第351話.カチノキシダーン

 暗闇に包まれたダンジョンの難易度は大きく上がるが、リッター達が居れば暗闇は問題にならない。しかし、勘違いしてはいけないのが、暗闇に包まれたことは問題じゃない。暗闇は変化があったことの証で、さらに変化は大きくなってゆく。


 だから、ここに留まってはいけない。今まで培ってきた経験が警鐘をならす。


“音、近い”


 クオンが真っ先に音に気付く。あまり長くは話さないクオンだが、さらに言葉が短い。普段であれば、余裕を持って発見し、“近い”と呼べる距離まで気付かないことはない。


「どこから音がする?」


“壁の中”


 石壁が崩れて奥からは黒い岩肌が剥き出しとなっているが、そこには特別に異変は起こっていない。マジックソードで崩壊したのは、表面の積み上げられた石壁だけ。まだ残っている石壁と黒い岩肌の間にも、何かが潜んでいる空間も気配もない。それとも巨大な岩盤に見えて、実は厚みが薄いのだろうか?


 ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ


 クオンが気付いた金属同士がぶつかり合う音は、次第に大きさを増し、俺にも聞こえる程の大きさになる。確かに金属同士がぶつかる音は、壁の中から聞こえてくる。


『ポップアップかしら?』


「この音は、間違いなくキシダーンですわ」


「キシダーンって?」


 ワイバーンのようにも聞こえるが、初めて聞く魔物の名。それが、強いのか弱いのかさえ分からないが、セージの魔法制御は大きく乱れ、明らかに動揺していのが望ましくない存在であることを教えてくれる。


 徐々に大きさを増す音。籠った音から鮮明な音に変わると、黒い岩肌から青銅色の剣が飛び出してくる。


「カチノキシダーンですわ」


 “キシダーン”にさらに“カチノ”が付くが、それでキシダーンの中でもどのようなランクになるかは分からない。しかし、セージはお嬢様言葉に戻り、魔法の制御も安定したのでキシダーンの中でも下位種に感じられる。


「カチノキシダーンなら、大丈夫そうなのか?」


「数が多いだけで、強くはありませんわ」


 その間にも、壁からは青銅色のプレートアーマーを纏った騎士が岩をすり抜けて出てくる。一歩一歩の動きは遅く、操り人形のように溜めをつくった動きをしている。手にした抜き身の剣は、敵意を表して攻撃体制をとっているわけではなく、ただ持っているだけに見える。


「これがデフォルトの姿なのか?」


『まだ沢山出てくるなら、個体差があるかもしれないわよ』


 壁の中からは、まだ幾つもの籠った音が聞こえてくるので、セージの言葉通りでカチノキシダーンの数は多い。

 完全にポップアップしたカチノキシダーンと目が合う。ヘルムの僅かな隙間からでは、目を見てとることは出来ないが、一度だけ大きく周囲を見渡すと、間違いなく俺の方に視線を合わせて動きを止める。セージやソースイ達、精霊達が居る中で、他を無視して俺だけを凝視している。


 ガシャンッ


 そして俺を認識したカチノキシダーンの動きが変わる。プレートアーマーを纏っているが、動きは身軽で大きな跳躍をすると、俺との距離を一気に縮めてくる。油断はしていないが、予想外の動きに俺の反応は遅れ、変わりにダークの紫紺の刀がカチノキシダーンを迎撃する。


 紫紺の刀と青銅の剣がぶつかり合うと、一瞬だけ火花を散らすが、勝負は一瞬で決まる。紫紺の刀は青銅の剣を真っ二つにすると、そのままカチノキシダーンの首を刎ねる。


 糸が切られた操り人形のように、ガシャンと鎧が崩れ落ち、キラキラとした光浮かび上がる。


「消滅したのか?」


『ラノウベの世界の魔物も、アシスと一緒で消滅してしまうみたいね』


 消滅してゆくカチノキシダーンを見守る。プレートアーマー残されたままで、中の姿を伺うことは出来ない。


『ぼーっとしてると、次が来るわよ』


 ムーアに言われて壁を見ると、次々とカチノキシダーンがポップアップし、そのどれもが俺を見て襲いかかってくる。


 今までに、全身を鎧で包まれた敵と戦った経験は少なく、ラノウベの魔物にアシスの魔法がどれだけ通用するかも未知でしかない。ダークの紫紺の刀は問題なく通用しているが陰属性の力は特殊過ぎて、俺が参考にする情報とはなり得ない。

 とりあえずは衝撃で弾き返そうと、物理攻撃の性質が強い土属性の魔法を選択する。


「ストーンバレット」

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