第4話 自らの糸を切る時

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「(彼女は……確かナイナか。こんなところに居るとはね。いまさら感が凄いな。

 彼女自身に黒いマナを感じるわけじゃないけど、あの気持ち悪いゴーレムが周囲に紛れてる……恐らく彼女が制御してる。つまりはビーリー子爵家に与する一味のメンバーか。……そういえば、ヴィンス殿は元気にしてるのかな?)」


 ナイナの姿を確認しても、アルとしては最早どうでも良い。

 “エイダ”としてのケジメは一度ヴィンスの顔を立てて流した上、二度目に関しては主にヴィンス一族が騒いでいただけ。“ナイナ”からの害意は間接的なモノであり、直接敵意をもって相対した訳でもない。アルの中での優先度は低い。そもそも今は周りが不穏過ぎてそれどころではないというのもある。


「(セシリー殿はセシリー殿で、また別枠でも完全に見張られているし……三……四人か? こりゃ迂闊に近付けないや。本命は潜んでいる連中だな。セシリー殿に付いている使徒なんてお飾りだね)」


 セシリーを追っていたアル。人の流れがある中では、いきなり気配を完全に消す方が目立つ為、薄くする程度で様子を窺がっていたが……自分以外にもセシリーを見張っている気配を感知する。そしてその危険度は人外の兵よりも高い。アルはそう判断した。


 当然ながら、具体的にアルが相手を知るわけもないが、彼が感知したのはルーサム家の手勢。当然アルのことも相手に知られたが、彼等はあくまでも神子セシリーの監視であり、余計なことに首を突っ込むことはない。役割に徹する者達。


「(……アリエル様には悪いけど、セシリー殿に接触するのは無理だな。本当に様子を覗うだけで終わりそうだ。ヨエル殿まで監視対象な身なのは驚いたけど……クレア殿は王家の影である彼を切った? ……いや、だったらとっくに処分されているはず。何かをさせたいのか?)」


 疑問はあるが、アルにはこの場で得られた情報だけでは判別が付かない。そして、踏み込むには危険過ぎる状況であることも察せられた。


「(……ここは素直に引いて、ビーリー子爵家の方を確認するか。ゴーレムに、黒いマナの遣い手も数人いるようだし……)」


 神子セシリーを取り巻く状況が、想像以上に面倒くさいことになっていることをアルは知った。


 そして、裏で糸を引いているのはクレアだろうと見越しているが、それでもアルは別の可能性も考える。アリエルの想いはともかくとして、独立派がクレアの助力を優先した可能性。つまり、アリエルもまた切り捨てられているかも知れないということ。


 アルからすると、託宣からの脱却、神々の支配からの解放とやらが何を指すのかも分からないが、真っ先に考え付くのは神子の殺害。次に重要キャラの排除。


「(もしかすると、神子の二人を“物語”に関係なく殺すのは無理なのかも知れない。神々ですら縛られてるらしいし。となると……次は“物語”を左右するほどの重要人物を消していくとか? この世界ではどうなるかは分からないけど……確か正規ルートの公式設定は、ダリル殿が主人公ならアリエル様、セシリー殿が主人公ならアダム殿下の組み合わせだったはず)」


 アルが知るゲームは、当然のことながらエンディングを迎えれば終わる。

 幾多の苦難を乗り越え、主人公は意中の相手と結ばれ、子宝にも恵まれて王国で末永く幸せに暮らしましたとさ。


 ゲーム自体はマルチストーリー&マルチエンディングではあるが、公式設定のストーリーではそうなって終わり。


 ただ、アルは思う。がこの世界においての“物語”なのか? 神子の二人のが、託宣の主人公なのか?

 もし、主人公の次代以降……子々孫々と血脈が続くことも含むのだとすれば、当然託宣を否定する連中はそれすらも阻止したいだろう。


「(クレア殿がアリエル様を始末しようとしているのは間違いない。後はその意思がどこまで浸透しているか……ってところか。

 独立派全体がクレア殿の意思を優先するなら、わざわざ道中でこそこそと襲撃する必要はない。アリエル様が陣営に辿り着いた後に堂々と始末すれば良い)」


 自らを“個”であると明確に自覚し、いまは大局について静観する心境ではあるが……アルが力無き者を援けるという貴族の矜持を持つことに変わりはない。そして、やられたらやり返すというファルコナーの流儀もだ。

 元々はクレアの目的を知りたいという好奇心であり、引き際を見極めるつもりだったが、それ以上に彼女の悪意が自分の身にも降りかかるなら……と、昏い想いがアルの中に浮かぶのも事実。


