第三章 旅の魔女

第62話 い、痛くありません!

 それは、ある日のお昼過ぎ。前日に郵便屋さんから送られてきた依頼をこなし、家でのんびりとしている時でした。


『きゃあああああ!』


 突然響き渡る女性の悲鳴。そして、ドシンという何かが落ちるような音。思わず自分の肩がビクリと跳ね上がります。


「い、今の何!?」


 どうやら、自室にいた師匠にも悲鳴が聞こえたようで。慌てた様子で自室から飛び出してきました。


「そ、外……ですかね?」


「そ、そうだよね」


「…………」


「…………」


「い、行ってみましょう」


「う、うん」


 僕と師匠は、ゆっくりと玄関扉へ。あれ以降、何も目立った音は聞こえません。警戒しながら扉を開け、慎重に外を見ました。


「……え?」


 僕の視線の先、そこにいたのは一人の女性。年齢は僕と同じくらいでしょうか。腰のあたりまである長い桃色の髪。海を思わせる瑠璃色の瞳。身にまとうのは灰色のローブと灰色の三角帽子。女性は、「いてててて」と言いながら腰をさすっていました。その手には、ほうきが握られています。詳細はよく分かりませんが、おそらく、誤ってほうきから落下してしまったのでしょう。


「あ」


「あ」


 不意に、こちらに目を向ける女性。僕の視線と女性の視線が交差します。訪れる沈黙。何とも気まずい雰囲気。


「…………」


「…………」


 数秒後、女性は、誤魔化すようにこう告げました。


「い、痛くありません!」


 …………へ、変な人だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る