5-5 あの方

「ユーグ様…な、何故ここに…?そ、それに…ま、まさかお1人で…こ、こちらにいらしたのでしょうか…?」


するとユーグ様は眉をしかめると言った。


「ロザリー。以前から言っているだろう?むやみやたらに私の名前を口にしてはいけないと…それにこの私が1人でこんな場所へ来るはずがない。近くで護衛の者たちが待機している」


「え…?」


言われて辺りをそっと見ると、あちこちの物陰からこちらを注視している人々がいる事に気が付いた。


「どうだ?分ったかね?」


ユーグ様は笑みを浮かべた。すると眼尻に刻まれた皺が一層深くなる。


「は、はい…」


身を縮こませるように返事をした。


「それにしても…」


ユーグ様は私をじろじろ見ると言った。


「何故このような粗末な身なりで…しかも花屋でアルバイトなどしておるのだ?そなたには小切手を束で渡しておるだろう?好きなだけ使って良いと伝えておいたはずなのに」


「そ、それは…じ、自分の力で…学生生活を送りたかったから…です…」


「ふ~む…成程…ところで学園生活で何か困った事は起こっていないかい?もし起きているなら教えなさい。私が解決してあげよう」


問題…まさか何か気付かれてしまったのだろうか…?ユーグ様の事だ。もしかすると私の監視を付けている可能性がある。でも…。


「い、いいえ。何も困った事などありません」


「…本当だね?」


じっと私を見透かすかのような目で見つめて来る。


「は、はい。そうです」


「成程…ところで先程そなたと話をしていた2人だが…見た処、かなり爵位が高い貴族に見えたようだが…?何者だね?」


私は質問を拒否する権利は一切無い。


「女性の方は…フランシスカと言うお名前の侯爵令嬢です。男性の方はイアソン王子です…」


俯きながら答える。


「何?王子なのか?」


「はい、そうです」


「ふむ…しかし学園が始まって一月も経たない内にもう貴族の友人が出来たとは少々驚きだな。今更隠しても遅いと思うが…あの学園は特に平民と貴族の差別が激しい学園だからな」


「…」


私は黙っていた。

その事は入学後すぐに気が付いた、そしてユーグ様が何故この学園を選んで…私を入学させたのか、その意味する事にも…。


「あの2人は恋人同士かね?」


「…それは分りません」


「分らない?」


私の返答が面白かったのだろうか?ユーグ様はクックと笑った。


「中々面白い返答をするな?」



その時―


「あら?お客様だったのね?」


カトリーヌさんが私の元へやってくると、ユーグ様を見て驚いた顔を見せた。


「ああ、ここの店長さんかね?すまなかった。忙しいのにアルバイトの少女を引き留めてしまって…お詫びのしるしと言っては何だが、この店にある花を全て買い取らせてもらおうかな?」


「ええっ?!す、全てですかっ?!し、しかしそれでは売り物が無くなってしまいます」


カトリーヌさんが慌てる様子にユーグ様は苦笑いした。


「そうだったな…フム…では半分だけ購入させて貰うとするか」


「は、はい。かしこまりました」


「花は後でこのホテルに届けてくれ」


ユーグ様はポケットから1枚のカードを取り出すと、カトリーヌさんに手渡した。


「分りました。こちらのホテルですね」


「花は…そうだな。出来ればそこにいる少女に届けて貰いたい」


ユーグ様は私を見ると言った。その言葉にビクリと肩が跳ねてしまう。


「はい、かしこまりました」


頭を下げるカトリーヌさんにならい、私も頭を下げた。


「それじゃまた後でな」


それだけ言い残すとユーグ様はその場を立ち去って行った。



「今の方…随分身分が高そうな方に見えたわ…ひょっとしてロザリーの知り合いかしら?」


しかし、私は首を振った。


「いいえ、知らない方です」


「そうよね。あの方は随分お年の方だったし…かなり高貴な方に見えたから」


「…」


私はカトリーヌさんの話を聞いていた。ごめんなさい、カトリーヌさん。本当の事を伝えられなくて。


あの方は…私の良く知っている方です。



だってあの方は…私の婚約者ですから―。


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