6 争乱の王都
第1話 門出
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「アル様。色々とお世話になりました」
「別にそう畏まらなくても……これでお別れでもないしさ」
「でも……やっぱり一つの区切りなので……」
ギルドにて挨拶を交わす。サジの新しい門出。
彼は職人通りの家具職人ティムの身請けを受けた。そして、ティムはサジを弟子として、家族として受けれる。
「ティム親方。サジのことを頼みます」
「なッ!? お、おやめください! 魔道士様にそんな真似をさせるなどッ!?」
アルはティムとその妻に頭を下げる。貴族式に非ず。王都の平民同士が交わす礼として。
「ティム殿。アル様は貴族に連なる者ではありますが、同時にサジの保護者でもあります。彼の先行きを思ってのこと。辺境の田舎者の礼として受け取って下さい。ここにそれを咎める愚か者はいません」
狼狽するティム夫婦をそっとコリンが宥める。そして、混乱する妻にサジの支度金を手渡す。身請け元の変更の場合であれば、本来は逆。次に身請けする側……ティムがアルに払うもの。
「え……? い、いえ、こ、こんなものは受け取れません……!」
「奥方、これも田舎者の習いです。この金は元々サジに使うつもりだったもの。ご夫婦に預けるだけです。これはサジの為に使ってやって下さい」
ティム夫婦はもとより、サジも驚く。
「ア、アル様……? お、俺は別に何もしてないのに……むしろギルドじゃ役に立ってない……」
「そうか。なら、まずはその金に相応しいだけの何かを成せ。ティム親方の下で真っ当に生きろ。戦い続けろ。……そして、ときには素直に周りに甘えるといいさ。ファルコナーは戦う者を尊ぶ。だが、ただの蛮勇に用はない。引くべき時に引くという、当たり前の判断を忘れないでくれ」
栄養状態の改善はされたとはいえ、まだ同年代に比べると小柄なサジ。アルは少し屈み、目線を合わせる。そして彼の胸に拳を軽く当てる。
「……ア、アル様……お、俺は……戦うよ。そして……ファルコナーの流儀を守る……!」
「はは。まぁほどほどにな。偉そうに言っているが、僕はファルコナーの流儀が大っ嫌いだったからね。あんなの頭のオカシイ連中の戯言だと。……まぁふと我に返ると、今でも頭オカシイ気はするけどな……それが染み付いた自分のことも……はは……」
不意に遠い目。アルからは乾いた笑いが漏れる。我に返ってはいけない。
そんな風にアルがトリップしていると、サイラスが階段を降りてくる。
「……アル様。やはりヴェーラさんは姿が見えません」
「ん? ……あぁすまないね。まったく。ここに来て……まぁ良いよ。彼女も寂しいんだろ」
サジを送り出す為、皆が集まっているが、そこには一人足りない。ヴェーラ。
別れが辛かったのか、他にも理由があるのか、何故か彼女は行方不明。体調の戻ったエラルドすらこの場に居るというのにだ。
「ア、アルバート様。ワシらはサジを一人前に……コイツを真っ当な陽の当たる場所で、胸を張って生きられるようにしてみせます……!」
「ええ。よろしくお願いします。もし何か困りごとがあれば教えて下さい。力になりますので。あと、別に心配はしていませんが、サイラスたちにサジの様子を見に行かせることをお許し下さい。……彼らは、まさにサジと生死を共にしてきた者ですから……」
「えぇ。もちろんでさ。ワシはサジを身内として受け入れ、殊更に甘やかす気はありませんが、コイツを不当に扱うような真似はせんと誓います」
ティム夫婦に連れられてサジはギルドを出ていく。とは言っても、当然のことながら、別にこれで終わりという訳でもなく、ギルドとしてティム親方やサジとの交流はこれからも続く。
サジはヴェーラと別れの挨拶が出来なかったことが心に残るが、また次の機会にと、すぐに前を向いた。彼にとっての新たな戦いの始まり。
……
…………
大通りまで出て、サジ達の姿が消えるまで見送る。
サイラスをはじめ、裏通りで共に過ごした者達は、小さくなっていくサジの後ろ姿を、どこか誇らしげに、どこか羨まし気に見つめる。苦しそうな面持ちの者もいる。それぞれに胸に去来する思いがある様子。
ただ、共通するのは、裏通りで仲間達から度々聞いた『仕事が見つかった』という、一か八かという危ういモノは感じないということ。最悪の心配をしなくて良いというのは幸いなこと。
