第6話 裏ボス

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「……ふむ。シグネ殿。つまり、ことが露見しそうだと?」

「いいえ。そこまでではありませんよ。ただ、ゴールトン伯爵家とやりあえる家……いえ、実際にやりあっている家を虱潰しに探していくとなれば、真っ先にやり玉に挙げられるのはコートネイ家です。卿への護衛はその為ですね。……ですが、我々はことが露見するとまでは考えていません。それが可能であれば、既に踏み込まれていますので……」


 恰幅の良い中年の男性。如何にも都貴族という風体だが、その眼光は鋭い。まさに王都の貴族社会という戦場を征く者の顔。


 中年男性の名はイーデン・コートネイ伯爵。コートネイ家の現当主。

 マクブライン王国の建国前、帝国時代からの貴族家。所謂古貴族家。


 元々コートネイ家とゴールトン家は一つの貴族家だったが、マクブライン王国建国の黎明期にそれぞれの家として独立して二つに分かれたと言われている。つまり遠い血族。


 しかし、二つの家は遠い血族の古貴族家ではあるも、その姿勢には違いがあり、折をみて相争ってきたという歴史がある。


 お互いに勝った負けたを繰り返し、今に至るまで双方が家を途絶えさせることなく続いているのは、運もあるが、代々の当主たちに都貴族としての力量があったからとも言える。


「まぁコートネイが疑われるのは当然のことか……これまでも散々疑われてきたからな。それにしてもあと少しというところで……タイミングが悪い。あぁ、護衛であれば貴殿の手の者を使わずとも、コートネイ家の私兵団で十分だ。逆に“あのような者たち”が邸宅をウロついていると、踏み込まれた時に言い訳のしようもないわ」

「……ふふ。これは手厳しい。しかし、我らも手の者を邸宅に配置する気はありません。今日は周囲を警戒させて頂くという報告と顔合わせの為です。流石に我らも“役割”は心得ていますよ」


「(ふん。白々しいことを。何が護衛だ。いざという時の口封じの為であろうに。この薄気味悪い化け物めが。……“取引”を始めて既に五年は経つ……にも関わらず、此奴こやつは子供の姿のまま。魔族ですらない。外法のモノが。……まったくもって悍ましい。マナの感触すら穢らわしいわ)」


 シグネと呼ばれた子供の姿をしたナニか。ナイナ達を引き込んだ開戦派を騙る魔族たちの一人。


 彼女は笑顔を顔に張り付けて余裕のある風ではあるが、実のところかなり警戒している。

 自分の撒いた“種”に誰かが触れたのだ。触れ得る者が現れたということ。高位の神聖術使いすら欺き、認識できなかった“種”に気付いた者がいる。それだけで警戒に値する。


「(コートネイ卿は利用価値が高い。魔族への隔意がある上、今では教会に目を付けられているが、取引をしくじるような者ではない。いっそ取引相手としては誠実とも言える。だが……まだこちらまで辿られる訳にはいかない。いざとなれば処分も止む無しか……)」


 シグネ達には目的がある。コートネイ伯爵家は彼女達の取引相手として優良ではあるが、目的に害が及ぶなら切る。それだけのこと。

 それに、彼女達が“根を張っている”、代わりとなる貴族家は他にもあるのだ。殊更にコートネイ家に固執する必要もない。


 シグネは懸念している。先々にも同じことが起きることを。

 出来ればコートネイ家を切るついでに、“種”に触れた者を始末したい。その為には多少の計画の変更もやむを得ない。

 本来なら、もう少し計画が進んでから表に出すつもりだった戦力。それを一部通常使いする。独断ではあるが、彼女は確信している。


「(……お預かりした戦力をこの時点で解放した意味、総帥であればご理解いただけるだろう。他の者達などに文句は言わせない。そもそも“種”に触れた者は『使徒』の可能性が高い。ならば返り討ちにする絶好の機会だ。総帥が否とする筈もない)」


 彼女はコートネイ伯爵家を餌に釣り出しを画策する。


 さて、釣り出されるのはどちらか?



