第5話 死なれると困る

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 神子セシリー。


 薄っすらと白いマナを纏う光と生の眷属。女神エリノーラの第一の駒。御使い。

 彼女のマナが怒りで昂る。吠える。

 自らを縛る理不尽という糸を断ち切る。断ち切ってみせる。このままで終われるか。


「セシリー殿ッ!!」


 圧倒的な不利な状況での行動。それはまさに主人公の振る舞いではあろう。しかし、現実的な目論見としては余りにも拙いと知るヨエルは咄嗟に彼女を抑えようとするが……既にセシリーは寄せ付けない。


「ヨエル殿。私に付き合う必要はない。私は征くよ。この女神借り物の力を恥ずかしげもなく使ってでもだ……ッ!」

「……くッ! わ、私もお供しますよ。こうなっては仕方がない……ッ! ラウノッ!」


 ヨエルは同僚であり同じく虜囚の身であるラウノに投げ掛けるが……彼は応じない。静かに首を振り、臨戦態勢となって相対するのみ。


「ここで終わりか……ッ!」

「……ああ……お別れだヨエル……」


 別離。ヨエルはラウノの選択を多少残念には思うが、それぞれが自らの思う道を征くだけだとアッサリと受け入れる。それも王家の影としての一つの素養。ヨエルはもうラウノを凌ぐべき敵だと認識している。


「くはははッ!! 良いですなッ! これが神子の力! 私はその力すら超えて見せようぞッ!」

「借り物の力で威張るなッ! お互いに所詮は張りぼてだろうがッ!」


 ウォレスから死と闇の気配が溢れる。同時にセシリーから生と光の力もだ。

 突発的に始まってしまう闘争。人外の兵達も女神の力の発露に反応はするが、ウォレスは彼等を制御し、あくまでもビーリー子爵家の者を逃がさないようにその場に留まらせる。


 セシリーとヨエル、ウォレスとラウノ。陣営を割った決裂はビーリー子爵家の混乱に更なら拍車をかける結果となるが、既に誰も気に掛けてはいない。誰もがこの場をどう切り抜けるかで頭が一杯。


「ウォレス……私は貴様が嫌いだ」

「ははは! これは残念ですな! 私は神子セシリー様のことを嫌いではありませんぞッ!」


 予備動作も無くセシリーはその白きマナ、輝きを含む風の刃をウォレスに向かって放つ。同時に彼女は距離を取る為に駆ける。その借り物の力を十全に振るう。


「……シッ……」

「ふッ!」

 

 がつりと鈍い音。

 駆け出すセシリーの機先を制しようとしたラウノをヨエルが抑える。お互いに体術でのぶつかり合い。

 ラウノの手刀をヨエルが掌打で逸らすが、読んでいたのかラウノも即座に隠形で姿を消す。彼の眼中にヨエルはいない。あくまでもセシリーを抑えれば勝ちだと知っている。


「(くそ。ラウノはあくまでセシリー殿狙いか……ッ!)」


 隠形で消えたラウノをヨエルは追えない。攻撃に転じた際の揺らぎに反応することしかできない。ただ、自分への攻撃ならまだしも、それが別の者相手であれば当然反応は遅れる。


「(今更だが……仕方がない……ッ!)」


 ヨエルとラウノ。お互いの手の内を知り合っている間柄だが、それでも王家の影という立場である以上、同僚にすら明かしていない切り札の一つや二つは持っている。それもお互いに。先に切り札を使う覚悟を決めたのはヨエル。周囲にマナの剣が出現する。


『創剣』

 ヨエルの魔法。マナで構成された柄の無い直剣……刃たち。それを周囲に浮遊させて操るというモノ。攻撃は勿論、防御として使用することもでき、間合いも近距離から中距離をカバーする使い勝手が良い魔法ではあるが、どちらかと言えば屋内の戦闘で利点が活きる。


 そもそも同時に操れるマナの剣がそれほど多くはない。威力も速度もあるが、手数がそれほど多くない為、開けた場所では攻撃にせよ、防御にせよ隙間が出来てしまう。遮蔽物や屋根のある場所など、ある程度の閉鎖的な場所でこそ真価を発揮する魔法……という設定だった。表向きは。


「セシリー殿ッ! ラウノが潜んでいる故、周囲に警戒をッ! 私の魔法が至近に迫りますがご容赦をッ!!」

「……ッ!」


 ウォレスに風の刃を放ちながら距離を取り、セシリーはヨエルの言葉に軽く視線だけで返事をする。

 ちなみにウォレスはその場からほとんど動かないまま、セシリーの風の刃をマナの障壁によって防いでおり、不敵に挑発までしている有様。好戦的に力を振りかざしたがるが、攻撃よりも防御系の魔法を得手としている。


「(……ヨエル……何故分からない?……ウォレス殿は愚かだが、流石にクレア様に逆らえる筈もない……彼女を生かしたいなら、素直に従っておくべきだ……俺たちが、生きたままセシリー殿の下を離れるのが最善……)」