「(ま、いまはアリエル様の雇われ護衛という立場で振舞うさ。彼女もまた貴族であり戦士、その矜持を持つ者だ。少なくとも、民にとっての直接の害悪となる、腐った都貴族よりは今のところはマシだろうさ)」


 アルはセシリーやヨエルの姿を確認するが接触は踏み止まる。あわよくばという思いはあったが、その行動を密かに見張るだけに留めた。そして、次にビーリー子爵家の様子をと動く。


 数日は様子を見るかと考えていたが、早速に次の日に事態は動く。



 ……

 …………

 ………………



「では、参りましょうか? 神子セシリー様」

「……ビーリー子爵家とその協力者である、黒いマナを扱うという邪法集団の粛清ですか……」


 黒いマナを扱う邪法の集団。何の根拠もない。だがセシリーは確信している。昨日、僅かに言葉を交わした者がその一員だと。


「その通りです。彼の家がそもそも外法邪法の研究を行っており、その上でヒト族と魔族との争乱を起こすべく暗躍していた者どもが合流したと聞いております。合流した連中は薄汚い魔族であり、正義は我らにですぞ」

「(……はは。そういう所は聖堂騎士の論理か。独立派は困窮する魔族を援け、彼等を追い詰め過ぎない為に和平を結んだと……そう言っていたのはウォレス殿だっただろうに……)」


 セシリーは流されるまま。己が『託宣の神子』という存在であり、白いマナ……女神由来の力を扱えると知っても、その借り物の力に畏れこそあれ、我がもの顔で振りかざす気はどうしても起きない。


 借り物の力を我がもの顔で振りかざす、いっそ対照的なウォレスの姿を観ていると特にそう思う。力に溺れ、力を振るう為に理由目的を探すという有様。


 独立派は託宣通りにならぬよう、魔族に戦争という手を取らせない為に動いた。しかし、その行動には、託宣を阻止するというだけではなく、王国の領土を戦火に巻き込まない為であり、困窮する魔族の無辜の民を援ける為という理由もあった。


 それらを美談として、大義は我らにありと、セシリー達に得意気に言い聞かせていたのはウォレスその人。魔族ですら援ける我らは正義以外の何物でもないと。


 同じ口で、魔族だから相手は悪だと語る。滑稽にもほどがある。


「……ウォレス卿。私たちはどのように動けば? まさかビーリー子爵側があっさりと投降するはずもないでしょう? それに、今後の領政については? 独立派が子爵領を取り込むと?」

「ほほほ。もちろん、ヨエル殿たちにも戦力としての働きは期待しますが……とりあえずは後詰め程度で良いでしょう。あと、今後のビーリー子爵領に関しては、我々ではなく大局を観る御方たちの差配です。こちらが気にする必要はありませぬ」


 ヨエルはいまの自分が心配することではないと思いつつ、ウォレスに対しての失望が積み上がっていく。いや、一介の兵が大局を語る必要はない。いっそウォレスは“兵”としては優秀なのかも知れない。彼は力を振るえれば満足しているのだろうと。


 神子セシリー一行。

 聖堂騎士であり元・ヒト族のウォレス。死と闇の眷属。クレアの契約者であり、使徒の抜け殻を召喚する能力を持つ。

 同じく元・ヒト族の聖堂騎士であり、ウォレスの部下だった自我を奪われた生きる亡者が二体。

 そして王家の影のヨエルとラウノ。


 とても物語に語られるような正義の味方とは言えぬメンバー。

 そんな彼等が邪法の徒を討伐する為にビーリー子爵のもとを訪れる。心躍らないイベントの消化。


 セシリーとしてはそもそも粛清というのが気に入らない。

 ビーリー子爵家が邪法の徒であれば、それを糾弾する方法は幾らでもあった筈。それを放置していたのが、託宣とやらに『神子が邪法の徒を排除する』と示されているからだという。馬鹿馬鹿しいにも程がある。そして、そんなモノに逆らえない自分にも苛立ちが募る。怒りが身に宿る。


 彼女自身はまだ気付いていないが、既にその心は動き出していた。



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 ……

 …………



「どういうことじゃッ!!? 聖堂騎士じゃと! しかも教会の認定する聖女ッ!? な、なぜそんな連中がここへッ!? 先触れもなしでかッ!?」

「と、当主様……連中は既に証拠はあると……いまなら関係者のみの処断で赦すとまで言っております! さ、逆らうようなら、その者は一族郎党を、い、異端者として認定するとまでッ!」