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 ……

 …………

 ………………



 発端となったのは黒いマナで攻撃を受けているセリアン・ゴールトン伯爵令息。

 アルがセリアンに巻き付く黒いマナで構成された“蛇”を確認した翌日の夜半。

 寮室で大人しくしていた彼を訪ねる影が一つ。


「昨日の今日とは。割合に早かったですね」

「……アル殿、例のサロン室へ……」


 ラウノ。隠形のままにアルへ伝言。そしてそのまま気配も途絶える。


「……無口だとは思っていたけど、必要事項の伝達すら最低限とはね。しかし、相も変わらず凄い隠形だ……ファルコナーの技を用いている訳でもないのに、マナの感知すら出来ないとはね。ラウノ殿であれば、虫ケラ共に気取られずに、大森林の割と奥までいけるんじゃないか?」


 そんなことをぼやきながら、アルはビクター班の集合場所と化したサロン室へ向かう。ラウノが隠形で来たことを思い、可能な限り気配を消して周囲を警戒しながらだ。


「(昨日の今日はヴィンス殿の一族の方もか……僕への襲撃を考えてる奴らがさっそく動き出しているようだね。僕の動向を張っているのは良いけど、ラウノ殿の隠形を見た後では下手過ぎるな。それに……昨日の案内役のあの人もいる……まぁそれも彼の選択か)」


 現状、アルにはヴィンス一族の者が張り付いている。動向を探るだけのモノではなく、明確にアルに害意を持ち、報復を願う者たち。復讐者。


 その中には、昨日、私心を抑えてアルを迎えに来た壮年の男も混じっていた。


 彼はヴィンスとアルの話を理解していた。

 アルに手を出すことの危険も承知の上。

 それでも、彼は復讐を手放すことが出来ない。


「(……やはり私には無理だ。…………子を喪い、何もせぬ親など居ない。奴は一族の息子と娘を殺した。何故にヴィンス老はそれが解らぬのか。身内が殺された。それが全てだ。殺された理由など問題ではない。たとえ子たちが先に仕掛けたことだとしてもだ……ッ!)」


 男は気配を消し、闇に潜む。

 憎き仇には確かに隙がない。だが、いつまでそれを保てるか。どんなに一流の遣い手であっても、ヒト族でも魔族でも変わりはしない。必ず綻びはある。その時がお前の最期だ。こちらには数も居る。自分一人ではない。もし自分が殺られても、他の者達が奴を討つ。


 男はそう考えていた。


 残念ながら、狂戦士に二度目はない。




 音も無く射出されたモノが男の頭部に着弾。


 湿り気のある破裂音。瞬間の暗転。


 男は自らの命が溢れたことすら気付かずに黄泉路を渡る。潜んでいた他の者達も同じだ。




 アルはサロン室へ行くまでの道すがら、学院の感知魔法が途切れる箇所で数発の『銃弾』を放つ。


 そして、その数だけ復讐者の亡骸が残される。


 ただそれだけ。




「(もっと上手くやれと言ったのに……工夫のくの字もないとはね。それにしても、一族の者への粛清装置として、若干ヴィンス殿に利用されている気もするよな。まぁ“今”のヴィンス殿は長として素直に尊敬に値する。多少利用されるくらいは良いか。連中の死体も向こうが処理するだろうし……)」


 アルの歩みに一切の停滞はない。

 その歩みを止めることすら、男には、復讐者たちには出来なかった。


 そして、そんなアルと復讐者たちの姿を、隠形のままにラウノが若干引きながら見ていた。


「(……容赦ない……そして強い。……離れた状態でも視認できなかった……アレは狂人の魔法の域……アル殿は近接戦闘だけじゃない……ますます敵に回したくない……)」


 更にそんなラウノをアルも認識する。


「(……ラウノ殿には認識されたか。まぁ“普通”の『銃弾』なら別に構わないさ。こっちはこっちでラウノ殿の隠形の癖も若干見させてもらったし。まぁいまは同じく体制側だ。やり合わないことを願うけどね)」


