1−12 偶然の出来事

 アニータ達と校舎の前で別れると、私は1人で寮に向けてうつむき加減にトボトボと歩き出した。…本当はお金ならある。あの人からの学生生活支援金も頂いているからだ。けれども私はそれを使いたくはなかった。それを使ってしまえば完全にあの人の思惑通りになってしまいそうな自分がいるから。節約して、なるべくお金を使わないように生活を切り詰め…卒業するときに、あの人にこう言うつもりだった。


「私は貴方の施しなど必要ありません」


そんな事を考えながら寮を目指して歩いていた。その時―。

 

「キャッ!」


突然誰かにぶつかってしまい、私は尻もちをついてしまった。角から突然現れた人物にぶつかってしまったのだ。すると頭上で声が聞こえた。


「ちょっと!何やってるのよ。無礼な女ねっ!」


「そうよ!フランシスカ様に謝りなさいよ!」


え…?フランシスカ様…?


見上げるとそこには2人の女子生徒を引き連れたフランシスカ様が私をじっと見下ろしていた。


「…」


「あ、あの…」


すると1人の女子生徒が言った。


「ほら、さっさと謝りなさいよ!平民のくせに侯爵令嬢であるフランシスカ様にぶつかるなんて無礼よ!」


「あ、は、はい!」


慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「申し訳ございませんでした」


「…」


しかし、フランシスカ様は無言で私を見ているだけである。


「あ、あの…。お怪我は…」


すると別の女子学生が言った。


「勝手に話しかけるんじゃないわよ!この方はあんたのような平民ごときが気安く口を聞けるような方ではないのよ!」


「は、はい!すみませんっ!」


彼女たちはフランシスカ様の付き人なのだろうか…。何だか少し怖い。すると今迄黙っていたフランシスカ様が突然口を開いた。


「あなた達は先に行って。彼女に用があるから」


「え…?」


「ですが…」


すると強い口調でフランシスカ様が言った。


「早く先に行きなさいって言ってるでしょう?」


「は、はい!」


「申し訳ございませんっ!」


2人の女子生徒は青ざめ、頭を下げると逃げるように走り去って行った。そして私はフランシスカ様と取り残されてしまう。どうしよう…何を言われてしまうのだろうか…?


「貴女…名前は?」


突如、声を掛けられた。


「は、はい!ロザリー・ダナンと申します…」


「そう、ロザリーね」


「はい…」


先程から心臓がドキドキして口から飛び出しそうだった。すると…。


「ごめんなさいね。余所見していたのは私の方だったのに。それに怪我してしまったわね。大丈夫?」


「あ…」


地面に手をついたときに、怪我をしてしまったのかもしれない。


「これくらい手を洗えば大丈夫ですから」


「そう?」


フランシスカ様が心配そうな顔をしている。


「…お優しいんですね」


気付けば言葉が出ていた。


「え?」


「あ!す、すみません。高貴な家柄の方が…こんな平民の私の擦り傷の心配をして下さって…自分でも怪我の事に気付かなかったのに」


「そ、そうかしら」


フランシスカ様は少しだけ顔を赤らめた。


「私はもう大丈夫ですから。どうぞもう行って下さい。私のような身分の者と一緒にいるとフランシスカ様の評判に傷をつけてしまうかもしれませんので」


すると怪訝そうな顔でフランシスカ様が尋ねてきた。


「貴女…新入生のようだけど…私の事知ってるの?」


「あ…はい。有名なお方ですから。それに私、ブランシュ様と同じクラスメイトなのです」


「!そう、レナートと…ということはイアソン王子とも同じクラスなのね?」


「は、はい。そうです」


そこで返事をして、気がついた。そうだ…たしかフランシスカ様はイアソン王子の事を…。


「そう、それじゃ私はそろそろ行くから。彼女たちは私の侍女なのよ。心配しているかもしれないし」


「え?あの方々は…侍女だったのですか?お友達ではなく?」


「ええ、そうよ。私には友達と呼べる人はいないから」


その顔は寂しげだった。


「あ、あの。私が…」


思わず言いかけて口を閉ざす。


「何?」


「い、いえ。何でもありません。侍女の方なら…心配されているかも知れないですね」


「ええ、そうね。それじゃ」


フランシスカ様は立ち去って行った。その後姿を見送る私。


「バカね、私ったら…」


失言しそうになった。


私なんかがフランシスカ様のお友達になど…なれるはずが無いのに―。











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