第10話 都貴族の矜持

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「アル殿。主との面会なのですが、誠に申し訳ございませんが、延期をお願い出来ないでしょうか?」


 面会の約束と取り付けた昨日の今日、昼を過ぎた頃にコンラッドがアルを訪ねてきた。わざわざギルドへ。


「えっと……それは構いませんが、セリアン殿の体調が?」

「いえ、主の体調に変化はありません。むしろ少し元気になっているくらいです。実は昨日、アル殿とお約束をした後、夜半に御当主からの連絡がありまして……遠い血族にあたる、所謂古貴族家に変事が起き、その加減で予定が入りました。本来は先約であるアル殿を優先すべきところですが……誠に申し訳ございません」


 コンラッドはそう言いながら、再度謝罪の意を表して頭を下げる。芝居がかってはいるが、その礼に他意はない。誠実さがある。以前と同じく。少なくともアルにはそう感じられた。


「変事? コートネイ家の件ですか?」

「ッ! アル殿も既にご存知でしたか。……話が早いと言っては彼の家の者に失礼ですが……私が仕えるゴールトン伯爵家とコートネイ伯爵家は、元を辿れば一つの家。遠い血族です。もちろん、これまでに家同士で血で血を洗う暗闘もありましたが、流石に現当主がこのようなことになった以上、何もしない訳にはいきません。セリアン様の父君であり御当主ゴールトン伯爵も辺境開拓村の巡回視察から戻ってきておりましたので……恐らくは遺族……コートネイ伯爵夫人や継承者である長子への支援などを申し出ることになるでしょう。そして、セリアン様もそれに伴って色々と調整が必要となりました」


 アルからすれば、敵同士で何をそんな甘いことを……と思うが、都貴族家同士は決して敵同士ではない。少なくともアルが思うような敵対関係ではない。


 利害の対立がエスカレートして陰謀劇、暗闘、時に殺し合いに発展するのは日常茶飯事ではあるが、その暗闘や陰謀以外で窮した場合、都貴族家は結束する。力在る者が力無き者を援けるという貴族の基本に立ち返るのだ。あくまでその範疇は貴族家同士に限られるが……


 まだ詳細は公にはされていないが、コートネイ伯爵は襲撃者を撃退するために死力を尽くした。遺憾にも力尽きたが、その過程で襲撃者の幾人かを撃退した上、最期まで彼は力無き者……平民の使用人を守るために戦い、そして散った。残念ながら、彼が守ろうとした使用人たちも後を追うことになってしまったが……


 それは貴族の矜持。


 その命を持って貴族の矜持を示した者は讃えられるべきである。そんな文化が都貴族家にも脈々と受け継がれている。


 魔物との戦いで日々命を懸ける辺境貴族家とは違う形ではあるが、やはりそれもマクブライン王国の貴族の在り方。


「僕は辺境の田舎者ですが、確かにコートネイ伯爵の散り際には貴族の矜持を感じます。ですが、セリアン殿への呪術のようなモノを仕掛けたのもコートネイ伯爵家の疑いが濃厚なのでは? それでもゴールトン伯爵家は彼の家を援けると?」


 アルの率直な疑問。そんな疑問を受け、コンラッドは微笑む。


「アル殿。辺境貴族には辺境貴族の矜持というモノもあるでしょう。……今回のようなことこそ、まさに都貴族の矜持というモノですよ。過去の恨みつらみで、都貴族家同士は援けを求める者の手を払うような真似はしません。逆もまたしかり、仮に援けは要らないと手を払われようとも、相手が窮地の際には手を差し出し続ける……少なくとも、私が仕えるゴールトン家はそうです。……あくまで陰謀や暗闘の結果以外に関して……不慮の事故、外敵の襲撃なり災害などの場合に限られますが。ちなみに、これが他家との暗闘の末のことであれば、ゴールトン家も便乗し、笑顔でコートネイ家への止めの一撃を加えています」


 コンラッドの語る都貴族の矜持。貴族同士の互助。都貴族のルール。彼等はそれを脈々と受け継ぎ守っている。それを理解できないからといって、部外者であるアルが口を挟むことは出来ない。