そして、もし仮にティム親方がサジに不埒な真似をするなら……いまならそんな現実を否定するだけの力が……未熟ではあるがファルコナーの技が彼等にはある。サジを助けに行くことも出来る。
「……サジ。嬉しそうでした」
「そうだな。ティム親方も本当に良い人のようだし、サジも親方を受け入れていたみたいだし。
あぁ……サイラスは抱え込むタイプだから先に言っておくけど……別にこれが正解という訳でもない。僕は君ら全員に身請け先を見つけてやろうという使命感はないよ。だからサイラスも変に気負わなくても良い。別に身請け先が見つからなくても、それならそれで良いだろ。どこで何をしようが、既に君らは僕の身内だ。ファルコナーは身内を、仲間を裏切らない。覚えておいてくれ」
「…………」
サイラスには慎重さがある。アルから見てもそれは好ましい資質。
勤勉で実直。皆の面倒をよく見ており、アル達の言動にも気を配っている。そして、未だに油断はしていない。いつアルの庇護が失われても良いようにと複数の道を模索している。自分だけじゃない。仲間の分までだ。
「サイラス。恐らく、君は一人であればとっくに浮浪児を脱していただろうさ。君のその慎重さは素晴らしい資質だ。だが、その慎重さよりも、君は命を削るような苦しい時であっても仲間を見捨てなかった。決して一人だけで先に行かなかった……僕はそんな生き方にこそ敬意を払う。サイラスは既に一人前以上だよ。尊敬に値する“強さ”を持つ者だ」
「……あ……い、いえ。僕はただ……一人が怖かっただけの臆病者です……」
「臆病の何が悪い? それはさっき言った慎重さだよ。君は生きるという戦いに勝った。ほんの一時的なものだけどさ。それでも、君は仲間をここまで連れてきた。まだまだ先は長いし、サイラス自身やサジのことだってこの先どうなるかは分からない。でも、この結果は君たちの戦いが結実した一つの形だ。僕やヴェーラ、コリンを利用して、君たちは戦って勝った。そこは胸を張れ。……ま、そうは言っても、これからもまだまだ
呆気にとられたようなサイラス。そんな彼の背をぽんぽんと軽く叩き、アルは行く。コリンをちらりと見て、後のことは任せた。
「(まったく。ヴェーラも世話が焼けるな。さてさて、どうしちゃったのやら……?)」
アルはヴェーラの回収へ。
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……
…………
「ヴェーラ。別にこそこそしなくても良いだろ?」
彼女はすぐに見つかる。ギルドから少し離れた路地。その影からサジ達が職人通りへ“帰っていく”様子をそっと見守っていた。
その表情は嬉しそうでもあるが、いっそ苦し気でもある。名状し難い顔の相。どこかサジを見送るサイラス達にも似ていた。
「……アル様。私は自分が良く解りません。サジが新たな身請け先へ行く。そのこと自体は喜ばしいのです。ただ、何処かでサジを取られたような気もしますし……サジのことを……妬ましいと思う気持ちも……そんな自分が嫌になりました。私はサジの門出を素直に祝えません……」
ヴェーラの想い。
世話をしていた子が新たな身請け先へ行く。そのことで心に穴が空いたような気もする。
そして、同時に心の中で幼い彼女が叫ぶ。『どうしてサジが……ッ!』『私にはティム親方のような身請け先は無かった!』……と。
「……そっか。僕にはヴェーラの気持ち、込み上げてくる感情については分からない。分かるなんて口が裂けても言えない。まずは君の思うようにすれば良いさ。ただ、心の整理がついたら、ずっと後でもいい。どこかでサジには会ってやってよ。少し寂しがっていたからさ」
「……しかし……もし、サジを前にして……以前のように……アル様へ無礼を働いた、“あの時”のようになってしまったらと思うと……自分が怖い。もしサジを傷付けでもしたら……私は自分が許せません……死を以っても
以前に比べるとヴェーラは劇的に安定はしている。良くも悪くも。ただ、それでも彼女には自身への不安が残る。感情の折り合いがつかなくなった際、自分がどうなるのかが怖いと。
「……そうやって自分の弱さを見つめることが出来るのは、戦士としては得難い資質でもあるんだけどね。慎重さにも繋がるし……って何だかヴェーラと話しをする時はサイラスとの話がセットになってる気がするな。あの時もそうだった」
「? ……サイラスとの話ですか?」
アルは掻い摘んでサイラスとの話を振り返る。