 お互いを知る。それだけを聞くと美しい言葉だが、明らかに物騒な匂いのする相互理解を経て、アルとラウノはサロン室へ。


 そこに待つのはいつものメンバー。ヴェーラの引き抜き交渉以来の邂逅。



 ……

 …………



「くは。久しぶりだな小僧。貴様の持ってくる情報はいちいち物騒で敵わん」


 サロン室の主。人外。化け物。エルフもどき。怠惰のクレア。

 その紅い瞳が楽しげに細められる。


「はぁ……まぁ僕も『使徒』というヤツらしいですからね。これも女神様のお導きでしょうよ」

「くは。思ってもいない戯言を。小僧、貴様には女神への信仰などありはしない。女神の導きなど欠片もありがたいとは思ってもいない。……だろう?」


 疑問形の体の断言。クレアは知っている。アルの中に女神への信仰がないことを。そうでなければならないということも。

 アルは曖昧に微笑むだけでクレアの言葉に応えはしない。まさにその通りではあるが、いちいち面倒くさいことになる可能性を考えてのこと。


「……クレア様。話を進めてもよろしいでしょうか?」

「……相変わらずつまらない奴だな、ビクター。まぁ良い。進めろ」


 そんな事は良いからとっとと本題を始めてくれ……と、内心で嘆息していたアルは、これまた内心でビクターに喝采を送る。

 実のところ、表面上はどうであれ、アルはビクターのこういう実務的なところを好んでいたりもする。


「アルバート。貴様が関わったセリアン・ゴールトン伯爵令息は、過去に何度も教会の高位の神聖術使い……中には大司教クラスの者までもがその身を診察している。当然触れてもいるし、マナを流してもいる。他にも様々な回復魔法や治癒魔法の遣い手を呼び寄せている。そして、誰もが貴様が言う『黒いマナの蛇』などは認識していない。……それでも、貴様はセリアンの身を蝕む黒いマナを視たと言うのだな?」


 流石にアルも分かっている。詰問調ではあるものの、これは予定調和の確認に過ぎないと。


「ええ。断言します。僕はセリアン殿の身を侵食する黒いマナを視ました。今まで視てきた当人が黒いマナを発するのとはまた別の形。あの例の元・司教の指輪に近いモノを感じましたね。僕にはソレを認識することが出来たし、触れることも出来ました。明確にセリアン殿と『託宣の神子』への悪意を確認していますよ。触れた僕にさえ悪意を撒き散らして取り憑こうとしてましたしね」


 アルは淡々と言葉を並べる。ビクターもそんなアルの言葉を否定はしない。クレアの前で下手な真似をするとは思っていない。そこには暴力を背景にした歪な信頼がある。


「……なるほどな。つまり何者かの攻撃であると?」

「恐らくは……僕には背景などは分かりませんが、どうせ『託宣の神子』にかこつけたお家同士の争いでは? ……まぁそこは本職の方々の仕事でしょうけどね」


 いっそざっくばらんに話をするアル。後はソッチで調べろと言わんばかり。そんな態度を見て、ヨエルとラウノが内心でソワソワしてしまう。


「くは。……小僧、貴様はその黒いマナをどう見た? 手に負えると見たか、それとも触れ得ざるモノと見たか?」


 そしてクレアからの問い。アルには質問の意図はよく分からなかったが、答えない訳にもいかない。


「……そうですね……セリアン殿には悪いですが、正直なところ、然程に脅威を感じませんでしたね。黒いマナをどうにか出来ると感じたわけではないですが、強烈な悪意……だからどうしたと。所詮は術者を倒せばそれで終わりだろう……そんな印象を持ちましたね」


 セリアンの身体を蝕む黒いマナ。恐らくは彼の体の成長にすら影響を与えるほど、強い呪いのようなモノ。

 しかし『術者を斃せば止まる』『まだセリアンは持つ』……アルが黒いマナに触れた際、そんな感覚を持った。そして『いま止めなければ……』という危機感……衝動の様なものも同時に抱いたのも事実だが。


「くは。さらりと誤魔化しおってからに。貴様は、黒いマナを止めなければならない。術者を斃さねばならない。……そういう想いを抱いただろう? 小僧は使徒なのだからな」


 女神が手ずからに造形したといっても過言ではないかのような美しい顔立ち。

 そのクレアの口角が、にたにたといっそ神々しい醜さを描く。


「(くそ。お見通しならいちいち聞くなよ。後は王家の影なり正規の魔道騎士なりで解決してくれ。セリアン殿には悪いけど、所詮はお家同士の暗闘だろうに。敵側は気にはなるけど、あの気持ち悪い黒いマナを扱う奴だろうし……黒いマナへの忌避感も強いんだよ、こっちは)」


 それが『使徒』の特性なのか、アルにはあの黒いマナへの強い嫌悪感や忌避感がある。そして、それはいっそクレアにもだ。


 実のところ、アルはクレアに対しても衝動がある。セリアンの黒いマナなど比較にならない程に強い衝動。『コイツはマジでヤバい』……と。


 はじめはその圧倒的な実力差からと考えていたが、そうではない。クレアにこそ、黒いマナの奔流のようなモノを感じている。反応が強すぎて逆に気付かなかったほどだ。


「(隠しキャラとか、クリア後の裏ボスとか……そんな感じなのかね。まぁ正規ルートにはこんな奴はいなかったのは確かだ。正直なところ、クレア殿は他の重要キャラをぶっちぎっての美しさと強さがある。あと意味深さもか……主人公達が何とか出来るなら任せたいよな……)」