「コンラッド殿。申し訳ございません。謝罪致します。僕は……僕などが口を挟むべきことではありませんでした。都貴族家の矜持。確かにお聞きしました。その全てを僕が理解することはできませんが、コンラッド殿の言葉を胸に刻みます」


 アルは深く貴族式の礼を取る。戦場を征く者の礼。それは都貴族も同じ。


 多少の羞恥を感じる。アルは知らなかった。ただそれだけ。しかし愚かな事に違いはない。


「(都貴族か。確かに腑抜けているし、腐っている連中も多い。ただ、都貴族にも彼等の戦場での習いがある。当たり前を守っているということか……まぁ彼等が大森林の戦いの基本を知らないように、僕が都貴族のルールを理解することはないだろうけど……)」


 腐っている。腑抜けている。それも一部の都貴族の真実。でも、それだけでもない。


 これからも民を害する腐った都貴族家の者と関われば、アルは躊躇なく始末する。そこに違いはない。だが、ほんの僅かに彼等の文化を知った。


「アル殿。謝罪するのはこちらです。先約であるアル殿を蔑ろにしたのですから……改めて、主と共に謝罪の場を設けます。この度の面会については平にご容赦を……」


 コンラッドもアルに負けじと深く礼を取り、去っていった。



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 ……

 …………

 ………………



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『貴族とは戦う者よッ!!』

『貴様のような小娘如きが、このイーデン・コートネイを殺せると思うなッ!!』

『下衆共がッ!! 弱い者にしか強く出れんかッ!? ゴーレムに隠れるしか戦う術がないのかッ!?』

『私を殺したければ、あのシグネという化け物を連れて来い!!』


 元エイダ。諦念のナイナ。虚しき復讐者。シグネの傀儡。


 彼女の脳裏にこびり付いて離れない。コートネイ伯爵の姿とその声。


 彼女はシグネから預かった人形六体と、シグネの部下やヴィンス一族から共に出奔した者たち……計十名を伴ってコートネイ家を襲撃した。


 結果、人形三体、シグネの部下二名、出奔した者三名を失う。

 人形は三体とも打ち捨て、遺体を持ち出せなかった者までいる。


 目的であったコートネイ伯爵の殺害は果たした。本来は彼や護衛だけで済ますはずが……邸宅に居た者を皆殺しにすることに。使用人も含めてだ。


 ナイナはまたしても舐めていた。


 貴族家の当主と言っても、ヒト族のだらしない身体の中年に過ぎない。話にもならない。

 どうせ戦えない奴だ。

 護衛の影に隠れて逃げ回られると厄介か。

 みじめな命乞いをして泣きじゃくられると鬱陶しいな。


 気怠い身体を引き摺りながら、そんなことしか考えていなかった。シグネからの指示を果たすことだけ。自分のことだけ。


 蓋を開けてみると、伯爵は待ち構えていた。

 最低限度の人数しか邸宅に配置していない上、残っている護衛の者達は精鋭。


 ナイナ達は苛烈な反撃をもろに喰らう。


 護衛達は伯爵の護りよりも敵の撃退に血道をあげる死兵。

 人形相手に、片腕を斬り飛ばされようが、腹に風穴が開こうが向かってくる有様。


 伯爵自身も使用人達を護りながら、決して室内で使うようなモノではない強力な魔法を放ってくる。


 ナイナは呆気なく折れた。呑まれた。


 人形達を前に出し、伯爵自身やその護衛達と決して目を合わせないように逃げた。


 彼女にとって幸いだったのが、その強力な人形達。


 まだ制御が甘いとはいえ、徐々に形勢はナイナ達に傾き、精鋭たる近習を全員屠った頃には、伯爵自身もその両腕と顔面の半分近くを失っていた。

 削がれた鼻。裂けた頬。片目が潰れてなおギラつく隻眼。


 伯爵は吠える。戦う。折れない。止まらない。


 ナイナが逃げ腰でダメージの蓄積もあったにせよ、三体の人形は両腕を失った後の伯爵に壊されたと言っても過言ではない。


 たかがヒト族。腑抜けた都貴族。

 魔族……それも魔人と言っても良いほどのマナ量を誇る私に敵うはずもない。

 貴族などと言っても、陰謀や利得にかまけた、戦うことも出来ない臆病な者たちに決まっている。


 どこがだ?

