【04】不審者


 小松と西木が二〇一号室をあとにしてからしばらく経って桜井と茅野も外へと出た。

 グリーンハウス内を探索する事にしたのだ。

 因みに二人がしばらく二〇一号室に滞在する事は、オーナーや小松と親しい一部の住人の間では周知されていた。

 もちろん“事故物件に泊まりにきた”などと正直に言える訳がないので、ちゃんと嘘のストーリーが用意されている。

 桜井と茅野は小松の親戚の姉妹で、現在二人の両親が離婚に向けた話し合いをしており、それが一段落するまで二〇一号室に滞在する……という事になっていた。

 ともあれ、まず二人は気になっていたパティオへと向う。

 すると山法師の木陰のガーデンテーブルに誰かがいた。

 まるで影のように陰気な黒いワンピース姿の女性であった。二人の方を見るなり、ニヤリと不気味に微笑みながら、ひらひらと手招きをした。

 桜井と茅野は女の元へ向かう。

「こんにちわー。あたしたち、今二〇一号室で……」

 と、桜井が言いかけたところで、女性が言葉を被せる。

「知ってる……いひひひ。ワタシは一〇三の近藤由貴菜こんどうゆきな。よろしくね」

 彼女は小松と同じ三年生で一年の時から、このグリーンハウスで暮らしているらしい。

「こちらこそ、よろしくお願いします。茅野循です」

「さく……茅野梨沙です」

 と、二人は自己紹介をした。

 すると近藤は二人の顔を見比べて、ほくそ笑む。

「姉妹なのに、全然似てないね……」

「私たち、父親が違うので……」

 茅野がしれっとした顔でのたまう。嘘ではなく事実なのだが、近藤は違う意味に捉えたようだ。

 はっ、として申し訳なさそうに頭をかく。

「それは何だか済まなかったねえ。ワタシの実家も色々と複雑でね。少しはアドバイスできる事があるかもしれない。遠慮はいらないよ」

 そう言って、いひひ……と笑う。

「お気遣い、ありがとうございます」

「……ございます」

 と、二人が頭をさげると、近藤は頭上の山法師の枝を見あげながら問う。

「それは、そうと、小松から聞いているのかい?」

 二〇一号室の前居住者の事だろう……そう思った茅野は首肯する。

「ええ。あの部屋で前に住んでた人が亡くなった件ですね?」

「そうだよ……いひひひ」

 近藤は肩を揺らす。

「でもね……それだけじゃないんだ」

 桜井と茅野は眉をひそめる。

「それだけじゃないとは?」

 茅野が聞き返す。すると近藤は楽しげに目を細めた。

「……確か矢島……ああ、矢島ってのは、二〇一号室の前のあるじだよ。彼があんな事になる一週間ぐらい前に、このグリーンハウスの別な住人が交通事故にあってね。あの坂道の下の十字路だよ。小松から聞いていないかい?」

 二人は首を横に振る。

「その人も死んだの?」

 桜井がたずねると、近藤は首を横に振る。

「いんや。ただ、植物状態で、まだ意識を取り戻していない。……それで、そいつが矢島と仲がよくてね。確か同じ高校の同級生とか言ってたね。事故のあと矢島は、ずいぶんと気落ちしていたっけ」

 思わぬところで得られた情報に桜井と茅野は興味を示す。 

「不幸な偶然かな?」

「今のところは、そう思えるけれど……」

 そんなやり取りを交わす二人を楽しそうに眺めながら、近藤は右手の人差し指を横に振って「ちっ、ちっ」と舌を鳴らした。

「ワタシには偶然だとは思えないねえ」

「何か根拠でも?」

 茅野が聞き返すと、近藤は魔女染みた微笑みを浮かべる。

「このグリーンハウスは呪われているのさぁ……」

 そう前置きして、得意満面に語り始める――




 それは、夜風がバンシーのすすり泣きのように鳴る晩であった。

 時刻は午前三時頃。

 近藤はどうにも眠れず、近くのコンビニまで散歩にいく事にした。

 あとから振り返れば、それは予兆めいた何かに背中を押されたとも言えたが、何の事はない。単なる気紛れである。

 ともあれ近藤は適当に上着を羽織り、部屋の外に出た。

 そこで廊下のパティオに面した窓の向こうに、ぼんやりとした乳白色の明かりが浮かんでいる事に気がついた。

 こんな時間に……しかも、風の強い日にいったい誰だろうか……近藤は窓からパティオをのぞいた。

 すると、明かりの中に黒いコートを着た何者かの姿が浮かびあがって見えた。

 シャベルを手に持ち、地面を掘り返していた。その足元にはプラスチックの青いバケツが置いてある。フードを目深に被りサングラスとマスクをしていた。

 少し怖くなってきた近藤であったが、この時点では、まだ好奇心が勝っていた。

 ますます怪訝けげんに思い、窓硝子に張りついて謎の人物を凝視した。

 すると、その人物は見られている事に気がついたらしく、不意に近藤の方へと首を捻った。

 そこで流石に恐怖の方が勝り、再び部屋へと逃げ戻る近藤。

 慌てて警察を呼ぼうとスマホを手に取ったところ、不意に冷静になる。

 何と通報するべきか……。


 『夜中に中庭で穴を掘っている人がいたからきてくれ』


 相手にされるような気がまったくしなかった。

 少なくとも、あの不審者が何をやっていたのか確かめるべきではないだろうか。

 そう考えた近藤は再び部屋の外へと出る決意を固める。

 近藤は、すぐに通報できるようスマホを持ったまま部屋をあとにする。

 すると、既に窓の向こうの明かりは消えており、パティオは闇に包まれていた。

 さっきの不審者は、もう立ち去ったようだ。そう判断した近藤は、恐る恐るパティオの中へ足を踏み入れた。

 そして、不審者が穴を掘っていた辺りに向かうと……。




「何もなかったのさ」

 そう言って魔女めいた笑みを浮かべる近藤に茅野は問う。

「何もなかった? どういう事です?」

「穴も……掘り返したあとも……なーんにも。煙のように消え失せたのさ」

 近藤は握った右手を上に向かって、ぱっと開いた。

「穴は埋めたんじゃないの?」

 その桜井の言葉に近藤は首を横に振る。

「でも芝生がはがれた場所なんかなかった。掘り返したときに出た土も。なーんにもない。間違いないさ」

「何だろう。幽霊? それとも人間?」

 桜井が両腕を組み合わせ、難しい顔をする。

「……そのすぐあとだった。数日後に入鹿が事故に合い、その一週間後に矢島が死んだ。あれは二人の不幸を予兆する死神だったのさ」

 近藤は陰気な笑みを浮かべた。不審者の話をする彼女が不審者そのものである。

 しかし、二人は特に動じた様子を見せない。茅野は近藤に問う。

「その不審者がいた場所はどこら辺でしょう?」

 近藤は椅子から立ちあがって歩き出す。

 そうして山法師の幹から北東の少し離れた場所で立ち止まる。

「ここだよ。間違いない」

 桜井と茅野も、その周囲を歩き回り地面を確認する。

 確かに掘り返したような痕跡は見られない。青々とした芝生と石のタイルがあるばかりであった。

 近藤が得意気な顔で言う。

「どうだい? このグリーンハウスは呪われているのさぁ……いひひひ」

 何とも言えない表情で顔を見合わせる桜井と茅野。

 とりあえず、二人は事故にあった人物の名前を近藤にたずねる。

 流石に不躾ぶしつけかと思いきや、あっさりと入鹿卓志の名前を教えてもらった。

 そのあと、桜井と茅野は、近藤に礼を述べてパティオをあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る