精霊のジレンマ～古の記憶と世界の理～

第219話.精霊との結び付き

　死んだフリをするハンソに、ソースイの鉄槌ならぬ黒剣が落ちる。明らかに分かるように殺気を込めた一撃は、ハンソの顔があった部分に突き刺さっている。

　そしてハンソは、今までにない機敏な動きを見せて躱してみせる。やはりソースイのスペックは高い。

「死んだフリをしたいなら、死んでからにしろ」

「エトー、エトー」

「返事は！」

「エトッ！」

　一通りのルーティーンをやり終える。少しハンソが心配ではあるが、今は青いオークが優先になる。

　傷が癒えたはずなのオークは、放心状態で全く動こうとしない。痛みという刺激から解放されて悦に入っているのか、それとも苦痛がないと動くことが出来ない特殊な体質なのかは判断出来ない。

　そして、青いオークから魔法の放出が収まると赤いオークが凄い勢いで走ってきている。その顔に笑みは消えてしまっている。それが、もう青いオークには残されたものは何もないのかもしれない。

　ソースイが青いオークの方に向き直る。ハンソの事は心配しなくても大丈夫ならば、必然と皆の注目も青いオークに集まる。

『ここが、勝負どころかしら！どうするの？』

「キングなのかロードなのか？上位種ならば、マジックソードでしか倒せないだろ」

「間に合ったみたイネ」

　俺が青いオークに向かって１歩を踏み出すと、ブロッサが大きな樽を持って現れる。

「ああ、完璧なタイミングだよ。今から青いオークを狙う。後は任せたぞ！」

『ええ、任されたわよ！』

　細かい指示はせず、“任せた”という言葉だけで全てが動き出す。

　契約して召喚される事は、いわば依頼される事に近い。あくまでも俺の希望があり、それに対して何をするかを要望される。だから精霊達は、まず希望を聞かなければ行動出来ない。

　しかし“任せる”という言葉は、全てを精霊達の判断に委ねるという事を意味する。その短い言葉の意味を理解した精霊達の士気は高陽し、俺との繋がりをより強く深いものへと変える。

『皆、覚悟は出来てるみたいね。もう後は戻りは出来ないわよ！』

　ブロッサが樽の中の消臭剤を一気にばらまくと、空中に散った液体は舞い上がったまま地面に落下する事はない。シナジーが次々とミスト化してしまい、消臭範囲も一気に広がる。あっという間に青いオークも消臭範囲に飲み込まれ、臭いだけでなく空気自体が清浄化されたような感じさえする。

　行動範囲が広くなると同時に純白の翼が現れて、青いオークには向かって走り出した俺を加速させる。

　しかし、何時もよりも加速が違う。感じる翼の気配は、明らかに一回りは大きくなっている。黒翼と比べても大きかっただけに、完全に翼を広げれば倍くらいの大きさになっているだろう。

　そして、純白の翼に負けじとナルキは腕も翼のように形状を変えている。右手にはマジックソードを掴み、左手にはダミアの実を実らせている。しかし大きく違うのは、いま具現化しているのはダミアの樹だけではない。明らかに複数の樹が混ざり、１つの翼となっている。

「これは契約の力なのか」

『そうよ、もう召喚とは言えないくらいに、結び付きは強くなってるわよ。だけど、まだまだこれは進化の途中よ！』

　ウィプス達も２頭身くらいのデフォルメされたような姿だったが、少し大きさも増してより精悍に見える。ルークは二刀流になり、メーンは弓からライフル銃のような武器になっている。そして、カンテの武器は杖と変わりはないが、俺の精霊樹と似た形になっている。

「俺の影響が強そうだな。メーンの持ってるライフル銃なんて、アシスにはないだろ」

『あなたとの結び付きが強くなった証拠ね。よりあなたの思考を感じ取り、より理想へと近付く為に進化しているのよ』

　そして行動範囲が広がった事でウィプス達は、赤いオークを囲むようにして牽制攻撃を始める。

　精霊達の進化を目の当たりにすると、ホーソンとチェンが焦り出す。今やれる事は徹底してやるしかないとばかりに、ホーソンはアースウォールで障害物を作り出し、チェンはウォーターボールを放ち足場を悪くさせて、赤いオークの邪魔をし始める。

　その中に、ガーラが混ざって魔法を使っているのが横目に見える。確かに、今までどんな魔法が使えるかと聞いたこともないし、勿論指示したこともなかった。それだけに驚きが大きい。

「えっ、ガーラが？鑑定スキルだけじゃなかったのか」

『魔法が使えない、知識の精霊っておかしいでしょ！』