第9話 戦う相手、敵同士
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アルがヴェーラを引き連れ、オルコット領都にて教会の暗部に痛撃を与えていた間も情勢は動いていた。
もっとも、王都においても教会側の……託宣から外れることを緩やかに認める一派と、有り得ないことだと託宣を追い求める一派……分裂と対立による混乱があり、王家や都貴族もそれに巻き込まれていた。独立派との間で、争乱の落としどころを詰めるまではいかない。
ただし、既に独立派の武力による示威行為は解消され、滞っていた中央と東方との物流も再開している。後は面子を含めた落とし前を付けるだけと言ってもいい。
アルが懸念したように教会の分裂は始まっているが、王家は教会との間にこれまでのような、なぁなぁでの関係を許さなくなった。
『女神の威光を掲げるなら、まずは自分たちの在り方を示せ』
『誰と交渉すれば良いのかをハッキリさせろ』
教会に対して王家は強硬に通告した。蜜月関係は終わりだと。
結果として、教会内部は政敵となった王家に対して纏まる……ことはなく、むしろ分裂に拍車がかかる。
ソレは信念や信仰の解釈の違いだけではなく、既得権益を守る者、新たに喰い込もうとする者の争いも混じる。欲深い妖怪坊主共の習性を知っていた王家側の一手。
独立派との交渉の間の時間稼ぎにと仕掛けたが、思いの外混乱が激化し、それどころではなくなってしまったのは皮肉な話。
膠着状態に甘んじたのはクレア達も同じ。表向きは。
水面下では“物語”の元々の敵役……黒いマナを操る、外法の求道者達の反撃の一手を受け続けていた。
こちらも皮肉な話だ。
この時、冥府のザカライアの顕現を阻むという『“物語”の主人公』的な立ち位置で活動していたのは、間違いなくクレア達。
……
…………
「クレア様。ゼリムがやられました。誘い込まれたのはこちらだったようです」
「ふん。やってくれたな。ここまでそれなりに順調だったが……少し連中を舐めすぎていたな。ゼリムの最期はワタシも“認識できなかった”。ファルコナーの小僧の魔法とも違う手だ」
ダリルが同席している為か、暗闇での会合ではない。実務的な部屋に主として鎮座する、人外のエルフもどき。美しき化性。
求道者達を張らせていた手の者が、次々に仕留められている。詳細が不明な攻撃によってだ。
「……セシリーに相手をさせる連中が思いの外に強かったということか?」
何処か覇気のない声と表情のダリルが問う。
「くは。その通りだ。だが、ただ殺すだけなら問題はない。神子殿には“浄化”を願いたいからな。連中は死霊術にも造詣が深い。ただ殺しても、死霊化して逃げられるのがオチなので厄介なだけだ」
「……なら俺が出るか? 浄化が目的であるなら、どちらの神子が行っても同じだろう?」
この件でクレアが首を縦に振ることは無い。ダリルは彼女の狙いを大まかには聞いているが、詳細は未だに判らないまま。所々でその意図を読もうとするが芳しい結果は得られていない。
「神子ダリル殿には、別に頼みたいことがあるのでな。いまはまだ女神の力を練ることに注力してもらおう」
「……承知した」
「くは。案ずるな。セシリー殿に危険がないように配慮するさ。いまは連中に対しての生かさず殺さずの加減が難しいだけのことよ」
総帥と呼ばれる者を筆頭とした外法の求道者集団。魔族領に引っ込み、冥府の王の顕現に向けて動いている。ダリルはそう聞かされているが、あくまでもクレアからの一方的な情報の提供のみ。
「(クレア殿は禁術によって死と闇の眷属となった者。聞く限りでは、総帥と呼ばれる者もクレア殿と同じような存在らしいが……そんな連中を易々と“浄化”などできるのか? 頑なに俺を温存してセシリーを出させようとする……つまりは、セシリーの中に宿る女神の力を消耗させたいという狙いがあるようだが……?)」
