第78話 小手調べとハイパーじじい
「まだ時間もありますので、少しよろしいですかな?」
門倉さんと合流して軽い打ち合わせを済ませた後、まだ少し潜入までには時間があるということで、門倉さんが提案してきた。
「はい、どうかしましたか?」
「ここでは何ですので少し場所を変えましょうか?」
「…?」
ここではできないことなのだろうか?少し不思議に思ったが、門倉さんはそう言うと車に乗り込み付いてくるようにと指示を出す。
「少し移動しますのでそのまま着いて来てください」
「分かりました、しかし…どこへ?」
「ほほほ…。まあ、行けば分かりますよ」
と、門倉さんは運転席の窓から顔を出し、涼しい顔をして車を動かす。
俺は置いていかれない様にその後に続いて車を走らせる。
「どこに行くんだろうか…?」
と、口に出して言うと、後部座席に座る樹は呑気に後ろ手に手を組んで、シートに身体を預けて寛いでいる。
「ま、言われた通り着いていけば大丈夫よ。まあ大方予想は付いてるけどね?」
「え、そうなのか?」
「まあ、そうじゃないかなー?ってくらいだけど、とりあえず行けば分かるわよ」
「そういうモンか?」
「そういうもんよ。ねーコンちゃん?」
と、樹がコンに話題を振ると、コンは静かに頷いた。
「そういうものじゃ」
「なんだかなあ…?」
コンはコンでどこに行くか検討が付いている様子で、自分の尻尾を太ももに挟んで、手櫛で毛繕いをしていた。
しかし俺だけどこに行くか分かっていないので、少しだけ疎外感を感じてしまったが、十分程車を走らせると、目的地に到着したのか、門倉さんは車を敷地に入れる様ジェスチャーしてきた。
「ここって…確か、空き地だったよな?」
と、俺が樹に確認すると、樹は合点がいったという風に頷き、肯定する。
そこは関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板が立っている空き地で、建設予定の資材である鉄筋や木材等が敷地の中にいくつか積まれていた。
広さ的には丁度広めの駐車場くらいだろうか?繁華街なんかによくあるコインパーキングに似た土地で、詰めて停車すれば車十台くらいなら易々と駐車できるくらいのスペースだった。
入口にはチェーンが付いており、門倉さんがそれを外すと車を敷地内に移動する。
俺もその後に続いて敷地内に車を移動すると、門倉さんが入口から離れた場所へ車を止めたのを確認して、その後ろに車を止める。
それを見た樹はさもありなんといった様子で、口を開く。
「ええ、そうね。まあ、やっぱりって感じかしら?」
「どういうことだ?」
と、尋ねると樹は少し緊張した面持ちで言う。
「ま、腕試しって所かしらね?どっちかというとテストみたいなもんだと思うわよ?」
と、樹がそう言うと門倉さんが車から降りてこちらに近づいて来る。
門倉さんが運転席側の窓をノックすると俺はそれに応じる様に窓を開ける。
「では、降りて着いて来ていただけますかな?」
と、門倉さんがそう言うと俺達は頷き車を降りる。
「そんなに警戒せずとも大丈夫ですよ。こちらはお館様の所有地ですので。ささ、こちらへ」
と、門倉さんは車を降りた俺達を手招きすると、空き地の中央辺りへと俺らを誘導する。
辺りは繁華街なので外灯があり、夜間でも店の明かり等も相まってそれなりに明るくなっているが、ここは所有地ということで外側からは見えない様にフェンスが立っており、工事現場等に使う防塵用のシルバーシートが張られていて丁度敷地内を目隠ししている様だった。
明かりは僅かに入って来るが、外からは中の様子が伺えない状態。
端的に行ってしまえばそう言う場所だった。
「つまり、荒事には丁度良い場所という訳ですな」
俺の思っている事を読み取ったのか、門倉さんはそう言うと俺と樹から大体五歩くらい離れた場所に立っている。
距離にして凡そ五メートルくらいの場所だ。
「荒事って…ここで何をするつもりですか?」
「あら、察しが悪いわね。要するに潜入する前に私たちの腕前が知りたいって事よ。どのくらい動けるのか、実戦で使い物になるのか…ってそう言うことでしょ?」
樹が俺の前に立つと、何度か首を左右に曲げてぽきぽきと音を鳴らし、手首や足首の筋を伸ばして、左右の腕をぐるぐると回転させて準備運動をすると、門倉さんの目つきが変わった。
「ほほほ、左様でございます。樹さまのおっしゃる通り、これから潜入する場所は遊びではありませんからな。一応お二方は荒事には慣れてらっしゃるようですが、実際どの程度の腕前なのか知っておけば、私としても動きやすくなりますので」
先程までは穏やかな笑みを浮かべて、まるで慈しむかの様な視線でコンや俺達に接していた門倉さんだったが、今の彼は先程の彼とは雰囲気が違っていた。
一言で言えば戦闘モードと言ったところだろうか?