「……アルバート。クレア様に応えろ」


 ビクターの促し。硬い声。絶対者の気分を害すなと言わんばかり。


「……ええ仰る通りです。確かに僕は『止めなければならない』という衝動を感じましたよ。分かっているなら聞かなくても……」


 アルは態度としてはクレアには物怖じしない。


 何故なら、既に死んでいるから。


 クレアの前に出た時点で死んだも同然。何も出来ずに殺られる。彼女が『否』と言えば全てがひっくり返る。それ程の理不尽暴力。取り繕う必要もないだけ。


 もっとも、そんなアルの態度にヨエルなどは『何故にそのような物言いをするッ!?』と、内心で戦々恐々としていたりはするが。


「くは。小僧よ。ワタシを誤魔化そうなど……危ないお遊びは程々にしておけ。いずれワタシのぞ?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらのクレアの忠告。

 しかし、意味する所は何となく分かっても、その言葉の意味を正しく理解した者は、この場ではアル以外に居ない。


「(なッ!? …… おいおい。こっちの世界に“逆鱗に触れる”なんて慣用句があるのか? ……確か、こっちでは龍の尾を踏むとか古龍の髭を抜くとか……そんなヤツだったはず。そもそもこの世界のドラゴンの顎の下に『逆鱗』なんて鱗があるなんて聞いたこともない。もしかして……クレア殿は“向こうの世界”の記憶持ちか?)」


 アルはクレアを見た。ソコには悪戯を成功させた幼児のような雰囲気がある。ニタニタと嘲笑う表情には、幼児のような無垢さはなく、美しい醜悪さがあるのみだが。


「……ビクターよ。可能性が高いのはコートネイだな?」

「……はい。実のところ、聖堂騎士団や王国の治安騎士団が既にマークはしていたようです。当然、黒いマナ云々ではなく、魔族との取引の方ですが……コートネイ家はかなり慎重に事を進めており、数年前から魔族絡みの取引があったようです。ただ、それらが表に出てきたのはつい最近とのこと。……まだ決定的な証拠や現場は押さえられていない為、嫌疑のままですが……」


 真相は不明なまま。クレアは既に次の話へ移る。


 この世界においては、魔族を害すること自体を教会は咎めない。だが、魔族を利用したり、取引をして利益を得る場合には異端審問が待っている。


 元々教義には記されていないが、亜人型の魔物との取引についての事項を広大解釈した結果と言われている。

 ちなみにエルフやドワーフなどは亜人族として、教義ではヒト族と同列に扱われるという。


 エルフやドワーフといった亜人族、ゴブリンやオークといった亜人型の魔物、それにヒト族に魔族。

 教会は懸命に線引きをしているが、アルからすれば大した違いがあるようには思えない。


 この先、魔族との戦争がストーリー通りに勃発し、ゲーム的なエンディングを迎えれば、また教会の教義や扱いも変わるだろう。その程度のことだと割り切っている。


「(はぁ……逆鱗についてはサラッと流しやがったな。流石にクレア殿に追求は出来ないか……いや、追求しては駄目だ。何故だか強くそう感じる。まぁいい。とりあえず、セリアン殿のゴールトン家に敵対している最有力の家には、もう教会や王国が目を付けていたということか。魔族との取引ね……胸糞悪い予感しかしないや)」


 アルはそんなことよりも先程のことが気になるが……既にクレアは意に介していない。追求しても応える気はない。いや、アルが真意を問えば、クレアとの“契約”が待っている。

 その辺りのルールをアルはまだよく知らないが、今回の発言もクレアの撒き餌のようなモノ。追求しないのが正解。


「ふむ。……ビクター。治安騎士共にコートネイをつつかせろ。そうすれば、自ずと“敵”は姿を現す。潜むのは巧いが、攻められると堪え性がないからな」

「はっ。すぐにそのように差配致します」

「(くそ。明らかに“敵”を知ってるじゃねーか!)」


 静かな駆け引き。クレアとて、アルがこの程度で引っ掛かるとは思っていない。所詮はお遊びの範疇。


「くは。そして小僧……いや、使徒アルバート殿。炙り出された敵の撃退をお願いできますかな? 黒いマナの遣い手は『託宣の神子』の敵。これはもう使徒殿の出番であろう?」


 秘されし使徒アルバート。彼は使徒として、この度の作戦への参加が決まる。



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