ダリルは籠の鳥。与えられる情報はあまりにも偏っている。考察した結果すらも、クレアに誘導されている可能性が高い。ダリルとて、それを理解する程度の知能はある。
「(神子ダリル……あくまでもセシリーの補助、予備の筈だが、中々に手強い。まさかここまで粘ろうとはな)」
そして、ダリルが自由に思考する時間も限られている。己の身を蝕むナニか。クレアに仕込まれた死と闇の属性を持つモノ。それに対抗しようとするかの如く、女神の力……白いマナも増強していくが、ここ最近はそれも頭打ち。徐々に拮抗状態が崩れつつある。
「(……近々限界がくるな。はは。精々ダーグ殿の手を煩わせないようにしたいものだ)」
ダリルは人形として踊る。だが、ダリルにも思うことはある。全知全能の存在など居ない。女神ですら間違える。愚かなヒトを完璧に導くことなど不可能。神ですらそんな体たらくである以上、現世に生きるクレアなら猶更だ。彼女も決定的に間違えている。
「……クレア殿。いまさら俺はどうこう言わない。ただ、一つ教えておく。俺の言葉をよく覚えておいてくれ」
「ほう。神子ダリル殿がワタシに金言を授けてくれると?」
にやにやと厭らしく笑う。美しくも醜いエルフもどき。その紅い瞳には明らかなダリルへの嘲りがある。そんなクレアに対して、ダリルはいっそ憐みを感じる。
「……クレア殿がどれほど手を伸ばしても、その手が神々へ届くことはない。貴女は既に神の抱擁を受けている。そもそも手を伸ばす必要はないんだ」
「……神の抱擁などまっぴらごめんだが……まぁダリル殿の言葉は覚えておこう」
クレアは気付かない。その言葉の意味に。戯言だと切って捨てる。
ダリルは振り返れば散々な目に遭わされているが、それはあくまでも神々を始め、王国や教会によってだ。神子の宿命が故のこと。そこから逃れるための結果が今だ。手段としてクレアがいただけのこと。
ダリルはクレアへの特別な敵意はない。勿論、好意的であるはずもないが。
この先、クレアの企みが成功しても失敗しても……彼女は絶望する。そのことを彼は知っている。
「(俺も大概に馬鹿な愚か者だが……黒幕を気取るクレア殿は、己の愚かさ、滑稽さを自覚したとき、果たして正気を保てるかな? ……悪趣味だが、その時を楽しみに待つとするさ)」
お互いにそれぞれの愚かさが視えている。知っている。だが、それを自覚しているかは別。その一点においては、ダリルが長じていた。
彼の言葉がクレアに届くことはない。顧みられることもない。
それを見越して、ダリルにも乾坤一擲の仕込みがある。
愚者達の人形劇は続く。
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……
…………
………………
魔族領。
既に多くの者が去った場所。瘴気に飲み込まれつつある村の一角に、そんな
外法の求道者集団。“物語”にて『役割』を与えられた存在。
独立派、クレア一派に狩りだされて数は減っているが、その分、今なお残っているのは正に精鋭であり、それぞれに思惑はあれど皆が『総帥』に付き従う者達。
彼ら彼女らは、魔族であり、魔人であり、ヒト族であり、エルフ族であり……オーガなどの亜人型の魔物までいる。
そんな者達の視線を集める総帥。外法の求道者集団の首魁。ボス。黒幕。
その姿はヒト族の子供。
瘴気の満ちる場にはそぐわない、仕立ての良い服を着た、中性的で気品漂う男児。
腰に届くかという煌めく金髪を束ね、その面差しは柔らかい。ただし、その瞳は血のような紅。妖しき魅力を纏う。
また、腰の後ろで手を組んだその立ち姿は慣れた感があり、子供が大人を真似て背伸びをしているような微笑ましさはない。ごく自然に上に立つ者の偉容が滲む。
「張り付いていた連中の掃除はどうか?」
鈴を転がすような声。決して声量が大きい訳ではないが、透き通るように場に染み渡る。皆が聞き入る。その声の余韻を噛み締めるかのような少しの間の後、ある者が呼応した。
