第103話 ……シチュー、食べたいな

 私が『迷いの森』に住むようになったのは、つい最近のこと。この国では、子供が大通りで商売をしていても何も言われない。それが分かった時、何か大きな出来事が起こるまでは、この国に滞在しようと決めた。これまでは、短い期間でいろいろな国を転々としていたから、安宿に泊まるか、野宿という手段をとっていた。だが、長期に滞在するとなると、住むところが必要になる。といっても、家を借りるなんて、お金に余裕がなければできない。大通りでの商売で生計を立てている私にとっては、かなりハードルが高い。


 どうしようかと迷っていた時、『迷いの森』のことを知った。試しに森の上を飛んでみると、一か所だけ、開けた土地があることが分かった。私は、魔法で周囲にあった木を切り倒し、小さな家を作ることにした。軍にいた時、長期戦を見越して、簡単な小屋を作る練習をしたことがあったが、まさかその時の経験が生きるとは。知識や技術というのは、ため込んでも損にはならないものだ。


 以来、私は、日が昇っている間、町の大通りで仕事をし、日が沈む頃には、森に建てた家へ帰るということを繰り返している。


「……あ、晩御飯」


 誰もいない室内。私の声が小さく響く。


 今日の朝、買い置きしていたパンを食べきってしまったことを忘れていた。他に食べられそうなものはない。今から町に行こうにも、外はもう暗くなってしまっている。「はあ……」と溜息を一つ吐き、椅子に座ってテーブルに突っ伏す。少し湿った木の香りが、私の心をさらに暗くしていく。


「……何やってんだろ、私」


 早く大人になろうと頑張って。大人として認められたと思ったら、居場所がなくなって。子供なりに、必死でお金を稼いで。そして今、空腹の状態で、自分の建てた家に一人。


 今の私は、大人なのだろうか。それとも、まだ子供なのだろうか。もし、まだ子供なのだとしたら、いつ大人になれるのだろうか。


 あれ? そういえば、どうして私は大人になりたかったんだっけ? ……あ、そうか。


『大人になれば、あなたはここから出ていろんな仕事に就ける。そうすれば、たくさんお金を稼ぐことができるわ』


『子供だけど、大人以上に活躍している人が、大人扱いされるなんてことはあるわね』


 孤児院の先生の言葉が脳裏をよぎる。私は、できる限り早く大人になりたかった。そして、たくさんのお金を稼ぎたかった。なぜなら……。


「……シチュー、食べたいな」


 自然と出た呟きは、私以外、誰も聞いてはいなかった。

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