15話

 女性の近くまで来てから後悔してしまった。

 他の奴らの目が痛い。ましてや、デブがグダグダと俺に対して何かをしてこようとしている。俺の言葉を聞いた女性すらも驚きからか、ポカーンとしているし。……でも、縋るように「本当に助けられるんですか」と聞いてくるあたり救いたい気持ちは強いんだろう。


「助けられる。だから、一瞬でいいからその子を俺に託せ」


 女性の顔が一瞬だけ強ばった。

 それでも迷いながら俺へと子供を渡してくる。色々と考える事もあるのだろう。申し訳ないけど俺だって助けたいという気持ちは強くない。俺以外に頼れる奴がいるのならとっくに何とかしてもらっている。


 でも、そんなヒーローはいないんだろ。

 そういう人がいるのなら、俺が苦しんでいる時や死んだあの時……全部、俺のようにヘマをせずに何とかしているはずだ。分かっている、俺はヒーローなんて存在にはなれない。だから、なりたいという気持ちもないさ。


 だけど、助けられる力があるのに……。

 それなのに何もしないでいるのはできない。今の俺はどうしてか、色々と抱え込めるだけの力があるんだ。この状況を少しでも楽にできる。何かをするための金も奇跡を起こせるだけの力も俺にはあるからな。


「私を無視するなッ!」

「うるせぇよ! カスがッ!」


 騒ぐだけの馬鹿はぶん殴って黙らせた。

 未だに「私が誰だか」とか抜かしているが逆に俺が誰だか分かっているのか。本来ならこんな矮小な存在が触れ合えるわけが無いのに。まぁ、そういう些細な事も分からないから殺しかけている子供よりも女に目が行くんだろうな。


 だが、殴ったせいで兵士を来てしまった。

 馬車の中からだからルール家の兵士では無さそうだからな。話はきっと通じない。なら、さっさとこの子に応急処置をして問題を解決させるだけ。できるか、できないか……どちらかと言えば勝てっこない相手だろう。俺は強くなれはすれど強くは無いからな。


 でも、こんな不条理な糞野郎は許せない。

 その罪を理解しながらも与して馬鹿みたいな事をする兵士だって……ああ、本当にイライラする。こうなってしまったからには全てにおいて本気でいかないとな。手は抜かずに敵は全員、殺す。生きて捕えるとかも考えない。


「これで死にはしないはずだ」


 必要な物は欲しい物リストにあったからな。

 かなり値は張ったが今は仕方ない。ポーションとかいう剣と魔法の世界ならではのアイテムを説明書通り子供にかけただけだ。だが、値段に見合っただけの効き目は間違いなくなるだろう。


 同時に本当なら買いたくなかったが幾つか身を守るために道具も買わせてもらった。これも日本にいた時にはアニメや漫画でしか見ることの無かった代物だ。もちろん、初めて使うが……これなら今の俺の力不足を解消してくれるだろう。


「さてと、君達は私に刃を向けてくるのだな」


 返答は無し、ジリジリと詰めてくるだけだ。

 コイツらには話をするための口が無いのか、採用するか否かの際に無言で全てを何とかしてきたのか。本当に阿呆らしくて馬鹿らしい。ため息すらも出ないほどにコイツらは救えないな。……いや、そうでないと俺も覚悟を決められないか。


「なら、どちらにせよ死ぬんだ。俺の手で安らかに殺してやろう。そして知れ、お前達が刃を向けた相手が誰なのかを」


 今だけは、その立場を最大限活用させて貰う。

 俺はシオン・ルール……世界最強と呼ばれる存在の四男だ。こんな雑魚に負けるほど……俺は落ちぶれてはいない。守るんだ、俺の命を。そして、死にかけているいやしん坊を。それが異世界で最初のクエストだ。


「死んで、詫びろ」


 一気に気配を消して近付く。

 すぐ真横から剣を振ってみたが弾かれた。さすがに腕はあるみたいだ。弾く力からして俺よりも格上なのは予想通りだった。……だが、今のは軽いジャブみたいなもの。本当の一撃は次からだ。


