第9話 追手

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「ビクター卿ッ!? 一体何がッ!?」


 気配を消し、陰に徹していた人外達の一部が突然に動き出す。狩人として放たれていく。

 当然、事情を知らぬアリエル一行をはじめ、貴族区離脱の段取りをしていたランブロー家の手の者も騒然となる。それもそうだ、まさに手筈通りに進めようとした矢先の出来事。


「申し訳ございません。アリエル様。目的は不明ではありますが、こちらの所在が露見しました」

「……王家側の手の者ですか? 王家の影?」

「いえ、組織に属する者ではありません。奴はアルバート・ファルコナー男爵子息。あくまで個人です。組織的な力はありませんが、王家や教会よりも動きが読めません。……ここで排除します」


 ビクターの判断は早い。元よりアルに対しての隔意はあったが、それだけでもない。彼は一瞬の邂逅で、アルの中に生と光の力……女神の加護を感知していた。反属性。

 アルの目的は分からないが、それを調べて確認するよりも、とっとと始末した方が“安全”だと直感する。


「……アルバート・ファルコナー。クレア殿が気にしているという者ですか……?」

「はい。本来は後々の神子セシリー殿の為に残しておく戦力と見越していたのですが……まさかアリエル様への襲撃を目論んでいるとは、油断ならぬ奴です」


 神子セシリーの為と聞き、アリエルは若干の躊躇を覚えるが、口を挟めるわけもない。


「アリエル様。“敵”は騒ぎを起こしました。ランブローの計画を踏みつけるのは心苦しいですが、今の内に騒ぎの中を抜けて行きましょう。……力尽くというのも時には有用なモノです」


 ビクターの言に冷静さと一定の合理性を認めるが……アリエルはそこに仄かに漂う人外の思考を嗅ぎ付ける。我々が力尽くで抜けない筈はないという驕り。


「(やはりこの者たちと共に歩むには危険がある。己の力を信じるのは誰しも当然のこと……でも、ヒト族の力在る者の傲慢な思考とも少し違う。この者達は、どこか自らの破滅すらも享楽の一つのように捉えている節がある)」


 アリエルも都貴族家に連なる者。

 傲慢な者、己を過信する者、他者を踏みにじる者、一時の享楽に溺れる者……そんな連中に接することもあった。しかし、目の前の人外達は少し違うと感じている。共に歩むとしても、その歩幅にはヒト族と若干のズレがあると改めて再認識した。


「……ここはビクター卿に従います。すぐに出ましょう。ちなみにその“敵”の再撃の可能性は?」

「奴は私を認識しました。恐らく……いえ、確実に私を追ってくるでしょう。私がそれなりの情報を持っていることも知っているでしょうしね」


 人外の初老の紳士が嗤う。

 むしろビクターはアルが追ってくることを望んでいるとも言える。その判断に理性と合理はあるが、それでもどうしても人外の部分が疼く。

 そもそも彼はクレアの契約者であり、正確には冥府の王の使徒ではない。ただ、それでも他の使徒が持つ神々への憎悪、狂気や無念とは無関係ではいられない。


 ビクターは与えられた命令を守る。そして、合理的な判断もできる。自らの状況や計画を不利にしてまで、不確定要素に首を突っ込んだりすることはない。

 しかし、相手が飛び込んでくるのなら……女神の力を持つ者を八つ裂きにしてやりたいという昏い衝動もその身に宿っている。


「なら、敵の相手はお任せします。申し訳ないけど、私は貴方達が斃れようとも駆け抜けます」

「ええ。構いません。アリエル様を無事に逃すことが、主より賜った命ですので」


 騒然となる貴族区を抜けていく。誰何すいかされれば力尽くで突破する。まったくもって野蛮な一手となったが、無理を通して道理を引っ込ませるのは、都貴族家においてはままあること。アリエルも今さら気にはしない。清濁併せ呑む覚悟はとっくにできている。



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 ……

 …………

 ………………



「ええい! 鬱陶しいッ!」


 眼前に迫る手刀を躱しながら、カウンター気味に、ぎらついた瞳の人外、その喉に沿うように掌打の一撃を加える。


『……ごッ……!』


 アルの一撃は人外の首をへし折り、突進の勢いがそのまま逆向きとなり、石畳に仰向けに叩きつける。

 普通であれば致命傷ではあるが、まだ倒れ伏す人外の戦意は衰えていない。ただ、一体の相手を長々としている場合でもない。すぐさまに離脱。


『がぁぁぁッッッ!!』

『ごらぁぁッ!』


 次々に迫る影。人外の追撃者。油断をすれば一体でも脅威となり得る者達。アルはビクター達の気配を追える範囲に留まり、その範疇で動き続けて追手の数を減らしていく。


 もはや、魔道騎士や貴族家の私兵たちもアルを追うというよりは、明らかに異常なマナを纏う連中とぶつかっている。アルが人外に手傷を負わせ、騎士や私兵が止めを刺すという役割分担がいつの間に出来ていた。歪な共闘。


