第8話 狂戦士の従者
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アンガスの宿の別棟。
そこを拠点としてアルが『なんちゃって冒険者ギルド』構想を始動させてから一ケ月が経過している。
まだまだ本格的に浮浪児たちを町に放つところまでいかない。準備中の状態。ただ、幸いなことに宿の主であるバルガスがアルの構想に乗った。当初は一ケ月だけ、常連の護衛団が町の到着すれば明け渡すという約束だったが、バルガスが話を付け、宿の近隣にある二階建ての空き家を借り受けることが出来た。今はそちらへ移るための準備中でもある。
「サイラス。年長組はどう? 仕事には少し慣れた?」
「あ、アル様。はい。何とかやれています。ジョーイとエリザはバルガスさんの好意もありますが、アンガスの宿での仕事も順調なようです。サジも職人通りで下働きとして採用されました。ただ……年少の子たちは、流石にまだどうしようもなくて……」
十歳を超えた者を年長。十歳未満を年少とざっくりと分けている。
年長はサイラス、ジョーイ、サジ、エリザの四名となっているが、バルガスの好意と繋ぎもあって全員が下働きとして町で働いている。
年少の者は五名いるが、まだまだ仕事に出ることは難しい。まず、かなり弱っていたのだ。
「ああ。別に構わない。それなりに金はあるからね。年少組もヴェーラと仲良くやっているようだし、慌てることはないさ」
そしてヴェーラ。彼女は王家の影を辞し、そのままアルの従者という形に落ち着いた。アルとしては、別に従者でなくても……と、伝えたのだが、ヴェーラが頑なに譲らなかった結果だ。ただし、今ではそのほとんどの時間をアルの従者ではなく、年少組たちの世話係として過ごしている。
「……代わりと言っては何ですが……アル様。僕が働く酒場にて、少し気になる話がありました」
「いいね。聞かせてもらおうか」
町の噂や困りごとのある人々の情報。今のところはほとんどがサイラスからだが、別にアルは気にしていない。
上手く行けばいいし、ダメなら普通に彼等への支援として定着させれば良いというだけ。そんな鷹揚さがあった。
……
…………
「アル様。『ギルド』にいらっしゃったなら声を掛けて下されば……」
「いや、チラッと見たら、年少組の子たちとのんびりしてたから悪いと思ってね。サイラスから情報を少し聞いただけで、特別に用事は無かったしさ」
王家の影を辞してから、ヴェーラはどこか力が抜けた。張り詰めていたモノが緩くなったと言うべきか。
過酷な訓練もない。殺し合いもない。欺瞞に満ちた駆け引きや足の引っ張り合いもない。
そんな中で、元・浮浪児たちの世話することにより、彼女は泣きじゃくる幼いヴェーラを……過去の自分を育て直しているとも言える。
「申し訳ございません。本来は従者としてアル様の供をしなければならないのに……」
「いや、だから別にずっとは要らないから。必要な時は声を掛けるし。用事もないのにお供をされるより、年少組たちの世話をしてくれている方がずっと良い。助かってるから。ありがとう」
感謝。労いの言葉。気遣い。
どれも王家の影には無かったもの。訓練のノルマはクリアして当たり前。任務を達成するのは当然のこと。失敗すれば懲罰が待っている。
だが、ここにはない。懲罰も叱責もノルマも。気を張り詰めなくても許される。
ヴェーラは子供たちと共に夜を過ごすが……過去の悍ましい記憶を夢に見て飛び起きることが未だにある。そんな時は、幼い子供たちが逆にヴェーラを慰めてくれる。抱きしめてくれる。眠りにつくまで一緒に傍にいてくれる。
両親が亡くなって以来、彼女の心は初めて安寧を得た。
魔法はイメージが重要。
当人の心象風景が反映される。
真相は不明。
ただ、これまでのように訓練に時間を割かなくなったにも関わらず……ヴェーラの『縛鎖』は強力になった。反応速度と操作に軽さが増し、キレが鋭くなった。これまでは、鎖を操作する際に重い引っ掛かりのようなものがあったそうだが、それがほぼ消失したのだという。
「それで? 今回はどのようなことを?」
