【15】DIY娘
一週間後の土曜日の早朝だった。
桜井と茅野の二人は、再び風見鶏の館の地下室にやってきていた。
その格好はというとヘルメットにゴーグル、
「ええっと……ここかな?」
桜井が前にこの地下室を訪れた時、寝転んで撮影した写真と天井を見比べながら、部屋の中央に立つ。
その彼女の足元を囲むように茅野がチョークで一辺三十センチ程度の四角い線を引いた。
「それじゃあ……うんざりするような作業を始めましょうか」
「うん……早くお昼のお弁当が食べたいよ」
桜井は棚の上に置いていた小型の電動ドリルハンマーを……茅野はハンディタイプのマルチカッターを手に取る。
因みに、どちらの工具もコードレスの充電式である。
二人は、これからコンクリートの床下に埋まった死体を掘り起こそうとしていた。
桜井と茅野が問題視したのは、芦屋育郎の殺人を立証する物的証拠が現時点でまったくない事だった。
武嶋夏彦が行った三件の殺人に関しては、あのスマホがあれば証明できる。
この館の地下室が友澤明乃殺害の犯行現場である事も、ルミノール検査などで証明可能だろう。
そうなれば当然ながら、この館の主である芦屋育郎へと、事件に関与した疑いの目が向けられる。
友澤明乃の遺体が発見された防風林に残されていたスコップの指紋もある。上手くいけば死体遺棄の件までは立証可能だろう。
しかし、芦屋育郎が犯した殺人は別である。
まず殺人事件において、もっとも重大な証拠とも言える死体がない。そもそも彼が誰を殺したのかも解っていない。
警察に話しても、どこまで本気にしてくれるか解らない。彼らは発覚していない事件への捜査に乗り出す事はないのだから。
更にこの地下室が犯行現場だった事も、スコップの指紋に関しても、
事件当時、館の玄関は施錠されていなかった。つまり、地下室は誰にでも犯行現場として利用可能だったという事である。
スコップも、元々地下室に置いてあったもので、盗まれてしまったと言われれば筋は通る。
それらの事情を
「まずは、マルチカッターで線に沿って切れ目をつけるわ。そのあとに電動ドリルハンマーで切れ目を入れた線の中を
「はつ……る……?」
桜井が首を傾げる。
「業界用語よ。元々は和歌山弁で、コンクリートや
「ふうん……」
「それじゃあ、始めるわよ。あとは、事前に決めてあったハンドサインで……」
「らじゃー」
桜井が返事をして耳栓をした。
茅野も胸元からイヤホンを引きずり出して装着する。
大音量のブラストビートに乗せた禍々しいベースラインとギターリフが始まり、マルチカッターのスイッチが入れられる。
円形の刃が高速で回転を始め、床のコンクリートに当てられると、獣の吠え声のようなヴォーカルが
当たり前の話であるが、硬いコンクリートの床を斫るなど、簡単にできる事ではない。
数センチ程度なら、
しかし、これが十センチを越えてくると、かなり難儀になってくる。当然ながら業者に頼む訳にもいかない。
さしもの茅野も、斫り作業に関しての知識や経験は持ち合わせていなかった。
最初は九尾天全に相談しようかとも思った。彼女は警察の捜査に協力しており、
しかし、桜井と茅野にとって最後の幕引きである死体発掘まで、彼女に任せてしまうのは忍びなかったようである。
幸い羽田の夢のお陰で死体が地下室のどの辺りに埋まっているのかは検討がついていた。
そこで二人は、散々悩んだ末に地下室の床を斫る事に決めたのだった。
まずは茅野がネットで手頃な電動工具を探しだして購入する。
そして、それらの品々が届き次第、茅野邸の裏庭を使って、作業工程や工具の使い方を入念にシミュレートした。
その二人の姿を見た茅野薫は『またイカれた姉が梨沙さんをそそのかしておかしな事を始めたぞ』と、げんなりしていた事は言うまでもない。
コンクリートを砕いて、掃除機で
因みに工具や掃除機など、作業に必要な物の運搬は籠つきの三輪自転車で行った。
ともあれ、作業は楽なものではなく中々に過酷であった。
震動と騒音と
瞬く間に二人は汗を掻き、その表情に疲労の色を
しかし、桜井と茅野は弱音を吐かずに黙々と作業を続けた。
彼女たちを突き動かすものは心霊スポットへの情熱である。二人は何よりも真剣で本気であった。
そうこうするうちに正午となり、昼食を取る事にした。
扉の横の壁に寄りかかり、桜井手製のおにぎりに舌鼓を打つ二人であった。
「やっぱり慣れてないっていうのもあるんだろうけど、結構、時間が掛かるね……」
明太子マヨおにぎりをむしゃむしゃと頬張りながら、桜井が地下室の天井を見あげる。
「
茅野はそう言って、ツナマヨおにぎりにかぶりつく。
「えあちっぱーって、あの工事現場でよく見る、ががががが……ってやつ?」
「そうね」
と、茅野は返事をして、鶏の唐揚げ入りおにぎりに手を伸ばした。
桜井も明太子マヨを平らげ、肉そぼろおにぎりに取りかかる。
「……でも、あの、ががががが……ってやつを上手く使いこなす自信は、流石のあたしにもないよ。一応は女子だし」
「梨沙さん、最近は現場女子と呼ばれる人々もいるらしいわ」
「か弱い女子高生から、そこにクラスチェンジするのはまだ早いよ。もう少し人生経験を積みたい」
「そういうものかしら?」
……などと、会話をしながらエネルギー補給を終えて、再び作業に戻る二人だった。
そして、十三時を過ぎた頃だった。ついにコンクリートが
それを見た瞬間、二人はあまりの嬉しさに飛びあがって歓声をあげたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます