第284話.チェンの行動と覚悟
「でも、領民なんて誰も···」
そこでチェンは改めて、オークとウィプスの存在を意識させられる。
『もうあなたの体は、あなただけのものじゃないのよ』
ムーアの言い方は少し悪ノリしているが、チェンのの簡単な行動一つでも、他に大きく影響を与えてしまう。それが魔物であっても精霊であっても、今までにチェンが経験したことのない責任感が襲いかかる。相手が魔物であっても、それが俺達から半ば強制されたことであっても関係なく、それを納得して受け入れたことに偽りはない。
「そっ、そんな、俺はどうすれば···」
『チェン、想像してみて。バッファが居なくなれば、フタガはどうなるかしら?それに案内人の蟲人達も、新しく領民に加わったのよ』
蟲人族の中にも、チェンを嫌う者は多い。そして、チェンをフタガの岩峰の領主するという、出世とも厄介払いともいえる落としどころをつくったのはバッファになる。
そのバッファがいなくなれば、大きく体制が変わるかもしれない。せっかくフタガの岩峰にオークと精霊を住まわせたことが全て台無しとなる可能性がある。
「スライムの親玉を倒すしかないっすね」
『そうよ、やっと分かったみたいね。これからも魔物や精霊を増やしてゆくには、フタガの岩峰は必要な場所なのよ!』
「えっ、増えるんすか?」
ムーアの宣言するような言葉に、今度のチェンは落胆の色を隠せない。
「まだまだよ、魔物達にフタガの岩峰でポーションを造らせルワ。そして、イスイの街を拠点にして、アシス中に売り捌くノヨ」
『そうね、それも面白いわ。商人ならホーソンの知り合いもいるでしょ』
「今のタカオの街になら、職人や商人も連れてこれルワ」
勝手にホーソンも巻き込まれ始めるが、暴走を始めた二人を止める事は出来ない。
「二人とも冗談はそれくらいにして、タイコの湖に向かわないと本当に間に合わなくなるぞ!」
タイコの湖はイスイの街の北側に位置する湖で、ソウ川に流れ込む支流の一つのカミシ川の上流にある。飛行可能な蟲人族で丸2日かかるが、不眠不休で動ける俺達ならばもっと時間は短縮出来る。ただ、辿りついただけでは意味がなく、そこでスライムの親玉を探しだして倒さなければならない為、残されている時間は少しでも多い方がイイ。
「あれが、カミシ川っす!」
丸一日をかけてソウ川の北上してゆくと、支流となるカミシ川が見えてくる。川幅は狭く、幾つもある支流の中でも小さなものになる。
「チェン、一度カミシ川の水質を確かめるぞ」
「了解っす!」
大河であるソウ川だけに水量は多く、その中に混ざり混んだスライムの存在は感じにくい。しかし、タイコの湖が原因であるならば、カミシ川に潜むスライムの存在は強く感じられるはず。
そして俺達を先導するチェンは、いつもと顔付きが変わり、使う言葉遣いも違ってきている。俺達の動き一つで、蟲人族の未来が大きく変わるかもしれない。それは領主としての責任感や、自覚が出てきたということなのかもしれない。
「ムーア姐さんもブロッサ姐さん、こっちがイイっす!あっ、旦那はテキトーに」
「ああっ、そう···なのか」
しかし、チェンの使う言葉遣いが変わったのはムーアとブロッサにだけで、俺との関係性は変化がない。
「さっ、旦那の出番っすよ」
俺に対しては、以前と変わらない少し気の抜けたような舎弟っぽい喋り方は変わらない。
水質を確認するといっても、スライムの臭いが流れないように水を塞き止め、ファイヤーボールを打ち込みスライムの感情の声を聞き取るだけの作業になり、必ずしも俺が必要というわけではない。
しかし俺はチェンに促されて、アースウォールで川の水を塞き止め、その中にファイヤーボールを打ち込む。
「スライム臭いが強いワネ」
『感情の声も、ハッキリと聞こえてくるわ』
「じゃあ、カミシ川を辿れば間違いないっすね!流石、ムーア姐さんとブロッサ姐さん!」
そしてドヤ顔で、ムーアとブロッサの成果をアピールしている。そして、チェンの断固たる決意の声が伝わってくる。
ムーアとブロッサの無茶ぶりを少しでも食い止める為には何だってやるしかない!
確か俺達の中で発言力を強めるには、それが一番確実で早いかもしれない。しかし少し方向性がずれているし、ムーアにも心の声が聞こえていることにチェンは気付いていない。
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