「外れだと思うけど……かつてサイラスたちを支援していた助祭の死霊が再び現れたっていう話。一旦は消えていたらしいんだけどね。場所はあの廃教会跡周辺だよ。ただ、感触としては、死霊の噂を撒いているのは、近付いて欲しくない連中が居るからじゃないのか? ……というのがサイラスの聞いた話」
サイラスが仕入れてきた噂。
既に廃教会の死霊は祓われたが、あくまでメアリの方のみ。フランツ助祭の死霊は逃げ果せていた。勿論教会はそんなことを言わないが……確実に彷徨う死霊が一体野放しになっている。
そして、その状況を逆手に取って暗躍する者たちがいるのではないかという噂。
「(う〜ん……記憶にはまったく引っ掛からない。たぶん、裏稼業崩れのチンピラかな? いや、そもそもフランツ助祭の死霊が野放しなんてのもゲームには無かったし、もう細かい部分でゲームの方を気にし過ぎるのは駄目だね。主人公たちも順調にお偉方との親交を深めているし……僕は戦争の気配、魔族の暗躍を注視するさ)」
アルはいつもの如く黙考しながら目的地へ向かう。そして、その姿を微笑みながら見守る
……
…………
「やっぱりね。ただのチンピラたちか」
「……いえ。アル様。魔道士はただのチンピラではないかと……」
少し時間を潰し、夜の闇が町を包む頃。その闇に抱かれて動きを見せた連中が居た。マナの素養がある。つまりは貴族に連なる者。魔道士。
その身なりは裏通り仕様。態度も粗雑で裏家業くずれの者であると見て取れる。擬態。実態は組織の兵として動くことを徹底している連中。動きが明らかに訓練されたもの。マナの流動も貴族くずれや似非魔道士とは一線を画す。
「冗談だよ。いきなり大当たりを引いて驚いているだけさ。ただ、どこの紐が付いているのか知らないけど、紐の先……画策した奴らは阿呆だけどね」
「……ええ。この周辺はダリル殿の魔法の“お披露目会”があって以降、教会が目を光らせています。死霊が野放しになっている件を噂で撒く以上、連中とて教会の動きは知っている筈ですが……?」
わざわざ教会の目がある場所で動かなくても。そんな呆れとも言える思いをアルとヴェーラは抱く。もしやそれすらも罠なのか? ……と、疑う気持ちもある。
「建物の中に八。外の見張りが三。離れたところで隠れ潜んでいるのが二。能力的にも本命は隠れ潜んでいる二人。……こっちを締め上げる。薄っすらと黒いマナを感じるのもこの二人だけだ」
「……承知致しました。では、残りは?」
「とりあえず保留。まずは強い方の一人を攫って逃げる」
狂戦士とその従者が動く。
まずは隠れ潜んでいる二人の内、目標と定めた一人の方へ。頭一つ分以上、他の者より能力が高いと見越される者。
粗末な小屋の中でじっと息を潜め、他の連中がたむろしている廃屋に偽装した屋敷を見張っている。男。魔道士。とある貴族家の私兵。
彼は他の連中にある取引をさせ、そこに踏み込んでくる敵対組織の連中を撃退するという役割を担っていた。
この周囲が教会に目を付けられていることを承知の上での計画の決行。男自身としては、雇い主に計画の変更、延期、せめて場所を変えるなどを意見具申を行うも、すげなく却下。無謀な計画の尻ぬぐいをする羽目になる。
「(くそッ! いくら堅い取引だとしても、ここは場所が悪過ぎる。敵を誘い込む前に教会の連中に踏み込まれたらどうする気だ! まったく!)」
男の危惧はもっともな話。何故なら、彼等が取引するのは特殊な品。それも魔族の関わるモノ。現実には都貴族家の中でも横行している取引であり、珍妙としてコレクションする連中すら居る。
今回、彼等が罠に嵌めようとしているのは敵対派閥の好事家貴族。特殊な品をコレクションし、眺めるだけでは飽き足らず、“違う品物”にも手を出し始めたという噂もある。
教会とて都貴族の“いけないお遊び”くらいは黙認しているが……現場を押さえられてはどうしようもない。流石にモノがモノだけに揉み消しも難しい。
そんな状況で、好事家貴族の嗜好に合致する品物を用意し、連日に渡って取引を続け、手の者をおびき寄せるという雑な算段。だが、件の好事家貴族は横取り上等な気質もあり、これまでにも似たような騒ぎを起こしている。情報操作も手伝い、確実に乗って来ることも読めているという馬鹿馬鹿しさ。
