第300話.湖の祠

『さあ、解決したなら先に進みましょうか!』


 ムーアは俺の言葉を待たずに、祠に向かって歩き始めている。


「ムーア、待てって!俺はまだ、左腕しか結界の中に入ってないんだぞ」


 結界の中に踏み込むと、祠の中の充満した魔力が、俺の周りにへばり付く。魔力であると分かってるとはいえ、へばり付いてくる魔力は気味悪く、街灯に集まってくる虫のように感じて鳥肌が立つ。


 かなり変質した魔力ではあるが、タイコの湖の水からつくられる御神酒には、この魔力が含まれている。そう考えると、悪影響を与えるのは魔物に対してだけになる。

 その点、魔樹の森の魔力は精霊達を狂わせてしまう力を持っている。魔力といっても、全てが一緒ではなく少しずつ違いがあり、血液のように幾つかの種類があるのかもしれない。


 ヒトと精霊、それに魔物の共存する俺の場合はどうなるかは気になる。全く問題ないのか、それとも部分的に暴走してしまうのか?

 しかし、暴走するリスクがあれば安易に試せないし、またムーア達からの厳しい目が向けられるは分かっている。その内、ブロッサやガーラが何かを解明してくれるだろうから、今はそれを待つしかない。


『あなたが余計なことを考える前に、先に進みましょう』


 俺の感情の声が聞こえたかもしれないが、それとは関係なくムーアは俺を見透かしている。そして、祠の白い扉を開ける役割は俺だと言わんばかりに、俺が来るのを待っている。


 長い間使われていなかったであろう祠の扉だが、埃一つなく綺麗な状態を保っている。外に閂が付いているということは、中から外の世界へと出てこれないようにしている。


「何かを閉じ込めているのかもしれないな。簡単に開けてはいけない扉のような気もするぞ」


『鍵は無くて閂しかなさそうね。これなら簡単に開けれそうよ』


「言った意味を分かってるか?嫌な予感しかしないぞ!」


『今まで良い予感なんて無いんだから、これが普通でしょ!』


 ムーアの指摘には苦笑いするしかない。


「まあ魔物の気配は感じないから、開けて直ぐに襲われることは無いだろうけど」


 閂をゆっくりと横にずらすと、扉には手を触れてもいないのに勝手に開き始める。そして俺達が中に入ることを待っているかのように、開け放れた状態で動きを止める。


『祠には歓迎されているわよ♪』


「おもてなしは、なさそうだけどな」


 外から見える祠の中は、壁も天井も全てが扉と同じ白い石で出来ている。中には何一つ物も置かれておらず、部家の奥には下へと降りる階段が見えている。


「どう見ても怪しいとしか言えないな」


『それでも、奥に進むしかないでしょう。大抵の場合は放っておいた分だけ、事態は悪くしかならないものよ』


 長い時間を生きてきたムーアの言葉には妙な説得力があり、頷くことしか出来ない。最大限の努力として扉が閉まらないようにアースウォールで壁をつくり、閂も動かないように固定し、いつでも退避出来る準備はする。


 そして、祠の中へと足を踏み入れる。


『どうなの、何か感じる?』


「魔物の臭いは残っていない。残念だけど、最近この中に入った者の形跡はない」


 他にも探知スキルで調べてはみたが、小さな祠だけに隠し部屋を作る空間もなく、残るは部家の奥にある階段しかない。


 パタンッ、ゴスンッ


 その時、扉は閉まり閂がかかる音がする。扉が閉まらないように作ったアースウォールも動かなく細工した閂にも、何の意味もなく扉は閉ざされてしまっている。


 扉を軽く押してみるが、触れずに開いた扉は全く動かない。


「やはり閂がかかっているのか?」


 今度は力を込めて扉を押してみるが、扉はびくともしない。


「ソースイ、扉を破るぞ!」


 簡単に開くことはないと判断し、ソースイと二人がかりで扉を壊しにゆく。外に付いている閂は、俺の手でも握って掴めるくらいの太さしかなく、破壊することは難しくない。


 助走距離を取り、タイミングを合わせて扉へと体当たりする。


 ドオオォーーン


 それでも扉はびくもとしない。しかし僅かにでも扉が動くような気配もなく、左右の扉は一体化してしまっているようにも感じられる。


「やっぱり、そうなるのか···」


『戻るという選択肢が一つ減ったと考えましょう。先に進むことに集中出来るわ!』


「ムーアは、ポジティブだな。その切り替えは、俺には真似出来ない」


『ずっと引きずっていたら、精霊なんてやってられないわよ。それに、あなた達の無駄な努力の間に、痕跡は見付けたわよ』

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