 当然のことながら、ビーリー子爵側も各地に網を張ってはいたが、何処にも引っ掛からないままに起きた出来事。寝耳に水。まるで予期していなかった。


 そして、同じような混乱は、ある程度は危機を予測していたベナーク達にもあった。突然の訪問者に揺れる邸宅の中で、それそれが決断を迫られる。


「思っていたのとは違うが……ここが引き際ってやつか」

「(馬鹿なことを。引き際はもっとずっと手前にあった。もう私たちは終わってるんだよ……)」


 平静を装いつつもどうしても焦りが出てしまうベナークを、ナイナは無感動に見つめる。遠くには争いの音が現実として聞こえている。相争う者たちの絶叫。怒号が飛び交っている。


 ビーリー子爵家。彼等の中にも決断をした者が多いということ。

『関係者を差し出せば自分は免れる』……と、決断した者たちだ。

 実のところ、直接間接を問わなければ、ビーリー子爵家において、外法の研究に携わっていない者など居ない。全員が関係者。出入りの業者や領都の民ですら噂や事実を知っていた程。非魔道士の役人や使用人たちは、外法邪法の研究の存在を間違いなく把握していたのだから。


 しかし、一縷の望みを掛けて、直接的に研究に携わっていた魔道士連中を捕らえようとする動きが起こる。役人や使用人、騎士たちが決死の覚悟で研究者達を取り押さえにかかった。または、死人に口なしばかりに罪を擦り付けて始末するという、阿鼻叫喚の惨劇が始まっていた。


 当然、研究者側もただで殺られるものかと、反撃に出て逃げようとする姿があちらこちらで発生している。それほどまでに教会の異端者としての認定は脅威ということ。不用意に示すモノではない。


 そんな混乱が起こり得ることなど、当然、異端認定をチラつかせた側、聖堂騎士であるウォレスが知らぬ筈もない。自身の差配で事態が大きく動き、混乱の渦が生まれることが楽しくて仕方ないという、悪趣味の極み。


 趣味の悪さとは無関係に、戦いに備えるという点に関しての抜かりはない。既にビーリー子爵の邸宅を含めた領主館は、使徒もどきである人外の兵を大量に召喚して囲んでいる。領都の詰め所に配置していた治安騎士とは分断されており、領主館と館内の人員は、いきなり現れた人外の兵達を見て更に混乱を加速させていく。


「おやおや。おかしいですなぁ。何をそんなに慌てているのか? 一体領主館では何が起きているのでしょうなぁ~?」


 白々しいセリフと共に、ウォレスがニタニタと薄気味悪く嗤う。

 理不尽に力を振るい、それによって振り回される者達の姿が愉快で仕方がないらしい。


「(何故わざわざこのような真似を……ッ!)」

「(……セ、セシリー殿、抑えて下さい)」


 ギリギリと拳を握りしめるセシリーの挙動にヨエルがいち早く気付く。そっと手を添えて彼女に自制を促す。ただ、セシリーの中には、力に酔ったウォレスへの怒り、情けない自分自身への憤りが満ちていく。


「(しかしッ! ヨエル殿はこんな真似を許すのかッ!? ビーリー子爵家の者がたとえ邪悪であっても、中には無理矢理に従わされていた連中だっている筈だ!)」


 声を荒げそうになっているセシリーを慌ててヨエルはウォレスから引き離す。何よりも彼女は薄っすらと白いマナを纏っている。臨戦態勢に移行しつつある。下手をすればこのまま実力行使に出かねない。


「……セシリー殿。ど、どうされたのですか? き、急に怒りを……」

「……何故か無性に腹立たしくなってしまった。流されたままの自分に対してもだ。……わ、私はまだ死ねない。ダリルの真意をハッキリと知るまでは……だがッ! 理不尽に他者をなぶるような真似を見過ごすこともできない……ッ!」


 セシリーは自分でも上手く消化はできていないが、彼女は先日にナイナを……自身と似た雰囲気を客観的に見た。疲れ切って、死に場所を探し彷徨うその姿を。

 そしてセシリーの心には燈った。『私はまだ死ねない、死んでたまるか』という灯が。


 ヨエルとしては、セシリーが意思の炎を灯してくれるのは願ったりなことではあるが、如何せんタイミングが悪い。

 相手側の不意を突くにしても、既に人外の兵が百以上は召喚されている状況だ。ウォレスだけを斃して、はいおしまいという訳にもいかない。ルーサム家の手勢もいる。

 いまは混乱しているとはいえ、ビーリー子爵家の者がじきに決死の反撃にも出てくるのも容易に想像がつく。


「ほほほッ! 私としては良いのですぞ? セシリー殿、いまこのタイミングで弓を引きますかな?」

「……ウォレス……ッ!!」

「セ、セシリー殿ッ! ダリル殿の真意を知るまで死ねないのであれば、今はどうか抑えて下さい。……間が悪すぎるっ!」


 糸に繋がった操り人形。劇の主役。その糸を自ら切ろうとする時が訪れようとしている。血生臭いに予感と共に。



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