エピローグ

最終話 「この世界にはヒーローが必要になる」

 激闘から一夜明け、フロッリーが最初に攻撃した場所の被害はすさまじいものだったが、学校はいつも通りに門を開けた。


「やべぇ……今日はやべぇ……」


 教室内の机の上で突っ伏している司。


「はは……お疲れ様、司さん」


 隣に座った火伊奈が苦笑する。

 MT1の右腕に吸われた魔力は思ったよりも大きかったようで司は朝起きると全身がひどい筋肉痛に襲われた。


「おはようございます、昨日はお疲れさまでした。司」


 二人の前にイフが立ち、司に笑顔を見せる。


「お~、はかり。お前んところは何も問題なかったか?」

「敵の襲撃を受けているので、まだマルチトルーパーの整備に手が回っていませんが、また出てきても恐らくは大丈夫でしょう。何か起きても恐らくアール先生や司がいますから、それに、秤じゃなくてイフ。そう呼んでください、昨日のように」

「な……!」


 そういばそうだ、どさくさに紛れてそう呼んでしまったのだ。

 秤イフは期待を込めた目で司を見つめている。


「お、おう……イ……イテテテテテ‼ 何ッ⁉」


 呼ぼうとした瞬間、横から火伊奈の手が伸び、司の尻をつねった。

 火伊奈はぷいっとそっぽを向いて「別に」とだけ答え、司は嘆息する。

 その様子にイフは少しだけ笑った。


「フフ……名前を呼ぶのは今度で許してあげましょう。それより司」

「なんだよ?」

「私、今度は家を踏みませんでしたよ」


 司に向けてドヤ顔を向けるイフ。こんな表情をする娘だとは思っていなかった司は少し驚いたと同時にときめいた。


「ああ、よくやったよ」


 イフの頭へ手を伸ばして撫でてやった。


「みなさん、おはようございます」


 いつの間にかホームルームの時間になり、扉を開けてアールが入ってきた。

 司と目が合う。


「あ………」

「…………」


 あった瞬間、アールはカチンと固まり、ロボットのような動きで教壇のまえに立った。


「あの、その、それでは昨日は大変でしたけど、私は避難をしていましたけど、出席を取りましょうか」

「……何アレ?」

「ばらすなってことなんじゃない?」


 ぎこちない様子のアールに疑問を抱いた火伊奈が聞き、首をかしげながら司が答えた。


            ×   ×   ×


 放課後になるとアールに呼び出され、司は裏庭にやってきた。


「先生、俺の父親にってああいうことだったんですね。機体を託されたって」

「ええ、そうよ」


 アールは木にもたれかかって司の言葉に答える。


「私は貴方の父親、ブラッド・レイゼンビーが今どこで何をしているかは知らないわ。だけど、半年前、東京で魔物と戦っていた私の前に彼はフラッと現れ、今は私に託すと言ってユニグリフィスとパルソーサーの場所を教えてくれたの」

「そうですか……親父は裏切り者って聞いたんですけど、親父の機体を使うのに抵抗はなかったんですか?」


 恐る恐る尋ねると、アールはプッと噴き出した。


「ブラッドはね。一時期私と一緒に旅をしたことがあるのよ。騎士団が結成されて間もないころに一緒に、その時は三人一緒にね。そのうちの一人が、リムル・フォン・バーン・ドミナス」

