第305話.精霊の結界

「精霊につくられた結界?」


「うん、この紋様は精霊じゃないと描けないよ。それも、かなり上位精霊じゃなければ、こんな複雑な術式は使えないよ」


「結界を壊せば、いや、結界を壊すことは出来るのか?」


 ナレッジに未知の魔物ゴルゴンを助けれるのかと聞くのは、良くないのではないかと迷いが生じて、途中で質問を修正する。

 結界は壊すといのは、あくまでも俺の選択であって精霊達には関係ない。自己満足に近い主張だということは分かっている。それでも、巻き込んではいけないという直感が働く。


「高度な術式でも、壁に紋様を刻んだだけならば···。それを壊すことが出来れば、結界は崩れると思うよ」


 少しの躊躇いを見せて、ナレッジは答えてくれる。この結界を張った精霊を意識しているのは間違いない。


 しかし、瞳を潰された少女を護るように威嚇している蛇達が目に映る。今までのアシスの長い歴史で、ゴルゴンという魔物が何をしてきたのかは知らない。大量の命を奪い、残虐の限りを尽くしてきたのかもしれない。

 だからといって、今はゴルゴンの瞳だけを潰して、そこから流れ出る魔力だけを利用している光景には不快感しかない。


 生かさず殺さずの状態で放置されたゴルゴンが、自分と重なって見えているかもしれない。しかし、それにどんな重要な意味があったとしても、それを理解したいとは思わない。


 そんなものは、俺には関係ない!俺は迷い人でしかなく、どの世界にも弾かれた存在。


 精霊樹を持つ手に力が入る。


「カショウ、でも簡単じゃないと思う」


「ああ、分かってるよ!」


 簡単に壊せる結界ならば、アースウォールを貫ける蛇達が、もうとっくに壊している。制御出来る限界までの魔力を、精霊樹の杖に流し込む。感情的になればなるほど魔力の制御は乱れ、魔法はいつ暴走してもおかしくない。


「ウィンドトルネード」


 しかし、魔法は壁に近付くにつれて制御を失い飛散してしまう。それならばと、今度はストーンキャノンを放ってみるが、ウィンドトルネードと同様に制御を失い塵と化してしまう。


「やはり、上位精霊相手に無傷で済まそうなんて都合が良すぎるか!」


 先よりさらに、魔力を流し込む。強引に魔力を流し続けると、精霊樹の杖を掴む右手が激しく振動し、誰が見ても限界が近い事は分かる。


『もう限界よ!』


 ムーアが止めようとした瞬間、右手の振動が収まり始める。


「マトリか?」


「お手伝いします」


「イイのか?上位精霊に喧嘩を売ることになるかもしれないぞ!」


「私は、そんなものは見たことがありません!」


 今まで以上に、魔力を込めて完全に制御されたウィンドトルネード。しかし魔法が壁に近付くと、ウィンドトルネードは四方に飛散し、そよ風が吹き付けた程度に威力は減衰してしまう。


「やっぱり、ダメなのか?」


「ご主人様、属性の相性もありましょう!」


 そこには、両手に紫紺の刀を持ったフォリーが立っている。乱れた呼吸は収まっているが、消耗した魔力は完全に回復しきってはいない。


「フォリー、大丈夫なのか?」


「はい、マトリにだけイイ格好はさせれません!上位精霊相手なんて、上等ですわ。ヴァンパイヤ族の真価をお見せする良い機会です。ねえ、ダーク兄様」


 フォリーの目は少しつり上がり、唇は深紅に染まっている。そして、いつもの冷静な口調でなく、興奮しているのが伝わってくる。


「おっ、おう!」


 久しぶりにダークの姿が見たが、すぐにミスト化するとフォリーへの腕へと絡み付き、籠手のように姿を変えてる。


「さあ、参ります!」


 ニヤリと笑みを浮かべ、口許から見えるヴァンパイア特有の長く伸びた犬歯が、さらにフォリーの秘めた獰猛さを際立たせる。


 ダークが操るよりも、数段速い動きで結界へと迫り、2本の刀を結界に突き立てる。


 カンッ


 軽い音ではあるが、攻撃が届いたことの意味は大きい。しかし、紫紺の刀からは魔力が抜かれ、次第に色を薄くし闇属性の力は失いつつある。それでも、俺の魔力によってつくられた刀は、形を止めて結界へと突き刺さり、フォリーは結界を破壊するべく力を込める。


「キエエエエエーーーッ」


 フォリーの気合いの雄叫びで、紫紺の刀は僅かではあるが、キリキリッと結界へと食い込み傷を深くする。しかし、次第に紫紺の刀が色を失うと、結界を傷付ける音も聞こえなくなる。


 そして、フォリーの両腕が弾けたように広がる。

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