 一方のラウノは深い隠形のままにセシリーに迫る。命を奪う気も重傷を負わせる気もない。ただ、無力化するだけ。それが彼女の命を繋ぐ最善だと信じて。


「(……すまないが、これで終わりだ……セシリー殿……)」


 間合いへの踏み込み。セシリーは気付けない。もっとも、違和感を覚えてもどうすることもできない距離。


「(ラウノ! 流石にお前のクセは分かるぞ……ッ!)」


 攻撃の瞬間を狙いすませた『創剣』の一撃がラウノの眼前に。

 戻れないほど深く踏み込んでいたにも関わらず、それでもラウノも読んでいたのか、体勢を変えて剣を逃れる。その時点でようやくセシリーが一連の攻防に気付くほど。まさに刹那の交叉。


「(……ふん。こちらこそお前のクセは知っている……ッ!? なッ!?)」


 次に来るだろうヨエルの『創剣』の乱舞を躱し、逆にこっちの次の一手を……と、考えていたラウノの思考が一瞬止まる。


 剣が降る。雨の如く。


 ラウノの隠形に一切構うことなどない。点ではなく面の攻勢。セシリーの動きを先んじてその周囲だけを器用に避けながらも刃が降ってくる。


 流石にラウノもセシリーから離れなければならない。……というよりも、剣の雨を脱しなければ、普通に死ぬ。全身に細かい傷を負いながらも這う這うの体で雨を逃れる羽目に。

 お互いのクセを知るだけに、想定外の攻勢にラウノはほんの僅かに動き出しが遅れ、手傷を負う結果となる。

 良くも悪くも優等生なヨエルが、これほど強引な魔法を使うとは考えていなかった。


『千剣』

 ヨエルの切り札の一つ。普段は『創剣』での十数本しか見せない。だが、『千剣』は違う。一つ一つの剣は小さく細くなり、剣というよりは投擲用の短剣程度。威力も大幅に落ちるが膨大な数の剣を同時、あるいは連続して放つことを可能とした魔法。

 数が多過ぎて大雑把な制御しか出来なくなるが、動き回る守護対象を避ける程度の芸当はしてみせる。分かり易い数の暴力。


 そして、ヨエルが『千剣』によって求めたのは、ラウノを下がらせるだけではない。本命はウォレスの注意を引くこと。『千剣』には彼の障壁を貫くほどの威力は当然ないが、その数によって視界を塞ぐことは出来た。


「ほほッ! この程度の魔法など効かぬわッ! 小賢しいッ!!」


 ウォレスはその意味を理解していない。

 もし、クレアの契約者とならず、聖堂騎士の隊長格のままのウォレスだったなら……その意味、危機に気付いていただろうか?

 恐らく、以前のままの彼であれば、気付く以前にここまで敵に好き勝手をさせず、セシリーとヨエルを既に封殺すらしていたかも知れない。比べることなどもう出来はしないが……驕る者久しからず。


「 (ウォレス! そこまで愚かだったか……ッ!)」


 ヨエルの意図を正確に理解し、すぐさまウォレスの死角に回り込み、強撃となる魔法を準備していたセシリー。白いマナの魔法の恐ろしさは彼女が一番知っている。あとはウォレスの障壁すら貫く一撃を放つだけ。


「(これで終わりだ……ッ!)」


 風の属性と白いマナで構成された手槍の如き大きさの一撃が、ウォレスの命を狩る為に放たれるが……ウォレスの命を狩る前に、別の魔法によって軌道を僅かに変えられる。




 狙撃。




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 ……

 …………

 ………………



「(……危なかった。もしビクター殿と同じなら、アイツに死なれると人外の兵の制御が切れるかも知れない。……流石にあの数に無差別に暴れられると大惨事になる)」


 セシリー一行のビーリー子爵家へのカチコミから始まり、気付けば領事館の混乱に人外の兵の展開。果てはセシリー一行の決裂からの闘争。


 アルは今回は関わらないでおこうと、その成り行きを見ていたが、ふと思い出す。ビクターの死によりアリエルが人外の兵に襲われたことを。


 既に百以上の兵がウォレスによって喚び出されている。それらが無制御に各々で暴れ出すと手が付けられない。その全てを始末するにしても、どうしても時間が掛かってしまう。町への被害が出ない筈もない。


「(ただ、あの聖堂騎士の装いのおっさん。アレはダメだな。既に暴走しているのか? ビクター殿のような安定感がない。死と闇の気配だけが肥大している)」


 ウォレスはアルの『狙撃弾』により、ようやく死角からのセシリーの強撃に気付き、今は更に障壁を厚くしながら立ち回っている。


 周囲に撒き散らすほどに増大していく死と闇の気配により、当人は遅かれ早かれ自滅するだろうとアルは見ているが、その前に人外の兵を引き上げさせたい。あるいは連中が素直に言う事を聞いている間に始末する時間が欲しい。


 そして、アルが本当に気にしていたのは見張りの者達。ルーサム家の手勢。念のために臨戦態勢でいつでも対応できるようにと待ち構えていたが、『狙撃弾』を使用後もセシリーを見張る遣い手達の動きはない。一行が決裂して戦闘になってもまるで動じなかった為、もしかしたらという気もしてはいた。


