百四話 新区域の生物─2

 そして、次に現れた生物。

 兎のような長い耳。つぶらな瞳。三角おむすびを逆さにしたような輪郭。やや短毛の薄いクリーム色の毛並み。

「ねぇねぇ! アレ、フェネックじゃない!」

 宍戸がその動物を指差して言った。

 神矢と鮫島含めた他の男子たちと、巨大樹周辺の探索をしていた時である。雪野、上原、宍戸の三人もしっかりと神矢の後ろについてきていた。

 フェネックは、アルジェリアやエジプトなどの砂漠に生息するキツネの一種である。ペットとしても売られていて、その大きな耳が特徴的だ。

 宍戸が見つけたフェネックは、親子連れだった。親狐一匹と小狐が三匹。大きさも姿も、地上のものとさほど変わったところは見受けられない。

 フェネックたちは、神矢たち人間に気づいていて、こちらを少し警戒しつつ横切って行く。

「可愛い……。凄い癒される……」

「……そうね。最近、キモい生き物しか見ていなかったから物凄くホッとするわね」

 宍戸が顔を弛緩させ、上原も口角を上げた。

「あ、逃げていっちゃう……」残念そうに雪野も言った。

 フェネックたちは、神矢たちの視線から逃れるように去ろうとして、急に動きを止めた。

 同時に、神矢の脳に危険信号が走った。

「気をつけろ。何か来るぞ!」

 突然、茂みから何かが大きく跳ね上がった。二、三メートルほどは跳躍しただろうか。そのままソイツは、フェネック目掛けて飛びついてきた。

 大きさは人間の拳大程。その姿に、鮫島たちが身を退け反らせる。

「うげ! なんじゃありゃ!」

「うそぉ! アレってノミ!?」

 言い当てたのは雪野だった。

 ノミの種類まではわからないが、確かにそれはノミだった。動物の皮膚などにくっついて血を吸う、極小の生き物だ。

 それが拳大の大きさで、計五匹がフェネック親子にしがみついている。

「ノミってアレか! 跳躍力が半端ない昆虫で、人間に置き換えると、東京タワーをも一っ飛びだっていう!」

 何故か説明口調で言う男子の一人。……たんに持ってた知識をひけらかしたかっただけだろうが。

 よく、生き物の能力を人間に例えたりするが、あれはあくまでその昆虫の能力を分かりやすくする為の説明である。実際、ノミの跳躍力は、その身体の軽さや構造上ではじめて可能であって、人間にその能力を与えた所で人体の構造上不可能なのだ。

 そのことをすまし顔で言って彼らの夢を壊すのも大人気ない気がしたので、神矢は黙っておくことにした。

 フェネックたちはノミの襲撃になす術がなさそうだった。あのサイズで噛まれて血を抜かれれば、たちまちにしてフェネックたちの生命は消えるだろう。もちろん、人間だってただでは済まない。

 しかし、これもこの地底自然界の掟。人間が手を出すことは──。

「このお! フェネックちゃんから離れろぉ!」

「せっかくの癒し系になんてことすんのよ!」

「わたしたちの目の前でそんなことはさせないから!」

 宍戸、上原、雪野が、金属バットを近くの男子からもぎ取り、フェネックにくっついていた巨大ノミを、ボールを打つように弾き飛ばした。

 女子たちの過激な行動に、神矢含め男子たちは目を大きくしていた。

 飛ばされたノミたちは見事、木々の枝の隙間を通って地底の空へと飛ばされて行った。

 ノミたちをかっ飛ばした雪野たちは、フェネックたちを見た。

「さ、今のうちに逃げるのよ」

 フェネック親子は逃げるように走って茂みに消えた。と、思いきや、一度だけ親が顔だけを出して雪野たちをじーっと見た。そして、また姿を消した。

 顔を見合わせる雪野たち。

「……今の、わたしたちが助けたってのわかったのかな?」

「お礼言ってたのかもね」

「うん。そうだったらいいわね」

 満足そうな顔の彼女たちに、神矢は口を開こうとして止めた。自然界にルールに人間が勝手に手を出してはいけないと言おうとしたのだが、自分が以前巨狼の子どもを助けたのを思い出し、どの口がそれを言えるのかと思ったからだ。

「ん、どうしたの神矢くん?」

 笑顔で聞いてきた雪野に、神矢は「なんでもないよ」と答えた。

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