戦利品






「あん時は完全に油断してた。ゴブリンって案外賢いのな」


 カップに注がれた紅茶で喉を潤し、かぶりを振る。


「ま、クララのお陰でギリ防御は間に合ったんだけども」


 こんな感じでな、と椅子に掛けたまま右腕で構える。

 今は外してある頑強な篭手に護られたからか、外傷は痣ひとつ見当たらない。


「そしたらその後、仕留め損ねたもう一匹も向かって来てよ」


 唯一防具を纏った右手が塞がった状態での板挟み。

 必然、振り回される松明を守勢に不向きなスティレットで受ける羽目となった。

 身体能力の低いゴブリン相手だったことが、せめてもの幸いだろう。


「鬱陶しいったらなかったぜ」


 ゴブリンは知能こそ低いけれど、悪知恵が利く。

 攻勢に出ず、二体がかりで動き回り、決定打を与えさせなかった。


 恐らくあのまま梃子摺っていれば、遠からず増援を呼ばれていた筈。


 十か、二十か、はたまた五十か。

 何せゴブリンの強みは、一を見付けたなら三十は居るとまで言われる繁殖力。

 数任せの暴力に晒されたなら、無事で済んだ確率は贔屓目に見ても五割以下だった筈。


「で、どうしたもんかと攻めあぐねてたところにクララの登場さ」


 ゴブリン側に誤算があったとすれば、小さな失念。

 状況は二体一でなく、同じ二対二という認識を持っていなかったこと。


「こいつマジ容赦ねぇの。迷わずゴブ公の目玉を狙ったんだ」


 妖精の飛行速度はサイズに比して中々であり、且つ一切スピードを落とさず曲がれる。

 吼えるゴブリンに一瞬で接近、テニスボールほどもある眼球を一突き。

 素早く腕を引き戻し、返す刀でもう片方も刺し貫いたのだ。


「あとはあっさり全滅。正面からやり合えば負ける方が難しいしな」


 以降も、小さな妖精は思わぬ力となってくれた。


「夜目は利く。斥候も撹乱もイケるときた」


 正味、行きたいと言うから連れ出しただけで、戦力的な期待など皆無だった。

 精々警戒時の視点がひとつ増える、程度の易い思惑。


 にも拘らず、蓋を開ければまさかの大活躍。

 環境と能力とが見事に噛み合い、支援の役目を全うしてくれた。


宝箱ギフトまで見付けてくれたしな! しかも三つ!」


 生憎山のような金銀財宝は入っていなかったが、それでも宝箱ギフト宝箱ギフト

 中身を確かめる瞬間など、興奮で指が震えた。


「今日は良い気分だ、ホントによぉ!」


 声を上げて笑い、快活に締め括るヨルハ。

 そんな彼の傍では、クララが鼻歌交じりに飾り針を磨いていた。






 やはり、迷宮メイズ探索を勧めるのは少し早かっただろうか。


 ギルドハウスでヨルハの話を一頻り聞いたシャクティは、書類を纏めながら思う。

 結果的に怪我無く戻ってくれたのは、幸いだが。


「大したもんだぜクララ。伊達に妖精やってねぇな、うん」

「ふっふー。そうだろうそうだろう」


 賞賛と共に持ち上げられたクララが、鼻高々と胸を張る。

 今夜は好きなものを好きなだけ食べさせてやる所存であった。


「ところでヨルハ。そろそろ、迷宮メイズから持ち帰った品を確認させて頂きたいのですが」


 もうじき日が暮れる。

 ギルドを閉めたら酒場の仕事が待っているため、早いところ片付けてしまいたかった。


 悪い悪いと詫びを入れつつ、ヨルハが足元へ置いたバッグに手を突っ込む。

 そうして、幾つかの出土品をカウンターに並べた。


「まずはコレだ。銀貨八枚、八百ガイル」

「埃被ってるけどお金はお金だよね!」


 均等に分けた場合、一人頭四百ガイルずつの儲け。

 そこまでの額とは呼べないけれど、一日分の稼ぎと考えれば十分に上等。

 箱の中に散らばる鈍い銀色を見付けた時は、二人揃って声を上げた。


「次。なんか壷」