「え⁉ それって確か、魔王……」

「そうよ。その時はまだ魔王になれていなかったけど、いい子だったわ。だから、リムルを追い詰めても最後の最後でブラッドがあの子を守るのもなんとなくわかるの」

「そう、ですか……」


 親父は、そうか。魔王を救いたかったのか……。

 それが分かって、司はほっとした。


            ×   ×   ×


 アールと別れ、そろそろバイト先、鷲尾工場へ行こうと司は思い立った。

 火伊奈にも声をかけておこうとすぐ近くにあったテニスコートへと足を向けた。

 女子テニス部が練習している風景をネット越しに見る。

 火伊奈も練習しているかと思ったが、外から見た限り火伊奈の姿は見えない。


「こら、覗き」


 ガシャンとネットにラケットがぶつけられる。

 テニス部部長、大神田姫乃だった。


「部長さん、今日は学校来れたんですね」

「おかげさまで、ま、あんたが頑張ってくれたっていうのもあるのかな。あれ以上家が壊れなかったし」


 ニッと部長が笑った。


「そうですか。火伊奈は、今日は?」

「来てないわよ。家の手伝いがあるって」

「ああ、じゃあ、俺もその手伝いをやらなきゃいけないんで、これで」

「うん、ありがとうね」

「ありがとう?」


 部長はラケットを肩に担ぐと司に背を向けた。


「この街を守ってくれて」


 背を向け、そのまま歩いて行ってしまったため、表情は読めなかったが、司は妙にうれしい気持ちになった。


「はい……」


             ×   ×   × 


 鷲尾工場の重たい扉を開ける。


「おぉ……来たのか」


 工場には壊れた天井から夕陽を浴びるコバキオマル、その下で作業着を着ている権五郎と火伊奈の姿があった。


「ごぶさた」

「何しに来たの? 司さん、コバキオマルは整備中だから今動かせないよ。ああ、昨日の出撃の分の給料をもらいに来たとか?」

「いやそれはどうでもいいんだけど、練習とか、勉強とかしようと思ってさ。シミュレーターぐらい、あるんだろう?」


 照れくさうにコバキオマルを指さす司。

 驚いたように権五郎と火伊奈は顔を見合わせたが、やがて互いに嬉しそうに笑った。


「おう、あるぞ、指令室の隣の部屋だ」

「サンキュ」


 嬉しそうに笑っている権五郎は気に食わないが、彼の隣を通り過ぎる。


「だから言ったじゃろう、司」

「ん、何がだよじじい?」

「この世界にはヒーローが必要になると」

「…………」


 それは遠い昔の事だった。

 権五郎に子供のころ常に言われてよくわからない修行をさせられていた。その時にずっと彼が言っていた言葉だ。

 自然と司の口角あがった。


「うるせぇよ。じじい」

「へッ、口の減らんガキめ」

「ヒーローっていうのなら、あんたの孫娘みたいなのを言うんだよ」

「へ? 私⁉」


 突然話を振られて困惑する火伊奈。


「ああ、使うかもわからねぇ巨大ロボットを好きの一心でずっと整備してきた。自分がヒーローになるわけでもないのにつきっきりで。だから、俺は火伊奈を好きだし、尊敬してるぜ」


 思ったままの気持ちを素直に言うと、火伊奈が赤面して目を開けてられないとばかりに力いっぱい閉じた。


「この……! この……! 阿呆ッッッ‼」


 そして、近くにあったスパナを司に向けて思いっきり投げつけた。


「えぇ……照れ隠しにしてもそれはねぇだろ……」


 さすがに死んじゃうもの。

 そんなものを投げつけてくるとは思わず、呆れて避けるのも忘れた。

 ガンッという鈍い音が工場に響いた。


             ×   ×   ×


 放課後の家路。

 夕焼けに照らされた公園で三人の少年たちが遊んでいる。

仲睦まじく追いかけっこをしてやがて飽きたら一人がベンチに置いてあるランドセルを取り、公園の外に出た。

 最初に出ていった少年に誘われるままに一人、また一人とランドセルを掴む。

 最後に公園を出る少年は前の二人がすでに走って行ってしまっているのにもかかわらず、ふと足を止めた。

 キャップ帽を深々と被った少年だ。

 少年はランドセルを開けると中からココナッツのような大きな木の実にしか見えない巨大な植物の種を取り出した。

 それを公園の中に向けて投げつけた。

 公園の二つの並んでいるすべり台の間に向けて。

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世界防衛大型重機 コバキオマル ~勝手に戦闘ロボットを用意してたんだけど、俺たち以外の勢力がちゃんと戦ってる~ あおき りゅうま @hardness10

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