 

 伯爵は命果てるまで戦った。そして、ナイナは最期まで彼の目をまともに見る事が出来なかった。その遺体からすらも逃げた。


 恐怖。


 アルの時とは違う。強者への恐れではない。死を厭わず戦う死兵への懼れ。


 使用人達もそう。彼ら彼女らは力無き者ではあるが、主亡き後も最期まで抵抗した。

 そのこともあり、伯爵を殺害した後にすんなりと離脱できなかった。皆殺しにせざるを得なかった。


 人形達が軽く手を振れば死ぬ。そんな脆弱さにも関わらず、各々が手に持った刃物で襲い掛かって来る。


 腰から真っ二つになった使用人の上半身が人形を掴んだまま。死しても嚙みついて離さない。臓腑をぶちまけながらも走って向かってくる。


 ナイナは知った。己の弱さを。そして死を厭わない者の狂気を。改めて。


 マナ量の多寡など問題にならなかった。

 マナ量が多いから何だ? 強力な魔法が使えるから何だ?


 震えて動けない。戦えない自分は、ヒト族の平民にすら負けている。


 コートネイ家を脱した後、気付いたら彼女は泣いていた。子供のようにわんわんと。怖い怖いと泣いていた。


「(帰りたい帰りたい帰りたい! なぜ私はこんなところへ来てしまったんだッ!?)」


 彼女はもう帰れない。



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 ……

 …………

 ………………



「コートネイ伯爵は長年に渡る魔族との取引を隠し通すことが出来ないと考えたのでしょう。教会に勘付かれたと。だからこそ、彼は戦って散った。そうすることで家を存続させることが出来る。そういう計算があったのかと……異端審問に掛けられれば一族連座で処分……家も取り潰されるでしょう。しかし、今回のような場合であれば、都貴族家の互助を期待できる。彼が庇ったという平民の使用人にしても、選りすぐられた者であり、恐らくは長年コートネイ家に仕えて利益を受け取っていた者たち。自身の死も覚悟の上だったはず。次代の伯爵はその忠義に応え、彼等の遺族に厚く報いるでしょうしね。現場を検分した者たちの報告書によると、使用人たちにも戦った形跡があったそうですから。そして、伯爵自身もまさに死兵となって壮絶に戦ったと。彼は両腕を失った後もかなりの時間を戦い抜いたようだと……」


 コートネイ家の変事からしばらく経ったある日、アルはヨエルに変事の顛末や経緯を詳しく聞くことに。


 伯爵の思惑。家の存続。異端審問の回避。都貴族家の互助。


 諸々の為に伯爵は『“正体不明の賊”から使用人たちを守る為に死兵となって戦い、そして散る』……彼からすると全て予定調和だったのかも知れない。


「僕はコートネイ伯爵を知りませんし、僕の思う覚悟とはまた違いますが……その最期の戦いぶりは尊敬に値しますね。ファルコナー顔負けの狂戦士だ。付き従った者達についても。良い悪いの話じゃないですけどね。まぁ実際に会えば、腐った都貴族だとぶっ飛ばしたくなったかも知れませんが……」


 アルの言葉に苦笑いのヨエル。


「魔族奴隷の取り扱い、違法な人身売買、汚職、ゴールトン家をはじめとした他家への謀略の数々、治安騎士への贈収賄、裏社会の犯罪組織の支援……等々。伯爵の実態はアル殿の言う腐った都貴族の部類ですよ。いえ、でした。今となっては、先代のコートネイ伯爵は貴族の矜持を示した者としてその名を遺しました。異端審問を回避した上で。魔族関連以外でも色々と嫌疑があったようですが、彼を追っていた治安騎士団の者たちは、この結果に『見事に逃げられた』と評していたそうです。かなり悔しそうだったとも聞きますが……」