私兵の男からすれば教会の踏み込みの方が万倍も怖い。
だが、彼は知る。結果は同じだったと。
……
…………
「……ッ!? こ、ここはッ!!?」
私兵の男が目覚める。いや、意識を失った記憶すらない。気付いたら場面がいきなり切り替わっていた。
確認。椅子に縛り付けられている。鎖だ。身動きは取れない。だが目隠しはなし。口も塞がれてはいない。
「(……一体何があった……敵側の貴族家? この鎖は魔法によるものか? ……いや、連中にそこまでの戦力はない筈。精々が俺と同程度の遣い手だけだ。もしや誰かを雇ったか? ……それとも教会関係者か? ……くそ!! だから嫌だったんだ! 変態貴族を誘き出すために“あんなモノ”を扱うなどッ!! 教会連中なら、確実に異端審問が待っているッ!!)」
男は単純に魔道士としては平均を少し超える程度。だが、ただの魔道士というより、裏稼業での実戦経験が長く、その経験からくる危機管理はかなりのもの。今回の作戦も男は反対だった。その予想が悪い方で的中した形。
「やぁ。目が覚めた?」
「……ッ!!?」
声。真後ろから。男にはまったく気配が読めなかった。
「……何の用だ」
「へぇ。流石だね。一瞬でマナを鎮めた。かなりの遣い手だ。出会いが違うなら、前線の兵としてスカウトしていたかもね」
二つの影が男の前へ回り込む。
「(……ちッ! 女も!? もう一人いたとは! くそ! なんて奴らだ。声を掛けられてもまるで気配が読めなかった。これは無理か……?)」
「先に言っておくよ。全員死んだ。……まさか“あんなモノ”の取引だとはね。ああ、貴方たちの目的だった変態貴族……デラニー子爵家の手の者も全員始末した。誰も生き残っていない。貴方が最後だ」
アルたちは速やかに目の前の男を無力化し、その身柄を別へ移そうとしたまさにその時、タイミングが良いのか悪いのか……取引相手の者たちと、その取引に横槍を入れる襲撃者たちが現れた。
一気に闘争の場へと変わり、アルとヴェーラはその様子を息を潜めて眺めることにしていたのだが……闘争の合間、ふと取引の品が見えた。何かの拍子に木箱の中から転がり落ちたのだ。
容器に入った頭部の剥製。
ヒト族ではない。少なくともヒト族ではない特徴を持った者たちの頭部。
額に角の生えた幼児。
髪の色が鮮やかな紫をした少年。
目や耳に猫科の獣のような特徴のある少女。
そんな品物たち。遺体。
アルの眼には、隠れ潜んでいた二人にしか黒いマナは視えなかった。それ以外の連中は“シロ”。特別に『託宣の神子』を害する者たちではなかった。
が、アルは決めた。こいつ等を始末すると。
そして、そんな主の意を汲んだ尖兵が動く。
ヴェーラ。彼女の『縛鎖』が舞い踊る。
鎖に貫かれる者。
巻き付かれてそのまま潰される者。
鞭のように打たれて、その身を引き裂かれた者。
鎖に縛られ、振り回しからの叩きつけにより壁や地面のシミになった者。
一人二人からある程度の情報を聞き出した後、全員を始末した。瞬時にやられた連中はまったく状況を把握できなかったはず。ほんの一時のことだ。
安寧を得たヴェーラ。
彼女に自覚はないが、実のところ、やっていることは王家の影の時とさほど変わらない。いや、かつてよりある意味では凄惨とも言える。少なくとも以前の彼女には人を殺すことには迷いがあったが……今は違う。
彼女は気付かない。良心の呵責によって躊躇していたことを、今では顔色一つ変えずに出来るようになったことを。
「……ふん。そんな嘘っぱちで俺がビビるとでも?」
「いや、ただの事実だ。あと、貴方から聞きたいことも一つだけなんだ。それも確認程度。……貴方はドレーク子爵家の私兵で間違いない?」
「…………」
男は答えない。当然のことだ。それに男には計算もあった。相手はまともにやり合って敵う相手ではない。だが、既にドレーク子爵家の名を知っている。自分には利用価値がある。そう簡単には殺されないと考えた。
「あっそ。じゃあいいや」