「……敵性反応のある連中は排除できましたが、こちらに手を出してこない二つの気配が残っています。挑発にも応じません。恐らくルーサム家の者かと……」
「そうか。……ルーサム家には“古き者”もいる。奴らは裁定者だ。私が直接動かない限りは向こうも動かないだろう。いまは捨ておいて構わない」
「……はッ!」
魔族の男が平身低頭で総帥の言葉を受け取る。皆が総帥の一挙手一投足に注目している。多くが敬愛や忠誠ではあるが、そうではない者も混じってはいる。
一族の期待を背負いこの場に居る者。利害によって総帥に付き従っている一体のオーガが言葉を発する。
「……元の氏族を追放された我らハ安住の地を求めていル。我はともかク、このような瘴気の満ちる地ガ総帥の示す地であるなラ……一族の者ハ抜けさせてもらうゾ?」
総帥を敬愛する他の者からすれば、その発言は万死に値する世迷言。瞬間的に不穏な気配が漂うが、総帥が視線のみで殺気立つ者達を抑える。
「ふふ。安心してくれ。冥府のザカライアの顕現はあくまでも研究の途上だ。顕現した強大な死と闇の属性を反転させ、女神の属性を引きずり出すのが今回のメインとなる。そうなれば、瘴気どころか、好きに環境を弄ることも可能となるだろう。……もっとも、女神の祝福の強き地では、死と闇の眷属たる
慈愛に満ちた穏やかな微笑みのままではあるが、総帥の語る言葉は残酷なもの。付き従うオーガ一族の大望は叶うが、彼個人が安寧の地を得られることはない。
だが、当のオーガの戦士……ギラルは意に介さない。その程度は覚悟の上だと。
「我ハ戦士として総帥に付き従ウ。二言はなイ。……総帥の言葉ヲ疑った我を許セ。発言ノ責はとろウ」
「なら、次の一手の際にはギラルに出てもらうとするか。
客観的に状況をみれば、総帥達は劣勢であり、あとは磨り潰されるのを待つだけの一派に過ぎない。闇に潜んで動くはずだった彼らは、王国、独立派、クレア一派に果てはアルにまで……明確な敵対勢力として認識され、白日の下に晒されている。
もはや各勢力から脅威ではないと判断されるほど。そもそも『託宣』に謡われていた以上、隠れ潜むことが出来ないことも総帥は理解していた。
「誰しもが我らは託宣のかませ犬だと認識している。私とて、立場が違えば同じように考えただろう。しかし、私は託宣の『役割』を超えてみせる。あの
特別に熱の籠ったものではない。ただの独り言のような呟きではあったが……その紅き瞳には燃え盛る焔が宿っている。黒き尊きマナが、周囲に満ちる瘴気と混ざる。
それはつき従う精鋭達も同じ。
総帥のマナの昂ぶりに応えるように、各々の瞳が……紅く紅く妖しく輝く。不浄なる存在の証。死と闇の眷属。
総帥。託宣の神子。
女神の神子たるダリルとセシリーの対となる、冥府の王の神子。
彼には予備も補助もない。一人で完成された存在。神子としての運命すらも呑み込み、“物語”の思惑を超えることを目指す。クレアが想定する神殺しとはまた別……神の力を利用する為の道を征く。
「この世界が我らを“悪”として排除しようとするなら、至極当たり前のことを世界に教えてやるまでだ。……勝った方が“正義”なのだとな……ッ!」
総帥は嗤う。奇しくも、その昏い嗤いはクレアに酷似している。
付き従う精鋭達は敢えて騒いだりはしない。大声で総帥の言葉に応えたりはしない。ただ静かに死と闇の……尊き黒きマナを練るだけのこと。マナの昂ぶりをもって総帥に応える。
その日、見張りについていたルーサム家の精鋭すら距離をとらざるを得ない……それ程に強い瘴気のうねりが魔族領にて確認された。
その瘴気……尊き黒きマナのうねりは、当然のことながらクレアにも届く。それは
死と闇の眷属同士。
託宣に役割のある者同士。
そして“古き者”同士。
神々は総帥とクレアの直接的な争いを望まないが……その縛りを超えてでも、“物語”からの脱却を是とする。
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