「(見張り連中は、本当に『見張る』だけなのか? 事の顛末を見届けるだけで、セシリー殿がどうなろうと関与しない?)」


 ルーサム家の手勢達を動かすことが出来るのはルーサム家に連なる者だけ。


 アルは勿論、ヨエル達も気付いていなかったが、ルーサム家の手勢はクレアの命による囲いではない。彼等はアルが予想したように事態を見届ける者。監視のみで介入はしない。


 独立派とクレア一味というようにアルは単純化して考えているが、ルーサム家と独立派がすべてにおいて協調している訳でもない。むしろ、彼等はクレア達を警戒しており、その一環としての監視に過ぎない。


 ただ、その状況をクレアやウォレスが逆手にとって、さもルーサム家と協働しているように見せていただけ。仮にヨエル達が逃げたところで見張り連中は彼等は追わなかった。


 情報を制限されていたヨエル達がそれを知るのは、命を懸けてウォレス達の手を振り解くという一手を打ったまさに今。


「(……見張りが動かないなら、セシリー殿と接触するか。あのおっさんにアッサリと死なれると不味い。ラウノ殿は……クレア殿側につくなら、ここは一旦退場してもらうことになるな)」


 アルは見張りの者を気にはしつつ、セシリー達の下へ駆ける。既に人外の兵達によって領事館周囲は封鎖されているが、それほどに緊密な訳でもない。


 押し通るのみ。既にアルはこの人外の兵達が自らの“敵”だと認識している。始末することに躊躇もない。


 それに、自身を標的にして集まって来るなら、それはそれで都合が良いという脳筋仕様な思考も片隅に浮かぶ。


『ッ! ギィィッッ!!』

『ガァァッッ!!』


 女神の力が漏れないようにと制御しており、遠方から感知されることは無くなったが、目視でアルの姿を確認すると、人外の兵達は一目散で彼を目指す。


 その姿は明らかに命令や制御という言葉から遠い。暴走している。


「(鬱陶しいけど、ついて来るならソレで良いか。他に被害を出されるよりはマシ……僕と離れてる連中はまだ行儀が良いから、おっさんはまだ死んでないだろうけど、今のセシリー殿ならアッサリと決着をつけそうだ……急がないと)」


 アルは人外の兵を引き連れて領事館の敷地へ。セシリーとヨエルに『ちょっと待て』をする為に。



 ……

 …………



 鉄火場。

 領事館の敷地……庭園で始まった闘争は継続中。ひとまず、まだウォレスが無事なことをアルは確認する。ただ、既にセシリーの魔法を障壁で防げなくなったのか、かなりの手傷を負っており、聖堂騎士の装いの亡者二体が既に地に伏して斃れている。


 そして、セシリーの周囲では、隠形により姿が揺らぐラウノをヨエルが凌いでいる。地力の差によって、ヨエルは押されているが、食らい付いてセシリーの守護に徹しているという状況。


「(……さて、どうするかな?)」


 アルの後ろには十数体の人外の兵がヒャッハーして向かってきている状態であり、流石に誰もが乱入者の存在には気付いてはいた。


「セシリー殿ッ!! その聖堂騎士を斃すのは少し待ってくれッ!! そいつを殺すと眷属どもの制御が切れるッ!」

「アル殿かッ!? なぜここにッ!?」


 追い付いてきた人外の兵達を捌きながら、アルは本格的に闘争に乱入することに。彼が目指すのは根源の理由たる聖堂騎士ウォレス。


「誰だか知らぬが、その程度のマナ量で何ができるかッ!! 身の程を弁えるが良いッ!!!」

「(意識を刈り取るくらいなら大丈夫か? どうせコイツもクレア殿に深いところまでは聞かされてないだろうしな)」


 アルとしては、目の前の中年の聖堂騎士にどんな経緯があったのかは知らない。ただ、彼には視えてる。ウォレスが纏う死と闇の気配は、自我を失い他者に使役されるだけの存在となった人外の兵達……冥府の王が造り出した使徒のなれの果てである彼等と同じ程度に煮詰まっている。かつて相対したビクターとは安定感が雲泥の差。


 もはや手遅れ。そんな言葉がアルの脳裏に浮かぶ。ただ、単に『いま死なれると面倒だ』という程度の感慨しか抱かないが。


 ウォレスはウォレスでアルを敵だと認識はするが、セシリーからの強撃だけを気にしており、気もそぞろ。アルを目掛けて襲い掛かる人外の兵達を見てもそう。彼等の制御が切れていることなど気にもしない。


 そんなウォレスに、だらりとした自然体の体勢から、間合いを超えて一気に踏み込んでくるアルを止めることはできない。

 全方位を囲えていない時点で分厚いマナの障壁も避けられるだけ。


「ッ!? なぁッ!!?」


 目の前から失せ、次の瞬間に視界の端から現れた敵に反応は見せるが……それだけ。


 アルの掌打が、聖堂騎士の胸当て部分を激しく打つ。



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