 マナが集束する気配。

 駆けていたアルは咄嗟に方向を転換して跳ぶ。

 進行方向にあった石畳を巻き上げながら、地面から槍のようなモノが突き出してくる。

 その上、アルの動きを読んでいたのか、跳んだ彼を狙う別の魔法……視えざる風の刃が舞う。死の風。


「(舐めるな……ッ!)」


 最小限の身体の捻りだけで風の刃を躱す。当然、全てを躱すこともできず、掠めていく刃もある。血を流す。即座にマナを静かに活性させ、自己治癒により傷を塞ぐ。ただし、彼の足は止められた。


 二体の人外。


 人外達は狂気に支配されているが、戦う者としての選択や連携は保たれている。


 アルの前に現われた人外

 その形相は歪んでいるが造形の整った顔、尖った耳と細身の体躯。一体はエルフ。

 もう一体はヒト族に似て非なる者。額に角を持つ、巨躯の魔族。

 死の安寧から無理矢理に現世に引き戻された者。死と闇の属性を持ち、狂気と神々への憎悪を振りまく異形。


「(追手連中の本命か……ビクター殿たちも動き出した。とっとと向こうを追いたいんだけどな)」


 そんなことを忖度してくれる筈もない。


『アガァァッッ!!』


 巨躯の魔族がいきなり己の足元に拳を放つ。呆気なく石畳を割り、地にめり込む拳。

 タイムラグ。一瞬の沈黙の後、先程と同じように地面からマナで構成された大小様々な槍が飛び出してくる。槍の剣山。今回のはその範囲が広く、周囲で様子を伺っていた他の人外すらも巻き込みながら尚も拡がっていく。


 当然、アルも槍を避ける為に再び駆ける。そんな彼の死角……槍の山に紛れて接近する影。


「(目眩まし……本命はコッチのエルフ)」

『……シ……ッ!!』


 風の魔法により、自身の音と気配を消して踏み込んでくるエルフ。そんな敵を虚ろな瞳でアルは捉えていた。瞬間的な身体強化の全開。アルの本気。


 エルフが纏う風の刃の鎧すら貫く一撃。アルも右拳を中心にその身に細かい傷を負うが、お構いなしでぶん殴る。いっそ呆気ない程の手応え。


『……ゴバ……ッ!?』


 人外の胸付近がごっそりと失せる。

 魔法を纏い、マナで強化されたその身を引き千切る程の拳打。マナの消費は少ない上に単純な威力では『狙撃弾』に匹敵するという、まさにアルの必殺の一撃。

 エルフにはその動きすら認識できなかった。

 そして、作業のように淡々と次の一手。首を狩る左の手刀。切れ味は鋭く、反応すらできないエルフの首が飛ぶ。それで終わり。死の安寧に還る。


 即座にアルは槍の山に紛れて巨躯の魔族から距離を取り、開けた空間に出ると同時に、目視もせずに死と闇の気配を目掛けて『狙撃弾』を放つ。


『グォッ!?』


 直撃。ただ、命を刈り取るまでには届かない。


 無視だ。その結果を確認することなくアルは駆ける。離れていくビクターの気配を目掛けて。


「(アリエル嬢の取り扱いは面倒くさそうだけど……ビクター殿なら遠慮は要らないだろ……お互いに)」


 アルの中に昏い計算が働く。

 つい先ほど、今のビクターはマズい相手だと認識したが思い直す。図らずも王家の影が機能していない理由が判明した訳だが、ビクターが単体で動いている筈もない。クレアの思惑を知ることがイコールで、今後の情勢を判断する材料となる。

 アルは危険を承知でビクターから情報を引き出すことを決めた。アリエル嬢は二の次。


 そして、彼には確信もあった。ビクターは待ち構えている。自分が追ってくるのを向こうも想定している筈だと。その上で不意を突くと決めた。



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 ……

 …………

 ………………



「……追手として出た者達が返り討ちにあっても、ビクター卿は何も思わないのですか? 彼等の犠牲はこちらを助ける為のことであり、ダンスタブル家の者として補償を行うつもりもありますが?」

「これはご丁寧に。ですが、そのような気遣いは無用です。……彼等はむしろ、死の安寧に抱かれて眠ることを望む者達。それ以外の願いはすべてクレア様が“受け取っています”。もはや抜け殻のような存在。戦って死するなら、それは本望でしょう」


