【File21】人喰い忌田

【00】同窓会


 昔、あったってんがの。


 ある村にじさばさがあったてや。


 じさとばさが村外れの田を耕そうとしたところ、泥ん中よりじぞさ地蔵様が現れたてや。


 じさとばさはじぞさを「邪魔だ」とのかし、ぶっちゃって捨て置いてしもた。


 ほうしたら、その田が底無しになり、じさとばさをぺろんと飲み込んでしもたてんがの。


 底無しになった田んぼは、ふっとつたくさん埋めても元には戻らず、村人たちはじさとばさがぶちゃったじぞさを高いところに祀りあげたてや。


 それでも田んぼは元に戻らず、村人は、おっちゃらほったらかしといたんだと。


 いちごさけもうした。


 (九段昌隆著、中越の昔話より)





 二〇一〇年の五月六日。

 朝からぐずついていた空模様は昼過ぎには持ち直していた。

 黒雲は風に流されて去り、穏やかな春先の陽射しが、田植え前の田園風景を照らしている。

 その日、一九九八年に廃校となった柿倉東中学最後の卒業生たちによる、初めての同窓会が開催されようとしていた。

 会場は地域振興施設『柿倉いきいきの里』の二階レンタルルームである。

 この施設はかつての柿倉東中学校の木造校舎をリノベーションしたものであり、普段は近隣住民のいこいの場となっていた。

 そのレトロな三角屋根のひさしの奥にある生徒玄関の脇には、ペーパーフラワーに囲まれたお洒落なウェルカムボードがしつらえられていた。

 更に案内に従って階段を登ると、会場からは温かな笑い声が聞こえてくる。

 二つある入り口の前方には受付台。

 そして、今も残る黒板には流麗なチョークアートが描かれている。美術が得意だった多島渥美たじまあつみの作品だった。

 そして、室内には机を寄せて作られたいくつかの島に、様々な料理がところ狭しと並んでいる。

 これらは施設一階のイタリアンレストランのもので、地場産の素材がふんだんに盛り込まれていた。

 参加者は三十六名。

 一クラスだけしかなかったので、全員が三年A組のクラスメイトだった。

 クラスの大半は地元にとどまっており、卒業後も親交がほとんど絶えなかった。それゆえにこれまで同窓会を開く必要があまりなかったのだ。

 しかし、クラスメイトが数名集まったある日の飲み会の席だった。

 委員長であった藤盛恭二ふじもりきょうじが“そろそろ自分らもいい年なので、全員が元気で顔を合わせられるうちにもう一度、三年A組として集まる必要があるのではないか”と提案した。

 それがすべての始まりだった。

 結果、彼らが学生だった頃の文化祭を再現したかのような温もりに満ちたハンドメイドな同窓会が開かれる事になった。

 参加者の生徒たちは誰もが年齢相応に着飾っており、笑顔だった。

 お前は変わった変わってないだの……太った、もう歳だ……結婚した、しない……嫁がどうこう、旦那が子供がどうしたこうした……あの頃はこうだった、ああだった……。

 様々な話題が飛び交う中、受付係であり、この会の幹事の一人である田仲麗佳たなかれいかは、名簿を確認すると席を立つ。

 すると武元敦子たけもとあつこが、彼女に白ワインの入ったグラスを差し出した。

「お疲れ様」

「ああ、あっつん、ありがと」

 田仲は朗らかに微笑みながら、彼女を当時の愛称で呼び肩をすくめた。

「……あとはみなもと先生だけ。少し遅れるって、さっき連絡があったわ」

 すると武元は室内をきょろきょろと見渡してから声をひそめる。

「ねえ、麗佳ちゃん……あの」

「何よ?」

滝川たきがわさん……まだ、きてないみたいだけど」

 その名前を聞いた瞬間、田仲の顔が不機嫌そうに歪む。

 滝川さくらは、十九歳のときに“SAKURA”の芸名で、某有名ファッション誌の専属モデルとしてデビュー。

 以降は、ドラマや映画などの女優として活躍中のタレントである。

 この一九九八年度卒業生の中では、いちばんの出世頭であろう。

「私、職場で自慢しちゃったんだ。あのSAKURAと友だちだって」

 武元は無邪気に話を続ける。

「それで、なんか2ショット写真、撮ってくるっていっちゃってえ……」

「彼女こないわよ」

 田仲はぴしゃりと言い放った。

「え……」

 武元の顔が凍りつく。

 田仲は慌てて取りつくろう。

「仕事が忙しいって話だったけど……」

「そうなんだ……」

 明らかに落胆した様子の武元。その、まるで“SAKURAがこないならくる意味がなかった”とでも言いたげな彼女の態度に、田仲は内心で苛立つ。

 武元が寂しそうに笑った。

「やっぱ、滝川さん、嫌なのかな……こういうの」

 田仲は彼女の言葉を笑い飛ばす。

「そんな訳、ないでしょ」

 そう。

 そんなはずはない。

 田仲は心の中でほぞを噛む。

「本当に仕事が忙しかっただけだって」

「そっ、そうだよね」

 武元はぎこちなく笑って、自らの手の中のグラスを唇の上で傾けた。

「じゃあ、次の同窓会はきてくれるかなあ……」

 その言葉を口にする武元の表情は、あくまでも無邪気そのものだった。

 そんな彼女から目を逸らすように、田仲は壁かけ時計の文字盤に目をやった。

 時刻は十五時を回ろうとしていた。

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