七十七話 巣穴再び
すぐ近くにラーテルベアの巣穴はあった。
ミツツボアリの群れの近くには、ラーテルベアの巣穴があるのかも知れない。
巣穴の中に再び連れていかれる神矢たち。
「……暴力団の酔っ払いに絡まれて、事務所に連れていかれる気分だな」
言い得て妙な事を片桐が言った。もっとも、相手は人間ではなく言葉の通じない獣なのだが。
蟻の巣のような迷路を10分ほど歩き続けて着いた場所は、教室ほどはある広々とした空間だった。
その中央へと神矢たちは集められた。
周囲の壁を見ると、いくつもの洞穴があった。きっと、この穴もサバンナ先の森へと続いたり、他の場所に通じているのだろう。いったいどれほどの規模の巣穴なのだろうか。
地上のアナグマの種類が掘る巣穴の距離は、長いもので一キロにも及ぶ。それが幾つも枝分かれしているせいで住宅などの陥没による被害が出ることもある。
それがクマサイズなのだから、その規模は計り知れなかった。崩落とか大丈夫なのだろうか。
ラーテルベアが、グァァと声をあげた。
周りの洞穴から次々とラーテルベアたちが姿を現し、神矢たちを取り囲んでいく。
その数全部で10頭。
コレ程の数の巨体ラーテルに囲まれると、さすがに神矢も九条も顔が引き攣っていた。
林、片桐、友坂は足をブルブル震わせて顔を真っ青にして今にも倒れそうだ。
「い、今からパーティでも始まるのかしら?」
九条に支えられた状態で、真っ青になり目に涙を浮かべながらも、無理矢理口だけ笑って友坂が言った。
「だ、だとしたら俺たちはパーティ用の肉とか?」
笑えない冗談を片桐が言う。
この状況、どう足掻いても生存確率0%の絶望的なモノに見えるだろう。
だが、神矢はそこまで絶望視していなかった。この巣穴に、神矢たちに危害を加えずに招き入れたのには、きっと理由があるはずだ。
一頭が九条と友坂に近づいてきて、匂いを嗅いだ。
「ひぃ!」
「……下手に刺激しない方がいい」
ラーテルベアは友坂のジャージを嗅いで、胸の辺りをベロリと舐めた。……先ほどこぼした蜜の匂いが残っていたようだ。
「ま、またぁ……。だから、そこはダメだってば……」
「……ジャージの上を脱ごうか。別の意味で俺たちが刺激されてしまう。腰はもう大丈夫かい?」
九条が目のやり場に困って言った。
「あ、はい、すいません。もう大丈夫です」
友坂はジャージの上を脱いで白のアンダーシャツ姿になった。脱いだジャージを地面に置くと一頭のラーテルベアがそれを舐めたり頭を擦り付けたりしていた。
他のラーテルベアたちも友坂だけでなく、神矢たちにも近づいてきた。そして、神矢たちの背負っていたリュックの匂いを嗅ぎ始めた。
中には先程ペットボトルに集めた蜜が入っている。それの匂いを嗅ぎつけたのだろうか。ひょっとしたら、コレが目的なのだろうか。
蟻蜜を持っていたから、襲われずに済んだ? ミツツボアリとラーテルベアの共生関係を考えると、蟻蜜を持っている神矢たちは敵ではないと判断したのかもしれない。だが、一歩間違えば、神矢たちは蟻から蜜を奪う略奪者として襲われていたかもしれないのだ。それがなかったということは、蚕蛾の時と同じように、ミツツボアリとラーテルベアとの意志の疎通があって、神矢たちが敵ではないことを情報交換していた──と、また理屈を求めて、考察してしまった。
神矢はリュックから蜜入りペットボトルを取り出して、蓋を開けてラーテルに見せた。
「……コレが欲しいのか?」
ラーテルベアはそれを器用に両手で掴んで、仰ぐようにして口に注いだ。
やはり、蟻蜜が目的だったようだ。
それを見た他のラーテルも寄越せと言わんばかりに、神矢たちを鼻先で突いてきた。
神矢たちが持っていたペットボトルは六本。それらが全部ラーテルベアたちに奪われていく。
幸い一頭が2リットルのボトルを全部飲む事がなかった為、全頭に行き渡った。
ラーテルベアたちの顔は満足気だった。空になったペットボトルを、両手で神矢たちに返してくる。
「……あ、どうもこれはご丁寧に」林が礼をしてボトルを受け取った。「って、凄えなこのクマ! メチャクチャ賢いじゃねーか!」
ラーテルはクマ科ではなくイタチ科である。クマサイズだから、間違えるのも無理はないが……。
それにしても林の言うように、ペットボトルを返してくるとは驚きだった。
一頭のラーテルベアが神矢の前にやってきて、匂いを嗅ぎながらぐるぐる回り出す。
「……お前は、ひょっとして」
確証はなかったが、キングコブラと戦ったラーテルベアのように思えた。
そして、神矢の背後に回ったかと思うと、突然その尻を神矢の腰あたりに押し付けてきた。
前のめりになって倒れそうになったが、どうにか耐えた。
続いて、九条も林も片桐も友坂も、腰辺りに他のラーテルベアの尻を押し付けられている。
「な、何? 何なのよ!」焦る友坂。
「うっわ、なんかケツに塗り付けられたぞ! なんじゃこれ! クソじゃないだろうな!」嫌な顔をして片桐。
「なんか匂うぞ? ……あ、とっても爽やかでフルーティな香り」香りにウットリする林。
「……これはマーキングか?」九条の言葉に、神矢は「そうみたいですね」と答えた。
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