第63話 ……一つ、お願いしたいことがあります

 とりあえず、このままではいけないということで、僕と師匠は女性を家にあげました。


「これ、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 女性は、テーブルに置かれたティーカップを手に取り、中に入っていた紅茶を勢いよく飲み干しました。おそらく、よほど喉が渇いていたんでしょうね。


「もう一杯いります?」


「……お願いします」


 二杯目の紅茶を一気に飲み干したところで、女性は落ち着いたのか、ふうっと軽い息を吐きました。


「助かりました。森の上を飛び回って疲れてたもので。でも、まさか、不注意で鳥にぶつかって、ほうきから落ちるなんて思いませんでしたけど」


「だ、大丈夫だったんですか?」


「はい。落ちる寸前に、衝撃を和らげる魔法を使いましたから」


 にしてはかなり腰が痛そうだったような……。まあ、触れないでおきましょう。


「……ねえ」


 不意に、女性の向かい側に座る師匠が口を開きました。


「はい。何でしょうか?」


「『森の上を飛び回って』ってどういうこと?」


 瞬間、ハッとする僕。確かに、女性は先ほど、「森の上を飛び回って」と言っていました。普段、森の上をほうきに乗って通過する人はいますが、飛び回る人は見たことがありません。何かしらの事情があるとみて間違いないでしょう。


 師匠の言葉に、女性はスッと居住まいを正しました。そして、真剣な表情で師匠をじっと見つめます。


「……実は、私、森の魔女さんの家を探してたんです。あなたがその人で間違いないですよね?」


「へ? そうだけど。私に何か用?」


「……一つ、お願いしたいことがあります」


「う、うん」


 困惑した様子の師匠。今から女性に何を言われるのか、全く見当がついていないのでしょう。もちろん、僕も同様です。


 女性は、ゆっくりと深呼吸をし、師匠に向かってこう言いました。


「私と、勝負してください!」


「…………」


「…………」


「私と、勝負してください!」


 …………やっぱり、変な人のようですね。


「いや、聞こえてるから。って、しょ、勝負?」


 そう告げる師匠の目は、驚きで大きく見開かれていました。

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