第288話.タダノカマセイレの暴走
「ヴヴヴヴヴヴアアアァァァーーーッン!」
唸り声に比例して、スライムの凍りつくスピードが加速する。それと同時に、タダノカマセイレのゴツかった後ろ姿が少し細くなり、蒼かった体の色が薄くなる。
「それ以上はダメだ、存在が薄れている!」
タダノカマセイレは、俺の大量の魔力を淀みなく吸い取るが、それに反して自身の魔力はどんどんと薄くなってゆく。それでも唸り声は変わらずに続き、哀しみの凍てつく世界の解放を止めようとはしない。
「私に触れたものは、全て凍りつくのよ」
表面だけでなく中まで完全に凍りついてしまったスライムは、白く変色し氷山のように姿を変えてしまう。
「カショウ、スライムのうねりも止まったよ」
俺達を飲み込もうと、湖の奥から集まってきていたスライムの動きも止まる。まだ、湖の奥までは冷気は届いてはいないが、凍りつくスピードは衰えておらず、スライムも凍りついてゆく体に危険を感じている。このままタダノカマセイレが無事であるならば、湖全体を覆っているスライムを凍らせる事が出来るのかもしれない。
「無理をするな!スライムの動きは止まった。もう大丈夫だ」
しかし、俺の声はタダノカマセイレには届かず、さらに凍てつく世界の解放を続ける。
「大丈夫だ、タダノカマセイレイッ!これ以上は危ない!
声が届かなければ、強制的に湖から引き離すしかない。叫びながら近寄ろうとするが、冷気の障壁が俺が近付くことを邪魔をする。
障壁を破る為にマジックソードを突き立ててみるが、物理的な破壊力も技量も持ち合わせていない俺では障壁を破ることは出来ない。
「ソースイ、障壁を壊せるか?」
俺の攻撃が脅威にならないことは最初から分かってはいるので、これ以上こだわって時間をかけるつもりはなく、恵まれた体格と威力のある武器を扱えるソースイへとスイッチする。
「かしこまりました」
ソースイは黒剣を大きく振りかぶり、全力の一撃を障壁へと放つ。
ガツッ
黒剣は障壁へと食い込むが、それでも障壁を破壊することは出来ない。それどころか障壁はさらに厚みを増して、黒剣を押し返してくる。
「ソースイ、遠慮はいらない。グラビティを使え!」
今度はグラビティを纏った黒剣が、タダノカマセイレの障壁に襲いかかる。
ガツンッ
一撃目よりも黒剣は大きく障壁に食い込むが、それでもタダノカマセイレイには大きく届かない。それどころか次第に厚くなる障壁に、押し戻され始めている。そして次第に薄れてゆく、タダノカマセイレイの存在。
「このままだと、存在が完全に消滅するぞ!」
『それだけじゃないわ。この辺りが氷に世界に閉ざされてしまう。遂に暴走が始まったのね』
「イッショッ!」
慌ててイッショに声をかけると、イッショの声が横から聞こえてくる。普段は豆柴の姿を晒すことを嫌がるイッショが、自らの意思で表に出てきている。それ程まで、自体は深刻なのかもしれない。
「ウムッ、間違いない正真正銘の暴走だな」
「それは分かってる、今はそんな悠長な事を言っている時間はないだろ」
「いや、折角のタダノカマセイレの覚悟を無駄にすることは出来ん。ナレッジ、スライム野郎は大丈夫か」
「ウン、大丈夫。動きがとまったどころか、逃げようとしているよ!」
「そうか、まだ親玉は逃げていないなら大丈夫かもしれんな。それにこの辺が、タダノカマセイレイの限界だろ」
そう言うと、イッショがタダノカマセイレに向かって走り出して障壁に噛みつく。一瞬だけ障壁に食い止められるが、大きな口を開けて噛みつきながら少しずつ前へと進んでゆく。
哀しみの世界が極寒の世界ならば、相反する怒りの世界は灼熱の世界なのかもしれない。氷の障壁を溶かしながら、遂にイッショがタダノカマセイレの下に辿り着くと、開けた大きな口で足に噛みつく。
「イダダダアァァーーーッ、何すんのよ!やってくれたわね、この犬野郎っ!」
そして噛みついたイッショを振り払いように、足を大きく蹴り上げると、イッショは大きく飛ばされてしまう。しかし、それで役目は済んだのか途中でブレスレットの中へと戻ってしまい、姿は消えてしまう。
「大丈夫か?」
「ええっ、これくらい大丈夫。これが哀しみの精霊の力よ!」
そう言いながらタダノカマセイレが振り返ると、全てが凍りついてしまったような感覚が訪れる。
「タダノカマセイレなのか···」
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