目つきは鋭くなり、表情は笑っているがその実、俺達の一挙手一投足を見逃すまいと、先程から視線が俺達を捉えて離さない。
俺はようやく納得がいった。
「ああ、そういうことか」
俺がそう言うと門倉さんは軽く頷き半身になると、右腕を背後へ回して隠し、目線を外さずに左腕を前方へと突き出し手招きする。
「はい、遠慮はいりません。全力でどうぞ?」
準備完了、とでもいうのだろうか。
門倉さんの表情からは笑みこそ消えないものの、ただならぬ雰囲気を感じる。
先程までの和やかな空気とは一変して、今は一触即発のピリッとした緊張感が辺りを支配していた。
門倉さんの戦闘開始の合図を受けて、樹はパンッと拳を掌に合わせると、ストレッチを終えたのか、しっかりと門倉さんを睨みつける様に観察すると、一言呟く。
「その余裕な表情…いつまでもつかしらね?」
樹はそう言うと、あくまで自然に、ストレッチの延長の様に足を前後に入れ替えながら伸びをしている…と思ったのだが…。
「ほほほ、引退したとはいえ元特殊部隊に所属しておりました故、それなりに頑張らせて頂きますよ?」
門倉さんが口を開き、そう言った次の瞬間!
「じゃあ、行かせてもらうわ…ヨッ!」
「おや、不意打ちとは味な真似を。会話をしている風で抜け目なく体制を整えるのは良いですが、視線でバレてしまっていますな。択としては良いですが、もう少し自然に動かなければ相手に悟られてしまいますよ?」
樹の不意を突いたはずの拳も空しく空を切り、門倉さんは軽くバックステップで躱してしまった。
「あらら、言うだけあるじゃないの?じゃあ、これはどうかしら?」
完璧なタイミングでの初撃を躱された事に動揺もあっただろうが、樹はこちらを一瞥すると、そんな素振りを見せずにすぐに次の一手へと打って出る。
「さて、次は何…ですかな?」
「ふぅん、やるじゃない?じゃあ、これはどうかしらっ…!?」
巨漢の樹が門倉さん目掛けて突進して行く。
両腕を前面でガッチリと固めてガードしており、猛スピードで突っ込んでくる様はさながらダンプカーの様だ。
「ふむ、推進力は中々ですな。しかし、単調故機動が読みやすく、簡単に避けられてしまいますな?」
しかし、門倉さんはそんな樹の渾身の突進も易々と躱してしまう。
器用に身を捻り、弧を描く様な足捌きで向かって左側にスライドする。
が、しかし。
避けられるのは計算の内だ。
「ふふ、想定内よ♪四季ちゃんっ!」
「おう!」
と、樹の後ろから同じく走り出していた俺は、樹を躱した門倉さん目掛けて走り出した勢いそのままに、体重を乗せた右腕で渾身の一撃を放つ!
「ふむ、樹様を目くらましに…なるほど、良い連携ですな?」
「って…わわわわっ!」
しかし、門倉さんは樹の後ろにいた俺の動きを読んでいたと言わんばかりに、軽く右足を出すと、そこに引っ掛かった俺が突っ込んでくる。
足を引っかけられた!と気づいたときには、門倉さんは俺の右腕を鋭い手刀で叩き落とし、軽くいなす。
「しかし、踏み込みが甘いですな」
「痛っ!」
俺は突き出した右腕にまるで
門倉さんも少しは体制を崩しており、その状態からこんなに重い手刀が飛んでくるとは予想外だったのと、単純に想定以上の痛みで腕が痺れてしまっていたのに参ってしまった。
一瞬拳に何か仕込んでいるのでは?と思って門倉さんの両手を凝視してみたが、そんな形跡は見当たらず、生身であの威力が出せると思うとそれだけで脅威だった。
俺は体制を立て直すべく、一度バックステップで距離を取り、反対側で反転した樹と丁度挟み込む様にして対峙する。
痛む右腕を逆の手で押さえながら、何とか視線だけは外さぬ様次の動きに注意して意識を向けていると、樹が口を開く。
「思った以上ね…流石だわ」
「ほほほ、おほめ頂き光栄です。打合せ無しであの動きなら十分ですな。では今度はこちらから行かせてもらいますよ?耐久力もテストしておかねばいけませんので、少々痛いですが我慢してくださいね?流石に体格差が厄介ですので、まずは樹様の方から行かせてもらいますね?」
「あら、ご指名とは光栄だわ?」
「では、行きますぞ?」
と、二人に挟まれていた門倉さんだったが、一瞬にしてその視界から消えてしまった。
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