存在を保つのは難しいに違いない。ただ、俺に秘密にして欲しくない。いきなり事故に会いたくないだけの予防線。
ブロッサが先頭となり、この空間の底を目指して下降が始まる。それを追いかけるように、ムーアとガーラが続く。
『知らないことの方が正気を保てるわ。分かっている事故に会う程恐いものはないのよ』
ムーアのハッキリとした感情の声が聞こえる。誰にも聞かせないが、神々との繋がりがあるからこそのムーアの言葉。
「俺を置いていくなよ!」
その声に、俺はそれしか返すことが出来ない。今は!
下に進めば進むほどに気温は上がり、魔力溜まりは増える。この熱気はアシスの理とも共通するが、元の世界の俺の中に残っている記憶でもある。人は空高く登れても、地下には潜れない。人類が作った記録を簡単に更新する世界で、地下から溢れ出す魔力と熱気はマグマを思わせる。記憶のある知識は、アシスという世界に影響を及ぼさないが、それでも見たことのない力を秘めているのは一緒である気がする。
この空間の底は、俺達がたどり着ける環境にあるのだろうかという不安もあるが、まずは今の状況を切り抜ける必要がある。
そんな俺の思いとは別に成長した触手は俺達が来ることが分かっているのか、どの方向の触手も俺たちを目指して伸びてくる。
「ポイズンボム」
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