第193話.爺エルフの名

 エルフ族の意思とは関係なく、もうコアピタンスは仲間として一緒に行動する事は決まってしまった。後は目の前で気絶している爺エルフを、どうやって納得させるかになる。


「ブロッサ、爺エルフを回復させて起こしてやってくれ」


「分かっタワ」


 そう言うと、ポーションを取り出して丁寧に傷を治してゆく。最初こそ丁寧な扱いをしていたが、次第に扱いが雑になっている。最後はヤカンのような物を取り出して、爺エルフの顔に目掛けてを水をかけ始める。顔を左右に振って苦しみ始めるが、ブロッサのヤカンの水は爺エルフの顔を追いかける。


「起きなさい、聞こえてるデショ。分かってるノヨ。回復したのに、死にたくなっタ」


「ゴフッ、ゴフッ、ゴホッ、ゴホッ」


 爺エルフが飛び起きる。回復の途中で爺エルフの意識は戻ったが、それを誤魔化そうとして死にかけたみたいだ。


「折角回復させてあげたのに、次やったら回復不能の体にしてあげるワヨ」


 回復不要でなく不能というところがブロッサの怖いところで、それは長寿のエルフにとっては永遠に苦しみ続ける事を意味する。


「爺さん、どう責任をとるつもりだ」


「いきなり責任とは、何の事じゃ?」


 爺エルフに眠ったままのコアピタンスを見せる。


「姫様、姫様、姫様!」


 爺エルフが慌ててコアピタンスに駆け寄るが、コアピタンスは微動だにしない。死んではいないが、弱々しい魔力はコアピタンスのものとは思えない。


「死んではいないけど意識はなイワ。多分、意識はもう戻らナイ」


「姫様、姫様、姫様!」


 ブロッサの言葉に一瞬だけビクッと反応した爺エルフだが、再び“姫様”と狂ったように叫び続ける。


“嘘、信じられない”


 しかし、爺エルフの鼓動や脈拍は大きく変わっていない事をクオンの聴覚スキルは聞き逃さない。むしろブロッサに声をかけられた時の反応の方が大きい。それはシナジーの温度感知スキルも同じで、爺エルフの反応を嘘と感じ取っている。


 そして、極めつけは爺エルフから感じる毒の臭い。何かを狙っていたような狡猾さを感じ、今の結果は爺エルフにとっては悪くない事なのかもしれない。


「爺さん、あんたのせいだな!」


「何故、私のせいになる。私は何もしてはおらん!」


 俺は爺エルフの毒針のような物を忍ばせた袖を見ながらニヤリと笑って告げる。


「爺さん、どこまで覚えているんだ?」


「プラハラードじゃ」


 今まで自分の名前を名乗らなかった爺エルフが、自ら名前を告げる。それが今まで存在自体を見下していた俺達を、対等の交渉相手として認めたのだろう。


「そうかい、プラハラード爺さん。あんたはどこまで覚えているんだ?」


「爺さんは余計じゃ。何かに襲われたことは覚えているが、何があったかはハッキリと覚えておらん」


 しかしプラハラードの僅かに脈拍が速くなるのをクオンが聞き取り、体温が上昇するのをシナジーが探知する。プラハラードは、明らかに俺の話に動揺している。


「あんたが何かを暴走させてしまったんだろ。そして、コアピタンスは眠ったままになった、それが全てじゃないか」


「儂は何もしておらん」


「何をしようとしたかは覚えているけど、何が起こったのかは分からないんだろ!」


「···」


 俺の念押しする問いに対して、プラハラードは何も答えない。


「そうか、何が暴走したのか心当たりがあるのかと思っていたが、あんたは知らないのか?知ってるのは、族長のコアピタンスだけって事か」


「ああ、姫様なら何かを察知しておったのかもしれんが、儂は聞いておらん」


 俺がプラハラードの毒針に触れないで話を進めた事に対して、俺の話に合わせて答えてくる。それは俺は何が起こったか知らないという主張を認め、自分は何も知らないと改めて主張している。


「洞穴から戻った俺達を毎日見に来ていたのも、これが理由なんだろう。それを見抜いたのは結局コアピタンスだけってことか」


「そうなのかもしれんが、それは姫様しか分からん事じゃ」


 これでお互いに、これ以上の詮索は不要となる。


「それで、あんたはどうするんだ?俺には、毒の精霊ブロッサがいる。アシスを旅すれば、コアピタンスを元に戻す方法が見つかるかもしれない」


「好きにするがイイ。しかし、これはエルフ族の問題で他種族の力は借りんわ!」


「じゃあな、こっちの好きにさせて貰う。これ以上あんたと話すのは時間の無駄でしかない」

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