第264話.ハンソの魔法
制御出来る限界まで大きくした岩は、ハンソの体よりも一回り大きい。
『えっ、それって大丈夫なの?』
「えっ、マズいか?」
『ちょっと、やり過ぎじゃないかしら?ハンソの背中を押すというよりは、ハンソごと破壊しようとしてるようにしか見えないわよ』
やり過ぎる傾向のあるムーアに言われて、慌てて魔法を止めようと試みる。
「えっ、ダメだ···。制御出来ない」
『何言ってるの、あなたが行使した魔法でしょ!』
俺の意思とは反して、巨大な岩の塊はハンソに目掛けて進み始めて、それを見守る事しか出来ない。
ただここまで大きなストーンキャノンだと、俺の行使する場合は、初速はもっと遅くて加速にも時間がかかるはず。しかし、ハンソに向けて進むストーンキャノンはスムーズに加速してゆく。
「俺じゃない。恐らく、誰かがストーンキャノンを引き寄せている」
『もしかして、岩オニの仕業?』
「確証はないけど、ハンソのような気がする」
ハンソがストーンキャノンを引き寄せる事に、どんな意味があるのかは分からない。もしダメであるならば、ソースイが召喚解除すれば回避する事も十分に出来る。
さらに、ストーンキャノンはハンソに向けて加速し、ソースイもその事に気付いている。しかし岩オニを凝視したままで、ソースイに動く気配がない。
ドゴォーーン
そのまま、ハンソの背中にストーンキャノンが命中して、大きく砕ける音がする。しかし、砕けたのはストーンキャノンなのかハンソの体なのかは、後ろから見ているだけでは判断出来ない。ただ砕けた岩はハンソを中心として1つの大きな塊となっている。
しかしそれでも、依然としてハンソと岩オニの金棒がぶつかり合う構図は変わりはない。強いて言えば、金棒に押されていたのがハンソの動きが止まった程度で、押し返すことは出来ていない。
「変わっていないか···」
「カショウ、まだ終わっていないよ。まだ、引き寄せられてるよ」
そこでナレッジが見つけたのは、地面からハンソに引き寄せられる石で、土属性の魔法だけを引き寄せているわけではない。
「あれは、もしかしてハンソの欠片?」
「色からすると、多分そうだね。意図して、ハンソが何かをやろうとしているのかもしれないよ」
さらに魔法やハンソの砕けた岩が集まると、ハンソの顔まで隠されてしまい、表情や仕草も見えなくなってしまう。ただハンソの感情の声は、いつも以上に「エトッ、エトッ」を繰り返しているが、それが苦しいからなのか困惑しているのかを判断出来るのはソースイだけだろう。
「ガッタイ」
その時、誰かの声が響き渡る。
「誰の声だ?」
『前から···だったわよね?』
しかし前にいるのはソースイと岩オニとハンソの3人。気配探知にもクオンの聴覚でも、前にはその3人しか感じられない。
「もしかして、ハンソの声か?」
ハンソを見ると、岩が集まり団子状態となっていた体が徐々に変化し、5頭身くらいだった体型は手足が伸びてスリムな体型になっている。
ただ一番衝撃的だったのは、ハンソが“エトッ”と“ントッ”以外の言葉を話したことになる。だから、ハンソの声だとは信じれなかった。
『姿が変わったから、声も違って聞こえたのかしら?』
「そうだな、感情の声も違って聞こえる」
それは実際の行動にも表れ、いつもの指示待ちの自信なげなハンソとは違う動きを見せる。交差して金棒を受け止めていた両腕は、今までの劣性が嘘であったかのように簡単に金棒を押し返してしまい、さらには左手1本で金棒を掴む。
ハンソの左手一本に対して、岩オニは両腕で金棒を握っている。今まで無表情だった岩オニだが、そのことで表情が一変する。それは、まさに鬼の形相と呼ぶに相応しい、怒りに満ちた表情。
『まだ、岩オニにも感情は聞こえないわよね?』
「ああ、感情の声は聞こえてこない」
鬼の形相となっても、依然として岩オニの感情の声は聞こえない。それでも、岩オニの両手での攻撃を片手で抑えられた事が、奥底に眠っている本能を呼び覚ましたのかもしれない。
以前のハンソであれば、岩オニの鬼の形相に固まって動けなくなっているはずだが、今は全く気にした様子はない。
肩口に刺さっていたハンドアックスを右手で掴むと、何事もなかったかのよう一気に引き抜き、岩オニの頭に目掛けてハンドアックスを振り下ろす。
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