第53話 ノア、暁の勇者との想い出

「ノア様。わたくしはあの時のノア様の言葉に救われたのです」


「えっと、シエナさんとは初対面じゃ? あ? いや君はもしかして……暁の勇者?」


そう、俺とシエナは初対面じゃなかった。


あれは俺の黒歴史だった。


王都で俺は孤独だった。


リリーを辺境領に残して過ごした14才の夏のこと、俺は厨二病を発症していた。


王都でブームとなっていた英雄譚の物語の世界にドップリとつかっていた。


「黄昏より深きモノ、闇より深きモノ、あの金色の闇の王がやって来る……」


「闇より深きモノ? そう、ヤツがやって来るのね?」


王都の公園で一人英雄譚ごっこに耽っていると突然後ろから声をかけられた。


見ると俺と同じように眼帯で片目を隠し、真夏だというのにマフラーをなびかせている。


ちなみに俺もマフラーをなびかせているが風は吹いていない。


のりで固めてあるのだ。絶えずマフラーはいい感じでワイルドになびいている。


「あなたも運命に導かれし戦士ね?」


「ああ」


ヤベェの来たと思いつつも同類だし、彼女は可愛いからちょっと嬉しい。


こんな馬鹿なやりとりもいいかもしれない。


「私は勇者、故あって名は明かせない。だが人は私を暁の勇者と呼ぶ、あなたの名前は?」


「俺は暗黒の勇者、故あって名は明かせない。この右目に宿った暗黒竜のせいか人は俺をそう呼ぶ」


それが彼女との出会いだった。


それから俺と彼女は毎日その公園で会った。


特に約束した訳じゃないが、同じ時間に同じ場所で会い、英雄譚の世界にはまるという交流が1ヶ月続いた。


そして、ある日を境に二人はお互い公園を訪れる事は無くなった。


恥ずかしい事にようやく気がついたからだと思う。


そうだった筈だが良く思い出せない。


「君は夢を実現したんだね?」


「はい。そうなのです。私は16の時に勇者の能力を授かりました」


厨二病患者が本物になるって……いいな。


俺も勇者になりたかった。


「あの時、ノア様が『俺が家族になってやる』と言ってくれた時、私の心は救われたのです」


「あの時?」


俺は記憶を甦らしていた。


そうだ。


俺と彼女が会わなくなった原因。


ある日、彼女は厨二病ではない素の自分を始めて俺の前に曝け出していた。


「わたくし、お母様が死んでしまったのです。家にわたくしの居場所なんてないのです」


「なら俺が家族になってやるよ」


軽率な言葉だった。


気楽に放った一言。


それが彼女にどんなに重い言葉になったのか?


それに俺は気が付かなかった。


「じゃあ、私、君のお嫁さんになるのです。そうすれば家族になれるのです」


冗談だと思っていた。


そして次の日から彼女は来なかった。


そうあの時、俺と彼女は突然現実に引き戻されたのだ。


「ノア様?」


「何? シエナ?」


「わたくしから逃げられると思ってはダメなのです」


「……」


自分がヤベェ事自覚あり?


「わたくしはノア様のお嫁さんになるのです。邪魔をする者は殺します。機嫌が悪いと殺します。気分転換にも殺します」


「いや、気分転換とか邪魔するだけで殺すとかはダメだろ!」


「ノア様がそうおっしゃるのならわたくし……でもわたくしの事をお嫁さんと認めたのです」


なんでそうなる?


こんなヤベェ嫁怖いよ。


ルナもヤバいけど、もっとヤバいヤツが来た。


なんかアリスが一番まともそうな気がしてきた。


いかん、ここは一旦話を誤魔化そう。


「シエナは俺の事をどうやって知ったんだ? 一度も本名も家名も教えなかったのに?」


「いやですわ。未来の妻となることが確定したあの日、すぐに手の者にノア様の事を調べさせて、それ以来ずっと見守っていたのです。今でも10分おきに必ずチェックしてるのです」


俺、とんでもないのに目をつけられたな。

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