5-12 帰りたくても…

 石畳の歩道に広い道路。通りには高級そうな用品店が立ち並び、町を歩く人々も高級そうな服を着て歩いている。誰もが笑顔で楽し気に見えた。きっとこの人達はお金で苦労した事はないのだろう。私は自分の着ている身なりが恥ずかしかったので、うつむき加減に、寮に向かって歩き続けた。


 やがて15分程歩き続けると立ち並んでいたお店は姿を消し、代わりに目の前に大きな学園が見えて来る。それが、『リーガルスクール』。私が通う学園で、表向きは身分平等を掲げているのに、その実態は絶対的な階級社会…。


 まるでお城のような美しい校舎を目にした時は、これから始まる新しい生活と出会いに胸が高鳴った。けれど今では全く違った光景に見える。薄暗い中に佇む建物は私にとっては監獄だ。檻に捕らわれ、身動きも取れない生活の中に押し込まれて逃げる事すら敵わない。


 …帰りたい。


 目に涙が浮かんでくる。

貧しくても楽しかったあの田舎に帰りたい。父と2人の弟たちと暮らすあの家に帰って4人で暮らしたい。

だけど、私にはもう二度とその暮らしに戻ることが出来ない。もしこの学園から逃げて、誰も知らない場所に姿を消そうものなら郷里で暮らす家族がただでは済まないだろう。けれど、それではあんまりな条件だろうとユーグ様からある賭けを持ちかけられ、私はその賭けに乗った。そしてこの学園に入学してきたのに、辛い現実を突きつけられた。

ノーラさんにはまだ3年の猶予が残されていると慰められたけれも、例えここに3年いようが6年いようが、状況が変わることは無いだろう。自分の身分が平民である限りは…。


「駄目駄目…こんな暗い気持ちに捕らわれては…勉強を学べるだけ、あの村で暮らす人達よりはずっと幸せだと思わないと」


口に出して、自分を元気づける。気付けば辺りは先程よりも暗くなり、日没の紫色のと濃紺の美しいグラデーションの空の色になっていた。


「…寮に戻りましょう…」


寮に戻って、カトリーヌさんが作ってくれたパイを夜の食事として頂こう。

溜息を1つつくと私は門をくぐり、平民用の学生寮エリアに足を向けた―。


 寮が見えてくると寮母室以外の明かりは全て消えている。それがますます暗い気持ちになってくる。皆は里帰り出来るけれども私には帰るためのお金が無い。

ユーグ様から小切手を渡され、好きな金額を書いて使う様に言われているけれども、とてもそんな気にはなれなかった。


 扉を開けて中へ入ろうとした時、背後で足音が聞こえた。


「?」


振り向くとそこにはレナート様が立っており、私の事をじっと見つめていた―。


 

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