「ガラクタですね」

「即答かよ。でも、やっぱりか」


 古めかしい、奇妙な模様の小さな壷。

 一応持ち帰ってはみたものの、鑑定結果は予想した通りの残念な有様。

 当然、価値はゼロ。ただし捨てるのも勿体無いため、ヨルハの間借りする部屋で飾られることに。


「最後によく分からん液体入りの瓶」

「甘い匂いがするよ!」


 高めの香水を思わせる、掌にすっぽり収まるサイズの小瓶。

 中身を一滴リトマス試験紙のようなものに垂らすと、赤く変色した。


「この反応、解毒薬アンチドーテですね。飲めば多くの毒を即座に無効化する魔法薬ポーションです」

「お、もしや値打ち物か?」


 材料が割と貴重なことに加え、利便性が高いため、確かにそこそこ値は張る。

 市場で買い求めるなら、一本三百ガイルはするだろう。


「ですが此方は貴方が持っているべきかと。ゴブリンの中には毒を使う個体も居ます」

「マジかよ。了解、保険に持っとくわ。命あっての物種だしな」

「賢明な判断です」






 恙無く終了した出土品鑑定。

 ちょうどギルドの受付終了時間と重なったため、三人でハウスを出る。


「俺達は風呂屋行くけど、どうする?」

「私は昼に入りましたから。このまま酒場の店開きに向かいますよ」

「そうか」


 互いに方向は正反対。

 軽く一礼し、踵を返そうとするシャクティ。


 そんな彼女を、ふと何か思い出したようにヨルハが呼び止めた。


「あ、そーだそーだ。悪いシャクティ、まだ一個あったわ」

「?」


 上着のポケットを探る。

 程無く引っ張り出されたのは、小さな何か。


 弧を描き、胸元目掛けて飛んだそれを、シャクティは両手で捕まえる。

 赤い宝石が嵌まった、銀製の指輪だった。


「やるよ。宝石のひとつも見付けたら分けてやるって前に言ったろ?」

「え……」


 そう続けたヨルハと、手中の指輪を見比べる。

 悪くないつくり。ルビーと思しき石の色合いも良い。

 大きな町の宝石店に持ち込めば、買取価格で恐らく千、或いは千五百にも届こう掘り出し物。


 ――否。それどころの代物ではない。


 指輪の裏側へと刻まれた幾何学模様を見付け、息を呑むシャクテイ。

 彼女が想像した通りなら、この指輪は最低でも五千ガイル以上の価値を持つだろう。


 流石に受け取れない。

 慌てて返そうとするも、手で制されてしまう。


「別に重く捉えんなよ。世話になってるせめてもの礼だって」

「いえ、そういう問題ではなく……ヨルハ、貴方これが何なのか分かっていますか?」

「何って指輪だろ? 今までの感謝を表すにしちゃあ、ちとショボイが」


 案の定、ヨルハは自分が得た物の価値を理解していない様子。

 少なくとも、気安く放り渡せるような品ではないことは確かだった。


 だが。


「一度出したもん引っ込めるのもダセェ話だし、俺の顔を立てて受け取ってくれや」


 そんな風に言われては、突き返すのも憚られた。


 どうすべきか、暫し逡巡する。

 やがて静かに肩を竦め、仕方ないとばかりに苦笑して見せた。


「貴方の顔を潰すのは本意じゃありません。分かりました、当面預かっておきます」

「おう、助かるぜ。返せなんて死んでも言わねーけど」


 指輪を両手で包んだまま、丁寧に一礼。

 くるりと踵を返し、一定の歩幅、一定のリズムで去って行くシャクティ。


 彼女の背中を見送った後、ヨルハもまたクララを伴い、風呂屋へと向かう。

 今宵飲む酒は、いつもより少し美味いだろうと思いを馳せながら。






 この日より、数日。

 左手小指に嵌めた指輪をじっと眺めるシャクティの姿が、幾度と見かけられたらしい。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る