実のところ、サイラス達への支援を止める気は無いが、アルは物理的に自らとギルドを切り離していくことも考えている。
本格的に争乱の陰で動くなら……必ずどこかで報復合戦に発展するだろうと見越している。サイラス達が巻き込まれる可能性。彼はそんなことをヴェーラに語る。
「サイラスは逸材だよ。どこかコリンと似てる。慎重なのに、いざと言う際の大胆さも持ち合わせている。今後を“任せる”ってことも考えてるよ。
そしてヴェーラ。悩める君には悪いんだけど……実は時間はそう残されていない。僕にはイロイロと戦いが待ってる。勿論、抜けると言うなら止めはしない。個人的にはサイラス達と共にギルドを守って貰えるなら……ありがたいんだけどさ」
アルは残酷で卑怯だとは知りつつヴェーラに選択を迫る。今後について。彼女がどう答えるかも知った上でだ。そんな仕打ちに対して、彼は自己嫌悪、恥という感覚を抱いてもいる。
「……アル様。私は弱い。それでもアル様の従者です。主の歩む道に付き従うのは当然のこと。貴方が戦うと言うなら、私はその尖兵にも盾にもなります。無論、残って後ろを守れと言われれば、我が身を、命を壁にして死守します。……申し訳ございません。自らの役割を見失うところでした」
ただ、ヴェーラからすれば、アルはいつもの如く平静で軽い口調。今後の想定を語っただけとしか受け取ってはいない。
何より、主たる彼の中に義侠の心があることを彼女は知っている。アルは貴族の本懐をその身に宿している。
彼にとっての戦い。
ソレは自衛の為か力無き者を援けるため。
苛烈で容赦はないが、一部の都貴族のように己の欲望のままにその力を振るうことはない。そんな主にヴェーラは畏敬の念を抱いてもいる。
「(……暖かな居場所に慣れてしまった。私は自分のことばかり……情けない。もう幼いヴェーラじゃない。違うんだ。私はアルバート・ファルコナー様の従者だ……ッ!)」
狂戦士の従者としての顔が表に出る。守る。戦う。主の為に。そしてそれはアルにも伝わる。
「……悪いね。ヴェーラにはいつも甘えてばかりだ。それなのに、君に思い悩む時間すら与えてあげられない。本当なら……戦いから離れる方が君の心身には一番良いんだろうけどさ……」
従者とは言いながら、アルにとってはヴェーラもサイラス達と同じ。戦う力はあるが、その本質は“力無き者”。援けを必要とする……庇護を要する側だと見ている。
根っこの部分では、彼女は戦いには向かない。サイラス達と穏やかに過ごす日々が続けば……と、そう考えてもいた。
「(ヴェーラこそ、いずれは戦いとは無縁の場所で穏やかに暮らさせてあげたいね。ファルコナーに連れて帰っても戦いから逃げられないだろうし……はぁ……彼女の戦力を充てにしている僕が言えたことじゃないか。……結局は僕も女神達と同じだな)」
「私はアル様ほどの覚悟も強さもありませんが、それでも魔道士に変わりはありません。……戦う者です」
アルから自分がどう見られているかは、ヴェーラとて薄々感じ取ってはいた。だが、ただ護られるだけというのは、彼女にとっては恥でもある。たとえ本質が向かないとしても、ヴェーラにも戦う者として気概はある。腐った都貴族への義憤もだ。そして、何よりアルの役に立ちたいという想いを持っている。
「……そうか。なら、しばらくは僕の道行きに付き合ってもらうとするよ。ここからは本格的に争乱の中に飛び込む。戦争の裏にいるだろう開戦派を騙る連中も積極的に狩っていくことになる。いまなら、前よりも黒いマナが“よく視える”だろうからさ」
「はい。不肖このヴェーラ。アル様の征く道へお供させて頂きます」
親を喪い、世の理不尽に対して泣きじゃくる幼子。サイラス達の保護者。狂戦士の従者。
そのどれもがヴェーラの本質ではあるが、これからの戦いに求められるのは戦士としての自分。彼女は切り替える。
「(争乱に紛れて都貴族を間引く。そして、ソレを開戦派を騙る連中に擦り付けてやるさ。……上手くいけば、治安騎士団や教会をも引き摺り出せる。
あぁ、まだ王都でウロチョロしているなら、ヴィンス殿たちにも“貸し”を返してもらおうか。何なら彼等の支援していたという“庇護者”って連中に繋いで貰うかな? 腐った都貴族たちよりは、力無き者を援けるという気概もあるだろ)」
もはやアルの中では、腐った都貴族家へのタガも外れている。
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