第211話.水中に潜む化物
ブロッサの調合した薬をシナジーがミスト化する事で、異臭は効率良く抑えられている。それでも完全に臭いが無くなってはいない。
ブロッサとガーラは、更なる消臭剤の改良と生産を行う為に影の中へと潜ってしまった。
今作った消臭剤は、あくまでも試作品にしかすぎず少量でしかない。それに消臭範囲を広げるなら、それなりの量が必要になる。
この場で留まって消臭剤を作るのもムダだし、かといって移動しながら調合するのもムリがある。
「ムーア、何処に行くんだ?」
『私もブロッサとガーラのお手伝いしようかな~···と思ったんだけどダメかしら?やっぱりダメよね』
「影の中には、フォリーもマトリも居る。それにコアも増えたから、大丈夫だ!」
すると影の中からコアが現れて満面の笑みを見せる。
「かしこまりましたですわ。やっとご主人さまのお役に立てますの♪」
「ムーア、という事だから影の中は心配ない。シナジーは臭いを消さなければならないから、草原の警戒は手薄になる。仕事はいっぱいあるぞ。今は消臭の効果範囲も限られているからな」
まだ消臭剤の量も限られているので、消臭効果のある範囲は俺を中心に半径10m程でしかない。
『やっぱり、そうなるわよね』
逃走失敗で意気消沈して、渋々と気配探知を手伝う。そして、意気消沈しているのはもう1人いる。やっと空を飛ぶ自由を得たのに、一瞬で奪われてしまったチェンもトボトボと歩いている。
今の状況だけを見ると、この異臭はブロッサとガーラを無効化し、ムーアとチェンの士気を落とした。今までに出会った事のないタイプの厄介な敵といえる。
「旦那、何処まで行きやすか?この先に何もなかったっすよ、もう諦めて帰りやしょうぜっ」
「湿地まで行って何もないなら諦めるから、そこまで我慢してくれ」
「絶対に約束ですぜっ。絶対にっすよ。姐さん、終わりは近いっすよ!」
チェンはオークの痕跡が見えない事を知っている。それだけに、少しでも早く湿地帯に到着すれば、オークを見ずに草原から解放される可能性が高いと分かっている。
下がりきった士気が、終わりが見えた事で再び上がり出す。しかし、それとは裏腹に湿地帯に向かうスピードは上がらない。近付くにつれて臭いは次第に強さを増して、それと共に消臭効果のあった範囲も半分までに狭まってしまう。
チェンの羽が小刻みに震えているが、これは貧乏ゆすりなのだろう。寡黙なソースイも眉間に入った皺が深くなっている。唯一ホーソンだけが草原の土に興味を示して、色々と採取しながら歩いていて、好奇心が異臭を上回っている。
「旦那、着きやしたぜーっ!」
チェンの焦る気持ちと臭いに対する悪感情が溜まり、そろそろ暴発寸前といったところで湿地帯へと辿り着く。
水面には疎らに草が飛び出し、所々で浮き島のようになっている。水はあるのに動物の姿も見えないし、気配も感じられない。
「この環境でも生きているのは植物だけなんだな。植物の生命力には驚かされるよ。俺たちの中じゃあ、この草原に順応出来るのはナルキだけかもしれないな」
「ちょっと待ってよ。ボクは草じゃないんだから、真っ先にこの場所には適合出来ないよ!」
「姐さん、早くしやしょう!」
『そうね、折角ここまで来たけど何かが居る気配は感じられないわ。諦めて次の場所に期待しましょう』
「さっ、早く行きやしょうぜっ。こんな場所に住んでるなんざ、ろくな生き物ありやせんぜっ。醜くておぞましい、残虐で血も涙もない、頭のいかれた奴じゃないと棲めやせんぜっ。早くしないと、狂ってるのが移っちまうっすよ!さっ、さっ、長居は無用ですぜっ」
早く引き返したいチェンの感情が、堰を切ったように溢れ出す。さらに、湿地に背を向け両手を広げて前後に振り、早く引き返そうとジェスチャーしてくる。
“居る、水の中”
「チェン、気を付けろ。何か来るぞ」
クオンが何かに気付き、咄嗟にチェンに注意を促す。しかし、水面も静かなままで波紋すら感じられない。シナジーが消臭しているせいで、水の中までは気配探知スキルが及ばない。
「やい、化物野郎!居るなら出てきやがれっ!」
チェンが挑発すると水面が乱れ、山のように盛り上がり頭のようなものが見えてくる。
「化物め、喰らいやがれ!ウォーターアロー」
チェンは何者が出てくるかはお構い無いしで、躊躇せずに魔法を放つ。そして寸分の狂いもなく、ウォーターアローは顔面へ飲み込まれる。
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