第28話 何事にも希望はある

そんなことを話している内に居間へとたどり着いた。簡素なテーブル。座布団。まるでお爺ちゃんの家だ。


「ここでお待ちください。準備が終わったら来ますので」

「は、はい」



貴大が歩いていった後、八重はすぐに時雨を寝かせた。座布団を折って枕のようにする。少しは寝やすくなるだろう。


……足の方をチラリと見る。テーピングから漏れたうみ。あまりにも痛々しい姿に目をらした。


「……どんな夢を見てんだろうね」


光が時雨のほほでながら話す。


案外あんがい普通の夢だったりして」

「はは。俺らは変な夢ばっかり見るのに。なんだかずるいな」


普通の会話――のように思える。だが2人、いや4人とも疲れきっていた。


「これからどうなるんだろうな」

「さぁ……また海月の時みたいにならなかったらいいが」

「そうだな……」


壁にもたれかかる。――その時、窓の外に傘を指した老婆がいるのが見えた。




「どうもどうも朱美あけみさん。突然すみませんねぇ」

「……祭松さん。何を入れたんだい?」


老婆の名前は朱美。どうやら祭松と顔見知りらしい。朱美は本堂の方で祭松と話を始めた。


「さぁねぇ。友人の方は『何もしてない』って言ってたけど」

「馬鹿言うでないよ。外の方までぞ」

「確かに強大ですね――だから貴女を呼んだんです」


朱美は『フッ』と古い刑事ドラマの主人公みたいに笑った。


龍宮りゅうぐうの坊やは?」

「既に呼んでます」

鮫島さめじま松明まつあかりはどうだ。あの二人は最近見てないが」

「しばらく山篭やまごもりしてたらしいです。ちゃんと呼んでますから」

「ま、祭松さん直々に呼んでるならな」


羽織はおっていた服を放り投げる。


「貴大は使えるのか?」

「私の息子ですよ?」

「――いいね」



――ちょうど話題が出たタイミングで貴大が本堂へと入ってきた。


「来てたんですか朱美さん」

「久しぶりだな貴大。お前……図体ばっかでかくなりやがってよ」


拳で貴大を小突く。


「さて――他の奴ら三馬鹿が来る前に用意を終わらせておくぞ。祭松さんは触媒しょくばいを。貴大は力仕事を手伝え」

「はい」

「任せてください」

「気張れやお前ら。今回は激しい戦いになるぞ……!!」




空は暗く。太陽と同じように月は雲に隠れている。雨はまだ止まない。それどころか勢いを増すばかりであった。


土砂降りの空を眺めながら八重はぼーっとしていた。会話をするでもなく。スマホを見るでもなく。暇を潰すこともしない。


それは他の3人にも言えること。光は机に突っ伏して木目を数えている。弦之介は寝っ転がって天井を眺めている。石蕗は片膝かたひざを立てて座っている。


時雨は全く起きる気配がない。もしかしたらこのまま起きない方が幸せなのかも――そんなことを思い始めていた。


(……お前のせい、か)


言葉を思い出した。あの言葉は3人の誰かが言ったのじゃない。おそらくは幽霊の――雨宮祐希が言った言葉だ。


自分に向けられた言葉か。時雨に向けられた言葉か。考えても分からな――。


「――――――あれ?」


――――ふと疑問ができた。


「どうした?」

「……光。お前は幽霊と話したんだよな?」

「え……うん」

「その時に『時雨に殺された』とか言ってたらしいな?」

「うん……」

「――おかしくないか?」


3人とも八重の方へ顔を向ける。


「だって……雨宮祐希は時雨が産まれる前に死んだんだぞ?なんで殺されるんだ?」

「死んだ?え?どういうこと?」

「あ、そういえば言ってなかったな。その雨宮祐希って女が時雨の父親をストーカーしていたのは言ったよな?」

「うん」

「実はその女はその後に自殺したらしいんだ」

「……自殺?」

「おかしいだろ?時雨が産まれてからならまだ幾分いくぶんか納得できる。だが時雨が産まれる前だぞ?なんで時雨が殺すんだ?」


弦之介と石蕗は『確かに』という顔をしていた。むしろ今まで気が付かなかった方がおかしいというくらいに。


「間接的に……とかですかね」

「どういうことですか?」

「女は好きな人に子供が産まれるから――つまり時雨ちゃんが産まれるからショックで自殺した。だから『お前が私を殺した』とか」

「んな馬鹿な。いくら異常者でもそんなこと」

「ないとは言いきれないですけど……お坊さんは『末代まで呪うほどの強大な恨み』と言っていました。たかが現代人の1人がそんな強い呪いを残せますかね?」

「まぁそうですよね」


八重は時雨の顔をのぞいた。とても安らかな寝顔。まるで死んでいるかのような――八重が思いついた。


「もしかして――のか」

「違うって?」

「俺は幽霊が雨宮祐希って思い込んでいたけど……もしかしたら違うんじゃないか」

「でも幽霊は明らかに雨宮祐希だったぞ?」

「確か女が自殺した時、なんか魔法陣のようなものを描いていたって言ってただろ?もしかしたらを呼び出したとか」

「……ありえなくは無いですね」


石蕗はそう言った。むしろそう言うしかなかった。今まで言った話は全てが推測すいそく。確定したものじゃない。


だけど――光の表情はどこか嬉しそうだった。時雨は何も悪くない。そんな希望が出てきたからだった。

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