第205話.綺麗な花の本性

 急な斜面が徐々に緩やかになり始めると、木々の様子も変わり始める。高木から低木へと変わり、木々の間隔も広がる。

 そして1番大きな変化は、森の明るさだろう。光を隔絶していた空間から、光の溢れる森へと様変わりする。


「旦那、そろそろ森も終わりそうでさっ」


 森の中では、精霊達をなるべく刺激しないように目立った行動は避けてきた。その影響を1番受けてきたのは、俺達の中ではチェンになる。飛ぶことを制限され、森の中を歩いて行動してきた。それだけに、チェンの場合は羽根を伸ばしたいのだろう。


「いいぞ、様子を見てきてくれ!」


「待ってました!」


 チェンは木々の上を目指して、勢いよく飛び上がってゆく。それも、わざと木々の隙間だったり幅の狭い所をくぐるように、複雑な曲線を描いて飛んでゆく。

 そして、それを見せつけられたウィプス達も追随するようにチェンを追いかけ始める。


 それと同時に、影の中に潜っていたムーアが久しぶりに顔を見せる。


「結局、精霊とは出会わなかったな」


『あなたは、避けられているみたいね』


「どういう事なんだ?俺はまだ何もしていないぞ」


『コアが教えてくれたわ。ここまで精霊と出会わないのは、木霊が触れ回ってるのよ。危険人物のあなたには近付いてはならないってね』


「それは、間違いだろ。危険なのは精霊の方で俺じゃないだろ」


「姐さん、旦那、草原が見えやすぜっ!」


 チェンの緊張感のない、少し気の抜けた声がする。そして相変わらずムーアの名前を先に呼んでいるが、そんな事も気にならないくらいに緊張感が一気に高まる。


 相手がオークならばと、たかをくくっていたのはあるのかもしれない。しかし俺の知っているオークよりは、遥かに能力が高い。しかし、それをカモにしてしるのがハーフリング。体格も能力も劣るハーフリングがオークを圧倒しているという事実が、迷いの森以上に不穏な空気を感じさせる。




 そして、斜面が終わると同時に低木の森も終わりを告げ、目の前にはオヤの草原が広がる。


「ああ、ここが草原なのか?」


『ええ、綺麗ね♪』


「素敵な場所ネ♪」


 チェンの声が気の抜けていた事の意味が良く分かる。そこには赤·青·黄と様々な色の花畑が一面に広がっていて、オークの姿やハーフリングの姿は見えない。

 争いとは無縁とも思える世界に、オークとハーフリングの殺伐とした生存競争を感じる事は出来ない。


「ここは、中々に危険な場所だね。この植物はラーキって言ってね、一本一本に鋭い棘があるんだよ。この花畑がオークを閉じ込めているんだね」


 ナルキの腕が伸びて花を持ち上げると、茎にはカミソリのような棘が幾つも飛び出している。そして茎は何重にも輪になって巻き付つくように伸び、複雑に絡み合っている。


 マジックソードでそっと切り取ろうとしたが、茎も棘も硬くて簡単には切断出来そうもない。鉄線を切ろうしている感触で、天然の有刺鉄線が草原をぐるりと取り囲んでいる。


「どこにも入り口は無さそうだな。チェン、何か見えるか?」


「どこにも見当たらないっすね。途切れることなく、お花畑が続いてますぜっ」


 俺達の中では、最も視力の良いチェンが空から見付けれないなら、近くに入り口はないのだろう。オヤの街道の近くには入り口があるのかもしれないが、クオカの森から南下してきたので場所的にはかなり離れている。


“見られてる、花畑の中”


 チェンが空にいる事で、目立っているのは間違いない。それを花畑の中から監視する存在をクオンが見つける。


『恐らくハーフリングね。どうするの?』


「クオン、見てるだけか?」


“うん。じっとしてる、動かない”


「動いてきそうなら教えてくれ。道を拓いてみる」


 そして精霊樹の杖を構えると魔力を流す。不意打ちする訳でもないし、危害を加えるつもりもない。ゆっくりと石の礫を具現化し、存在を見せつける。


「ストーンバレット」


 魔法でラーキを吹き飛ばして道を拓こうとしたが、花びらが散っただけで有刺鉄線のような茎はびくともしない。覆われた花びらが消え去った事で、露になった茎と棘は凶暴性を剥き出しにして表情をガラッと変える。


“逃げた”


 そしてクオンが監視のハーフリングが居なくなった事を告げる。これでハーフリングの目を気にしないで自由な行動が出来る。


「それにしても頑丈な茎だな。それなりに魔力を込めたのに、ビクともしていない!」


『へえ、これがね。綺麗な花なのに、本性はなかなか危険そうなのね。これなら、草原の中に入るのも難しそうね』

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