「……なッ! ぎゃがッ!?」
巻き付いてた鎖がほんの一瞬で男の体を“潰す”。飛び散る血と肉片。当然、そんな物で体を汚す趣味もなく、既にアルは“ドレーク子爵家の私兵だったモノ”から距離をとっていた。
「……これで終わりですね。ドレーク子爵家が関与した言質は取れませんでしたが?」
「いいよ。あくまで形だけの確認だ。別に僕たちは捜査機関じゃない。証拠なんて要らないよ。それに、流石にここまで派手にやれば本職が調べるでしょ」
「……彼らの遺体はどうしますか?」
取引連中を殺しても平然としていたヴェーラの表情が曇る。
彼女が言う遺体は連中のモノではない。
取引の商品。剥製の頭部。魔族の子供たちの遺体。
「……できれば弔ってやりたいけど、彼らは証拠品でもある。彼らの姿を見れば、流石に教会が介入するはず。明らかに魔族の子供たちだ。どこで手に入れたのか等を含めて動く。そうだろう?」
「……はい。魔族関連については、王国の捜査機関や治安騎士ではなく、教会の聖堂騎士団が介入することになります。大貴族家でもなければ、教会や聖堂騎士団を買収するなどの裏取引はできないかと……」
アルは少し考える。
戦場で敵を殺すのはいい。戦いなのだから。相手を殺さないとこちらが殺られる。単純な話だ。
だが、これは違う。相手が魔族という理由だけで何をしても良いという論理にはならない。いや、国や教会が許している以上、ヒト族が魔族を害するのは正義なのだということはアルにも解かってはいる。恐らく戦争となれば、略奪なども発生するし、魔族側だってヒト族を蹂躙するだろう。
「(……はぁ。やはり僕はイベントと引き合うのか? まさかこんな現場を引き当てるとはね……モブのはずなのにさ。ゲームにもこんな胸糞悪いエピソードがあったのか? ……まぁあったとしても結局はサラッと流れて終わりだっただろうな。子供の頭部の剥製とか……流石に規制に引っかかるだろ。
それにしても……腑抜けているだけなら仕方ないと思っていたけど、都貴族の中にはこうも腐った奴らが混じっているのか。残念だ。本当に。教会や大貴族に囲われてる主人公たちは、都貴族のこんな面を知ることはないんだろうなぁ……はぁ……別に世直しがしたいわけじゃないけど……今後も腐った連中と関わることがあれば始末するか。まぁどうせ貴族家当主にまでは届かないだろうけど、嫌がらせくらいにはなるだろ)」
アルは『ギルド』を通じて、平民関連のクエストの発生を少しでも予見できれば ……そんな程度であり、それほどに期待はしていなかった。咄嗟の思い付きのようなモノ。
だが、今回は図らずとも貴族家同士のくだらない争いにかち合うことに……特にそんなクエストがあったことなど覚えてもいないが……この分だと“次”がありそうだとも感じていた。
「……ヴェーラ。本来は君が戦いを好まない気質なのは知ってる。本当はサイラスたち『ギルド』のことだけをお願いしたかったんだけど……今回のようなことはこれからも続きそうだ。……僕に力を貸して欲しい。お願いできるだろうか?」
「お望みとあらば。私に安寧と居場所を与えて下さったアル様の為ならば、どのようなことであっても厭うことはありません。決して……」
ヴェーラは気付かない。
アルの背後に感じた漠然とした不吉の影。かつて彼女が幻視していたモノ。
ヴェーラは自分自身がその影の一部になったことを知らない。気付かない。いや、気付いたとしても、アル様の為に、サイラスたちの為に、自らの場所を守る為に……と、止まることはないだろう。
ヴェーラ。彼女こそがアルの為の尖兵であり盾。死兵。
狂戦士の従者。
そして使徒アルバート。
彼は『託宣の神子』に仇を為す者たち、その可能性を調べるために『ギルド』を稼働させた。王家の影であったヴェーラという従者と浮浪児たちを伴って。
ヴェーラを生かした。ギルドを創った。
ここが分岐点だった。そしてもう戻れはしない。
彼は屍山血河の道を征く。本人はそうだと知らずに。
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