【06】平凡で幸せな人生


『……という訳で、宮野くんは一九九九年のときに自殺した人の生まれ変わりじゃないかって』

 楪が話を終えると桜井と茅野は顔を見合わせて満足げに頷きあった。

「循……これは……」

「中々、興味深いわね」

 どうやら、しっかりと二人の琴線きんせんに触れたようだ。

『それで、生まれ変わりって、本当に存在するの?』

 楪の発した問いに茅野は答える。

「真実かどうかは解らないけれど、古今東西、様々な時代や文化圏で、生まれ変わりに関する逸話や伝承は語られ続けているわね」

「九尾センセの見解が是非とも知りたいところだねえ」

 その桜井の言葉に、楪が反応する。

『きゅうびせんせ?』

「私たちの知り合いの霊能者よ」

 その茅野の言葉に楪は黄色い声をあげる

『霊能者の知り合いなんているんだ。お姉さんたち、やっぱり、すごーい』

「ぽんこつだけど腕は確かな人だよ」

 と、桜井がつけ加えた。そこで茅野は思案顔を浮かべる。

「……でも、おかしいわね」

「何が?」と桜井が首を傾げる。

「確か一九九九年の集団自殺は、ブルーベリージュースに混ぜたシアン化合物による服毒自殺だったはずよ」

『私の友だちは、毒じゃなくて、首を吊った人もいたのかもって……』

 その楪の言葉に、茅野は眉間のしわを更に深める。

「どうもしっくりこないわね。首を吊った自殺者がいただなんて話は聞いた事がない。そもそも、別な方法を選ぶ理由がまったく解らない」

『そうだよね!』

 楪は茅野が自らと同じ見解を示した事を喜んだ。

 そこで茅野が不意に思い出す。

「……そういえば、その博愛教会の集団自殺があったのは、ちょうど明日ね」

「お、そなんだ」

「県南の果南市見返村の教団施設の大広間で行われたらしいわ。その教団施設は、今は廃墟になっているらしいけど……」

「じゃあ、いっとく? 明日の学校終わったら。どうせ次の日は日曜日だし、バイトもないから少しぐらい遅くなってもいいし」

「……今回の件に関する何かの手ががりになるようなものがあるかもしれないわね」

 案の定、その流れとなる。すると、楪が声をあげた。

『あの……私もいきたい』

 茅野は、桜井と顔を見合わせてから、ぴしゃりと一言。

「駄目よ」

 彼女たちの心霊スポット探訪は、ときに死の危険がともなう。只のピクニックとは訳が違うのだ。

 もっとも、本人たちのテンションは只のピクニックとそう変わらないのだが……。

 それはさておき、まだ小学四年生の楪を連れていこうなどとは、流石に思えない二人であった。

『……駄目?』

 困り顔で、顔を見合わせる二人。

 そこで茅野が優しい声音で、スマホの向こうにいる楪に語りかける。

「楪さん」

『何?』

「やはり、貴女を連れてゆく事はできないわ。ごめんなさい」

『うん……』

 酷くがっかりした様子の楪。

「でも、貴女にも大切な役割があるわ」

『大切な役割……?』

「そうよ。それは情報収集よ」

『情報収集……』

「その夢を見た男の子をしっかりと観察して、引き続き事態の動向を注視していて欲しいの。今日の夜もおかしな夢を見たかどうかも知りたいわね。これは、その男の子と知り合いの貴女にしかできないわ」

「世の中、情報だからね」

 二人の言葉に楪は、どうにか納得したようだった。

『情報収集、頑張る……』

「お願いするわ」

『でも……』

 と、そこで言葉を区切り、楪は遠慮がちに切り出す。

『もっと、大きくなったら、私も心霊スポットへ連れていってくれる?』

「ええ」と茅野。

 そして、桜井は、極めて真面目な顔で……。

「スクワット五百回できるようになったらいいよ」

『え……』

「もちろん、ただ回数をこなすやつじゃなくて、しっかりとしたフォームで」

『五百?』

「五百」

『う、うん……』

 やはりゴーストハンターへの道のりは険しい。その事を改めて実感する楪であった。




 その少しあとだった。

 宮野颯天は夕御飯の前に、今日の宿題を終わらせようと机に向かっていたが、気がかりな事があって、どうにも身が入らない。

 昨日、“オザワ”という人物から電話が掛かってきてから、どうにも母の元気がないのだ。

 何でも知人が亡くなったらしく、明日はその葬儀に出席するために、朝から家を出るらしい。

 宮野は、これまでの九年間の人生で誰かの生死に関わる事のない平凡な毎日を過ごしてきた。

 だから、親しい人間が亡くなると常に元気な母親であっても、あんな風に落ち込んでしまうのかと、軽いショックを受けていた。

 そして、もしも、クラスの仲のいい友だちが死んだら……自分の両親が……などと想像すると、胸の奥がじくじくと痛むのを感じた。

 そうして思い悩みながら、シャープペンシルの先をノートに走らせ問題集を解いていると、机の端に置かれたスマートフォンが震えた。

 画面を見ると、クラスメイトの戸田楪からの電話だった。

 戸田から直接電話をもらうのは初めての事だったので、宮野は怪訝けげんな表情で首を捻る。

 取り合えず、勉強する手をとめて、電話へと出る事にした。

「もしもし、戸田?」

『あ、宮野くん、今は大丈夫?』

「うん。大丈夫。で、何?」

『えっと、その……宮野くん、何か変わった事はない?』

「え?」

 宮野は、その唐突な質問に目を丸くする。

 そして、母親の様子がおかしいことを思い浮かべたが、別に戸田には関係がないな……と、思い「特にないけど」と、答える。

 すると、楪は更に質問を重ねてきた。

『そういえば、首のあざは大丈夫? 何ともない?』

「ああ。何か家に帰る頃には、ほとんど消えてた」

 もしかして、心配されているのだろうか。宮野は何となく嬉しくなり、ちょっとだけにやけてしまう。

 すると、楪が再び唐突な言葉を放つ。

『じゃあさ、明日なんだけど、どこかに遊びにいかない?』

「は?」

 宮野颯天はモテる。

 それゆえに、女子にこうして誘われた事は一度や二度ではない。

 しかし、彼にとって戸田楪は、そういう事を言い出さないと思っていたので、かなり意外だったのだ。

『駄目……?』

 耳を突く不安げな声に、宮野は慌てる。

「いや、全然、全然……え、二人きりで?」

『え、そうだよ。嫌なら他の女子も呼ぶけど? 一人ぐらい』

「いや。二人で大丈夫だけど」

『そう。なら二人で』

 さも当然のように言う楪に、がぜんテンションを高める宮野であった。

 そのあと、どこで何をするかを話し合い、けっきょく明日決めようという事になって通話を終えた。

 スマホを再び机に置いたあと「よっし!」と、宮野は思わずガッツポーズをする。

 実は、彼は前々から戸田楪の事が気になっていた。

 単純に可愛いし、他の女子みたいにきゃーきゃー言わないところがいいと感じていた。

 最近はあの変な夢のせいで戸田ともよく話すようになったし、これはもっと仲よくなれるチャンスかもしれないと、彼は意気込む。

 しかし、楪が宮野を誘ったのは例の件での監視のためである。

 更に二人きりなのは、自らの用事に他人をつき合わせたくないという楪なりの気遣いと、コロナ対策で密になるのを避けるための配慮であった。

 そして、当然なから彼は母親が嘘を吐いている事にも気がついていなかった。


 このように、宮野颯天の日常は、本日も表面的には平凡で幸せだった。

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