第117話.バイコーン

「あそこに居るのは、さっきのユニコーンですぜ!」


 ユニコーンの縄張りも終わりが見えてくる。縄張りの縁でチェンが見付けたのは、草むらに座り込んでいる1体のユニコーンで、頭と翼だけが見えている。角の根元しか残っていないユニコーンは、他にはいないはず。


 森の中では精霊達を刺激してしまう為に、リッター達の索敵はしていない。クオンの聴覚や俺の嗅覚スキルを合わせれば大抵のものは把握出来ると思っていたが、チェンが見付けるまで気付けなかった。

 そして意識すれば感じる事が出来る程の微かな気配は、それはユニコーンの存在が消えかけている事になる。


「ユニコーンの角を落としたのは良くなかったか?」


『角が無かったらユニコーンが司る力は弱くなるけど、それで存在自体が消えてしまう事はないと思うわよ』


“気を付けて!”


 クオンの声が少しだけ上擦った気がする。ユニコーンの身体が視認出来る距離まで来て、その異常性が分かる。


 傷だらけでボロボロの身体はだけではなく、白かった身体は泥の中を走ってきたかのように斑模様になっている。だがその模様は、身体に染み込むように次第に濃く大きくなり、それが汚れでは無いことが分かる。


 ハーピークイーンより得た魔力吸収スキルのお陰で、魔力量だけでなく質の違いや変化も感じとれる。


 ユニコーンの身体に残された微かな魔力が地面へと吸い取られて、その代わり地面からどす黒いものが流れ込み身体を満たす。それが、ユニコーンの身体の色を黒く変えていっている原因なのだろう。

 その黒く禍々しい今までに感じたことのない魔力は、ハーピーの魔力とも違う。


 しかし、異常な光景をただ見ているわけにはいかないが、かといって対応の仕方が分かるわけでもない。地面から出る黒い魔力には、触れてはいけない気がする。


 その間にも、ユニコーンの身体は黒く染まり、もう斑模様と呼べないくらいの変色を起こしている。


「リズ、リタ、行くぞ」


『どうするの?』


「ユニコーンを吹き飛ばすから、地面を攻撃してくれ!」


 2対4枚の白と黒の翼が、風を巻き起こす。ハーピーロードの黒翼に魔力を流すと、風を起こす事が出来る。さらに進化した純白の翼が、それをアシストする。

 精霊の身体は魔力で出来ているので、同じ大きさの動物と比べると軽いが、体重が半分になったとしても重量はそれなりにある。


 ユニコーンの身体が少しずつ浮き上がり初め、それに合わせてソースイがゼロ・グラビティを放つ。

 ユニコーンにダメージを与えないように少しずつ重力操作を行い、遂には身体が浮かび上がる。そして、若干足を引き摺るような姿ではあったが、10メートルほど移動させる。


 ユニコーンの身体が移動を始めると、ウィプス達のサンダーボルト、ムーアのウィンドカッター、ホーソンのストーンアローがユニコーンの居た地面に向かって放たれる。

 大きく土煙が舞い上がるが、それ以外に何か変わったという感触はない。地面の中に何か隠れているのであれば、より魔力を感じ取れるはずだが、やはりそんな簡単な問題ではないようだ。

 そして場所を移動したユニコーンの地面からは、再び黒い魔力が立ち昇る。


 もうユニコーンの身体は全身黒く染まり、さらに黒い魔力で満たされて行く。消えかけて気配すら感じ取れなかった存在が、今は禍々しい程の殺気を放ち、いつの間にか立ち上がっている。

 そして、最後には無くなった角の両脇から2本の角が生え、両目が赤く輝き始める。


「あの赤い眼は、魔物化してしまったのか?」


『あれは魔物のバイコーンね』


「精霊も魔物化する事があるんだな?」


『精霊が魔物化するなんて初めて見たし、聞いたことなんて無いわよ!』


 そんな話をしていると、バイコーンがこちらへと寄ってくる。


「危険な相手なのか?」


『私も見たことはないわ。そんなのダンジョンの中にしか居ない魔物よ』


 アシスでは、地上にいる魔物はゴブリンや・コボルト・ハーピー・オーク・オーガが一般的な魔物になる。以前に戦ったラミアやバイコーンも、ダンジョンの中に居るような魔物で、地上にいれば話の中でしか登場しない。


「ガーラ、バイコーンを元の精霊に戻す方法を知っているか?」


「残念だけど、倒すしか無い」


 とりあえずは構えて攻撃に対処出来る準備をとるが、さっきまでは精霊だった存在を倒すには抵抗がある。

 その気持ちを感じ取ったのか、バイコーンは立ち止まって俺達の事を観察してくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る