 非常時で目立つのは確かだが、貴族区を行く馬車としては普通のグレード。民衆区においては、やんごとない御方だと一目でバレるような代物の馬車。


 そんな馬車を複数用意して、替え玉を含めて一斉に出た。

 その内の一つには本命であるアリエルと従者、そしてビクターが乗車している。もちろん、馬車ごと貴族区を出れるとは考えていない。通用口では必ず戦いとなることを見越している。


「……戦いで死ぬことが本望……当然、それは我々貴族に連なる者が矜持とするような意味とは違うのでしょうね……?」

「ええ。彼等は本当に“死”を求めています。目的の為に散る。大義の下に戦って果てる。……そのようなモノではありません。アリエル様のその御心だけを頂いておきましょう。彼等の想いに応えるのはただ一人。我が主クレア様のみです」


 その深い部分まで知り得る筈もないが、アリエルは歪な存在である、彼等の性質を微かに知ることになった。相互に理解し合うのは恐らく無理だという諦めもだ。


 死から喚び戻された者。冥府の王が思い付きで用意した“物語”の外の使徒。仮初の命を生きる亡者達。


 冥府の王に操作され、死を選ぶことを封じられた使徒たち。


 彼等は求めている。自らを作り変えた神々への憎悪と狂気はあるが、真に希求するのは死の安寧。


 そして、ただ目的もなく現世を彷徨う、そんな哀れな彼等に救いをもたらした者がいた。


 エルフもどき。既に禁術によって外法の人外と成り果てていた者。

 彷徨う冥府の王の使徒。その心身に植え付けられた物語の記憶、ぶつ切りとなった自我や個性、想い。それらをその身に受け入れたのがクレア。

 契約の下に彼等を縛ることで……神々から解放した。現世に遺ったのは仮初の肉体。狂気に満ちながらも虚ろな人外のつわもの


 そもそもクレアは“物語”の登場人物の一人。外法の研究者であり、禁忌をモノともしないエルフの異端。

 そんな彼女ですら知る由も無かった。“物語”の存在を。そして、自らもソレに縛られた者であったということを。

 彼女の役割自体は、“物語”が一つの区切りを終えた後のことであり、余白が大きく、比較的自由な立ち位置を許されていたというだけ。気付かなければ良かった話。


 だが、幸か不幸か、クレアは世界の仕組みに気付いた。神々の思惑を見破ったと思い込んだ。


 ある日、気まぐれに死と闇の属性を持つ者……虚ろなる使徒をクレアは契約で取り込み……そこで、女神や冥府の王の意図に触れてしまったのが始まり。

 そもそも自らが編み出して開発したという“契約の邪法”すらも与えられたモノだと知り愕然する。


 そして同じ性質を持つ、“物語託宣”の哀れな亡者の想いを受け入れ続け、彼女はその狂気と憎悪に身を焦がす。彼等の想いの代弁者となる。


 クレアが神々託宣に反旗を決意するのに、そう時間は掛からなかったという。


「ビクター卿。私には貴方達の性質を真に理解することはできません。ですが、計画に協力して頂いたことに感謝を。そして、この計画の過程で命を喪った者に最大の敬意を払います。この恩を私が忘れることはありません。

 ……女神や冥府の王ではなく、ダンスタブル家の遥かな祖先とこの身に流れる血に誓いましょう」

「私が死の安寧に抱かれ、先に眠る彼等に逢うときには、貴女のその言葉を必ず伝えさせて頂きますよ」


 アリエルとビクター。既に語る言葉はない。それぞれが内心に思うことはあっても、いまのところは計画の為に共に歩む者。同胞に違いはない。


「(託宣からの脱却のあと、彼等との関係がどうなるかは判らない。ただ、彼等とは魔族よりも距離がある……決して一筋縄ではいかない)」


 先のことを考えるのはあまりにも早い。しかし、アリエルはふと思う。彼等は託宣からの脱却の後……どのように振る舞うのか? そこにヒト族との共存はあるのだろうかと。


「(私がいま心配することではないか。そもそも、私自身が生き延びているのかも分からない……ただ、腐敗した王国の仕組みだけは必ず道ずれにしてやる……ッ! そしてできることなら、ダリルとセシリーを……神子を解放したい……ッ!)」


 実のところ、東方辺境地の独立騒動自体は、計画通りであれば既に王家との調整に入っている筈だった。アリエルの身柄が王都に残っているため、王家が欲を出して引き延ばしている状況。


 彼女にはどうしても焦りがあったのは事実。敢えて先々のことを考え、気を静めようとしていたのも仕方のない話。


 そして、彼女自身が気を張っていたとしても、ソレはどうしようもなかったとも言える。高潔なその精神やマナ量はともかく、アリエルの魔道士としての力量はそこまで高くはない。せいぜいが平均レベル。


 同席していた人外たるビクターですら認識の外。彼も気付かなかったのだから無理もない。




 狙撃。




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