 先代伯爵は、最後の最期で盤上をひっくり返した。その命と戦いを持って。


 当然のことながら、継承者である次代のコートネイ伯爵はそんな父の姿をみて考えるだろう。『次はもっと慎重にしなければ』……と。それが都貴族家の強さ。


「なるほどね。家の存続……都貴族の戦い。単純な強い弱い、生きた死んだでは決まらない勝負か。……結局、コートネイ家への揺さぶりどころじゃなくなりましたね」


「ええ。とりあえずは。恐らく今回の伯爵の相手はクレア様の言う“敵”。開戦派を騙るという魔族組織だったのでしょう。王国からすれば明らかに不埒な者共。先代伯爵の仕込や計算があったにせよ、“王国の敵”と戦って討たれたという結果ですからね。ある程度事情を知っていても、慣例として他の都貴族家は先代伯爵のこれまでの罪を流します。となれば教会も引き下がらざるを得ない。恐らく先代伯爵自身を王国の敵、異端者として裁くまではいかないでしょう。敵たちも哀れと言えば哀れです。散々に利用し合った挙げ句、先代コートネイ伯爵の最期の花道の添え物となった訳ですから。まぁ私たちとしても連中の手掛かりを失い、追い難くなったのは痛手ですけど……」


 結局のところ、結果だけをみれば先代コートネイ伯爵の一人勝ち。

 流石にアルの動きまで読んでいた訳ではないが、イーデンはシグネ達との決裂を誘っていた。


 先代伯爵は、聖堂騎士に嗅ぎ付けられた頃から今回の絵図を描き、それに向けて動いていた。

 つまり、シグネが自分たちの存在に勘付いた者を始末しようと画策する前から、彼女達はイーデン・コートネイに釣り出されており、彼の手の上で釣り針がついたままに踊っていたということ。

 

 ちなみにアルは知る由もないが、コートネイ家が聖堂騎士団に決定的な嫌疑を持たれたのは、廃教会付近の“とある取引現場”からの芋づる式だったという話があるとかないとか。



 ……

 …………



「あ、そうだヨエル殿。話は変わりますが、僕の黒いマナの感知能力を調べるのに、神聖術の遣い手で協力してくれそうな人っていませんかね? 流石にあのヘドロみたいな黒いマナは……感知だけでは心許ないのですが、無いよりはマシだし、ちゃんと調べておきたいんですけど……」

「ああ。それならビクター様からも話が来ていました。今回、ゴールトン家の者と知己を得たのなら彼等に頼るのはどうかと……」


 王家の影……実際はクレアの指示ではあるが、アルの『使徒』としての感知機能の精査についても動きがあった。

 しかし、あくまでもアルが『使徒』であることは非公式。ならば、いっそのこと自分で貴族家の者の伝手を頼れということ。丸投げ。そこには微かにビクターの苛立ちも乗せられている。


「ゴールトン伯爵家ですか? 確かにセリアン殿やコンラッド殿とは顔繫ぎはしましたが……?」

「アル殿が知らぬのも無理はありませんが、ゴールトン家は元々医術に重きをおく家です。回復魔法や神聖術にも造詣が深い。当然のことながら、そのような方々との繋がりもあります。それに、病床にいるセリアン殿がどこまで聞かされているかは知りませんが、ゴールトン伯爵家はアル殿が予想していたように『託宣の神子』を肯定的に支援する家の一つです。従者であるコンラッド殿に『使徒』であることを匂わせれば便宜を図ってくれるでしょう。その程度であれば『使徒』の情報を利用しても良いと言われています」


 ゴールトン家は治癒の魔法を得手とする古貴族家。

 教会が秘匿する『神聖術』と違う系統ではあるが、彼の家には欠損部位の復元すら可能とする「特別な回復魔法」が伝えられているという。その為、昔から教会との距離も近く交流もある。縄張り争い的なモノではなく、お互いに切磋琢磨する間柄として。


「ああそういうことですか。では、それとなくコンラッド殿に打診をしてみるとしますよ」


 アルは都貴族の戦いの一幕を知ったが、それはそれ。彼は彼のやり方で動く。相手を理解し、敬意を払うことがあったとしても、彼自身の戦いが変わるわけでもない。



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