「ぐっ……!?」


 弾かれた兵士とは別の兵士の足を銃で撃った。

 ついさっき買ったばかりのM&P9のシールドとかいう銃の一撃だ。一応、初期不良とかも考えて二丁買ってみたが……使い心地は悪くは無い。まぁ、狙い通りには撃ち抜けないな。今だって狙いは胸元辺りだったのに当たったのは足だったし。だが、反動を力で抑え込める事が分かったからマシだ。


 すぐに膝をついた兵士に他の兵士が集合する。

 残りは四人、負傷した兵士を囲むように四方を向いて守っているな。……ハッ、どこから来るか分からない一撃はさぞ怖かろう。すぐ近くに死が迫ってきているんだ。それが兵士達の主が仕出かした最悪な罪、与するのなら同様に味わえ。


「がふっ……」

「まずは一人」


 一人の兵士の胸元を銃弾が貫いた。

 離れてから気が付いたが一緒に膝をついた兵士も撃ち抜いていたらしい。まぁ、死ぬのは時間の問題だろうな。……本当は軽く足が震えている。でも、今更、逃げられないんだろ。逃げたら親子が痛め付けられて殺されるだけなのだから。


 なら、覚悟を決めて全てを殺しきれ。

 吐き気も、震えも何もかもを飲み込んで慣れてしまえばいい。感覚を日本の時のままにするな。この世界では生きるか死ぬか、その二択の中で俺が死なない選択肢は敵を倒す事だけだ。生かせるだけの力が無いなら殺せ。


「三人目」

「ひっ、ひぃぃ」


 残り二人ってところで逃げ始めた。

 だが、この拳銃を使えば逃げる敵も殺せるはず。照準を合わせて外さないように構えるだけ。このまま引き金を引くだけで……ふっ、いや、無理か。もうとっくに限界だったんだ。


 俺は本当に甘えん坊だったんだな。

 こんな時に残り二人も殺し切れないなんて。アイツらを逃がしてしまえば将来の敵になるだけ。それが分かっていて引き金を引こうとする手が震えて拒絶してしまう。……もう、いいだろ。


「き、きさま! 私が誰だか!」

「二度も同じ言葉をありがとう。だけどな、お前の名前だとかはどうでもいいんだ」


 逃げられないように足へ撃ち込む。

 震えはするけど何とか当てる事はできた。少しでも気を抜けば倒れ込みそうな足を力を込めて徐々に距離を詰めていく。その中でも目の前の男から目は逸らさない。



 コイツは子供を殺しかけた、それが罪だ。



 そして俺は人を三人殺した、それも罪だ。



「この際だから名乗っておこう。私はーー」

「シオン・ルール、この街の領主であり世界最強の男であるシン・ルールの大切な息子の一人でございます」


 一人の女性が俺の目の前に現れた。

 見覚えた姿と聞き慣れた声、間違いなくエルだ。いつもと変わらないはずなのに不思議と怒っているように感じる。きっと勝手な事をした俺への怒りなんだろうな。


「死になさい、ゲス野郎」


 明らかに男の顔面が凹んだ。

 それだけの力でエルは男をぶん殴っていた。俺も似たように殴られるのかな。……そう思ったがエルは何かをするわけでもなく俺の頭を撫でてくれた。


「頑張りましたね。全て見ていましたよ」

「エル……俺……」

「大丈夫です。詳しい事は帰ってからにしましょう」


 笑ってくれた……これは絶対に間違いない。

 慣れた手つきで兵士の死体を袋に入れて、男を手錠のようなもので腕を拘束していた。そのまま男が使っていた馬車を連れて来て、先に親子を乗せている。その時にはもう緊張の糸が切れて俺は立ち上がれなくなっていた。


 でも、怒らずエルは肩を貸して乗せてくれた。

 隣に座ってくれたから申し訳ないと思ったけど身を委ねてみる。……何も言わずに馬車を発車させてくれたところを見るに今だけは許してくれるんだろう。小さな優しさだけど本当に有り難くて嬉しかった。


 微かに流れそうな涙を隠すために目を閉じる。

 少しずつ込み上げてくる眠気に逆らわずにエルの硬い鎧を枕にして眠りについた。

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