第142話.エルフ族族長コアピタンス

 辿り着いたクオカの町は、野戦病院と化していた。


 見える範囲のクオカの町には、大きな建物は見当たらない。どれもが木々や自然と同化し、何十人もの人が入れるような建物は見当たらない。

 そのせいなのか、家屋の外には2~30人程の怪我人が溢れ出して寝かされている。怪我も完全には回復しておらず、命の別状がないといったところだろう。

 そして怪我以上に魔力の消費も激しく、完全に底をついた状態からの回復では、しばらく時間がかかってしまう。傷が回復したからといってもすぐに動くことは出来ない。


「どうされましたか?」


 俺の表情を見て、何か変なところでもありますかと、ダビデが聞いてくる。


「怪我人が多いみたいだけど、大丈夫なのか?」


「気にしないで下さい。先に族長のコアピタンスに通すように言われてますので」


 これだけの怪我人がいることが通常かどうかは分からないが、外に溢れ出している事は誰がどうみても正常な状態ではない。

 しかしダビデの表情は変わっていないので、これが最近の当たり前の光景になってしまっているのだろう。


 そしてファンタジーの世界といっても、損耗率という概念はあるはず。いくら1つの絶対的な個の力で戦況が左右されようとも、残されたエルフ族自体が少なければ繁殖能力の低いエルフは存亡の機に立たされる。


 そう考えると、森の木々によってクオカの町の全貌を見て取ることは出来ないものの、この森で暮らすエルフ族は想像以上に多いのかもしれない。


 そして、野戦病院と化している家が、族長のコアピタンスの住居となる。大きめのログハウスのような形で、中からは治療が終わったエルフ族が運ばれてくるので、扉は開かれたままとなっている。


「ダビデです。言い付け通り、カショウ殿をお連れしました」


「構わん、入れ!」


 中からしわがれた声がして、ダビデが中に入るように促してくる。

 怪我人の治療が終わったのか、俺と入れ違いになるようにして、まだ傷だらけのエルフが外へと運ばれて行く。中に入ったのは俺1人だけで、ダビデも中へは入ってこない。


「貴方様が、フタガの岩峰からハーピーを追い出したカショウ殿ですね。私はこのクオカのエルフの族長をしております、コアピタンスと申します」


 中にいたのは少女と壮年に見えるエルフの姿があるが、少女の姿はどこかで見た記憶がある。


「姫様が名乗っておるのに失礼ではないか?」


「爺、よさぬか。カショウ殿は迷い人。アシスとは違いも多くあろう。それに妾はカショウ殿に協力をお願いしたのだぞ!まさか妾の命令を違えてはおらぬであろうな?」


「私は常に姫様の為にお仕えしております」


 壮年くらいには見えるエルフではあるが、エルフの中では年長者であるらしく爺と呼ばれている。ただ、姫様と爺の間では意見の食い違いはあるようで、俺達を呼ぶ手紙を送ってきたのは爺であるようだ。


「すいません。非はこちらにあります。迷い人のカショウです。ハーピーの責任を取るために参りましたが、ハーピーのどのような要件でしょうか?」


 そこにムーアも現れる。


『お分かりだと思うけど、カショウと召喚契約をしている酒と契約の精霊のムーアよ。探している本人である事は、契約の精霊として保証するわ。ハーピーで何か問題があったのなら、私が立ち会い人となって正式な形で契約を行うから安心してイイわ』


「それは頼もしいですね。是非、契約をお願いしましょうか?爺も、よろしいですね!」


「私は常に姫様の為にお仕えしております」


 同じ文句を繰り返す爺に、少しだけ辟易しているようでハッキリと表情に表れている。それに対して爺の方は、飄々として何を考えているか読めない。


「分かったわ。手紙の内容に間違いがあった場合は、この件に関して爺には口を挟ませない。契約を破った代償は、私のエルフ族族長としての地位よ。これで問題ないかしら?」


『分かったわ。それで十分よ!』


「姫様、待ってください。そんな契約などの必要はありませんぞ!」


「爺、命の危険があれば代償がエルフ族族長の地位なんて対当ではありません。これでもかなり良心的な契約ですよ。それとも、爺の命を代償としますか?」


『お決まりの“私は常に姫様の為にお仕えしております”は出ないようね』


「爺は下がっておれ。私はカショウ殿に協力をお願いする為にお呼びしたのだぞ」

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