【07】忘れ物
扉を開けると小さな
二人は土足用のビニールの靴下を履き、勝手知ったる我が家のようにあがり込む。
茅野はリュックから取り出したデジタル一眼カメラの撮影準備をする。
その
「……いやあ、この空気、久し振りだねえ……」
そう言って、ネックストラップに吊るしたスマホでパシャパシャ撮影しながら、すぐ手前の左側にあった格子戸を開ける。
戸口の向こうは、どうやらダイニングキッチンのようだった。
開けてみると家具などは一切なく閑散としている。どこの家庭でも感じられるような特有の生活臭はまったくなく、只々もの寂しい。
しかし、桜井と茅野はご満悦の様子だった。やはり、久々の心霊スポット探訪でアガっているらしい。
「何もないところが、グッとくるね」
「そうね。この生活感のなさはそそるわ」
……と、独特な感想を漏らす二人。桜井が何枚か写真を撮ったのちに、格子戸を閉める。廊下の先へ進んだ。
廊下の左側の壁には、キッチンの格子戸から順に、普通の扉、硝子障子戸が並んでいる。
反対の右側に面した壁には、厚いカーテンで覆われた掃き出し窓が連なっていた。
そして、廊下の突き当たりは左側の玄関方向へと折れている。
「楪さんの見た人影は、この廊下を通ったのね」
茅野はカーテンの隙間から外を
すると、竹垣の向こうに戸田楪の部屋の窓が見えた。相変わらずピンクのカーテンによって閉ざされている。
桜井が普通の扉を開ける。そこはリビングだった。
左側はダイニングキッチンに通じているらしく、右側の壁には
室内を挟んで正面には、磨り硝子のはまった引き戸が見えた。
「幽霊いないねえ……」
と、しょんぼりした様子で眉尻をさげる桜井。
次に硝子障子戸の扉を開けた。すると、その向こうは和室だった。
右手の壁には障子戸が並び、左手にはリビングに通じた襖がある。そして、それは正面の奥の壁だった。
押し入れらしき戸があり、ほんの二十センチほど開いていた。
「少しだけ開いているわね」
「ちょっと、怪しいね」
桜井と茅野は室内に足を踏み入れると、その戸の前に立つ。
やはり、戸の奥は押し入れのようだった。
「開けるわよ?」
「うん」
茅野が開けようとすると……。
「固いわ」
中々開かない。
「どれ」と桜井が手を貸すと戸はあっさりと開いた。
そして桜井は、ネックストラップで吊るされたスマホのライトで中を照らす。
すると、下段の奥に何かがある。長さが一メートルくらいのサンドバッグのような袋だった。
「何だこれ……」
桜井が四つん這いになって、その袋を引きずり出した。
袋の口を開いて中をあらためる。
「これは、アウトドアなんかで使うエアマットね。ほら手動式のエアポンプも入っている」
茅野がエアポンプを取り出して、ぷしゅ、ぷしゅ、と手で押す。
桜井が
「前の住人が、忘れていったのかな?」
「その可能性もあるけれど……」
と、茅野は言うと折り畳まれたエアマットを広げ、四つん這いになって、まるで犬のように顔を近づけて観察する。
その様子を見守りながら桜井が問う。
「何か、解った?」
「まだね……まだピースが足りない」
「そか。まだか」
「取り合えず、ここはもういいわ。このベッドをまた元に戻して、家を出ましょう。もう一回、裏庭が見たい」
「らじゃー」
桜井と茅野は再びエアマットを折り畳み、押し入れの下段の奥へと入れた。
そして、戸を二十センチ程度開けたまま、和室をあとにする。
それから二人は裏口から裏庭へと戻る。
すると、すでに空は
茅野は柿の木を思案顔で眺めながら言った。
「幽霊の正体は、何となく見えてきたわ。ただ、どうにも引っ掛かる。私は、この裏庭をどこで見たのか……この柿の木の形、絶対にどこかで……」
「柿の木の枝って無駄にうねっていて怪物みたいだよね……」
桜井が柿の木を中心に、裏庭を撮影しながら言った。茅野は同意する。
「そうね。このシルエットは格好がよくて好きよ」
「
と、桜井が言ったところで茅野は柿の木の前から動き出す。
「取り合えず、戻りましょう」
「そだね」
そうして二人は裏庭をあとにして、何食わぬ顔で門を出た。
すると、いつの間にか門前の道を挟んで反対側に停められていた黒のステップワゴンの運転席から、男が降りてきた。
塩顔の整った顔立ちで、歳は三十程度に見えた。
男は二人に近づくと遠慮がちに声を掛ける。
「あの……君たちはいったい……」
桜井と茅野は不審者に話しかけられた普通の女子高生のように眉をひそめ、男に対して
「おじさん、何なの?」
「私たちに何か用ですか?」
……自分たちが空き家から出てきた不審者であるにも関わらず、この厚かましさである。
ともあれ、効果はあったようで男は急に
「あっ、ああ……ごめん。俺、この家に前に住んでいた者で、懐かしくなって、ちょっと、その、別に怪しい者じゃあ……」
「循、前の住人だよ」
桜井が隣の茅野の顔を見あげる。
茅野は食い気味に身を乗り出し、
「
と、言った。
「はい?」
男――鈴木要は驚いた様子で間抜けな声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます