第4話

 部員が一人しかいないとはいえ、文芸部は文芸部。


 一応それっぽい物を持っていかないと、文芸が目的で部に来ているわけじゃないということがバレてしまうかもしれない。だって俺は、奴らと距離を取れて穏やかに過ごせそうな場所として文芸部を選んだのだから。


 今回は見学という体で行くつもりだが、もちろん文芸部の顧問に何も断りは入れてないし、むしろ顧問が誰なのかも知らない。


 テニス部に関しては本日バックれるつもりだ。まぁ、結構緩い部活なので問題はないだろう。


 それにあそこは、陽キャっぽいっていうのと、中学の時もやってたって理由だけで入った部活なので、文芸部が楽しかったらもう辞めようかと思っている。


 文芸部室は最上階である四階の一番奥の部屋らしく、まさしく校舎の「隅」で廃部寸前感がハンパない。


 手提げの通学バックを肩に掛け、借りた本を片手に階段を一段一段、軽い足取りで登る。


 まだ下校時刻を過ぎて間もないので、帰宅する生徒や部活の準備をする生徒が多々見受けられ、辺りは放課後特有の喧騒に包まれている。


 四階に上がった瞬間、突然周囲が静かになった。この階には教室が存在しないからだろう。  


 俺の足音だけが、この場に響く。


 廊下の奥、つまり文芸部室の前まで来ると、そこはドアが一個あるだけの小さな部屋だった。すでに電気は点いているので、部員はもう来ているようだ。


 中から物音一つ聞こえないことから、部員が一人であることは確からしい。一体どんな人だろうか……


 俺はゆっくりと慎重にドアを開けた。


「失礼します……」


 するとそこには、よく見知った女子生徒が一人、机に座っていた。


 整った容姿に長めのポニーテール、そこそこある胸。


 どう見ても俺の幼馴染み、五日野春音いつかのはるねだ。


 驚いた春音はるねが、気まずそうに話しかけてきた。


「……どしたの? 健斗けんと……」

「そっちこそ、なんで……」

「え、なんでって私、ここの部員だし……」

「ってことはあの短冊書いたの、春音……五日野いつかのさんだったんだ」


 昔は名前で呼んでいたが、つい気恥ずかしくて苗字になってしまう。


 でも、春音は俺のことを今でも名前呼びするみたいだ。女子と男子の感覚の違いってやつだろうか。


 一瞬だけ、彼女の表情が明るくなる。


「もしかして……、あの短冊を見て来てくれたの?」

「……まぁ、そうだけど」


 短冊を見なきゃ、俺は逃げ場所をここにしなかっただろう。


「そう……、ありがと」


 春音が俺から目を逸らした。少し照れ臭そうな言い方だったが、その表情はすぐに堅苦しいものに戻ってしまう。


「とりあえず入りなよ」

「お、おう」


 素直にしたがって、部室へ入る。


 ドアを閉めて部屋を眺めてみると、この長方形の形をした室内には長机が中央にドカンと置いてあり、そこに数個の椅子があった。左右の壁には棚が設置され、本が数冊入れられている。


 なにやら春音が、自分の正面にある椅子を指差して、俺の顔を覗いてきた。


「ここ、座って」

「……はい」


 俺は彼女から一番遠い、窓際の斜め向かいに座ろうと想っていたのだが……春音が気にしないならいいか。


 俺が座ると彼女が、辿々しく聞いてきた。


「なんで……来たの?」

「逆に来ちゃ、だめだったの?」

「いや、そじゃなくて……、だって健斗、テニス部でしょ?」

「ああ、それならやめようか迷ってる」


 言うと春音は、怪訝そうな視線を向けてくる。


「なんか……、あった?」


 それは、春音だからできる質問だ。小学、中学の俺を知っているからできること。俺が文芸部へ来たってだけじゃなく、雰囲気とかで察しただろう。


 春音は俺が高校デビューしたことを知っているのだろうか。クラスが違うので知らないかもしれない。


「俺、高校入ってさ……」

「あー、その話はいいよ。知ってる」


 そう、そっけなく言われてしまった。


「そっか……。じゃあ結論だけ言うわ」

「うん」

「ぼっちに戻ることにした」

「え⁉︎」


 今日一で大きな声を出した春音。そこまで驚くことだろうか。


「まぁ、そういうことだから」

「そっか」


 春音は一言だけ呟いて、理解したことを示すかのように頷いた。


 現時点では俺に何かあったってことしか分かっていないくせに、あえて詳しいことを聞いて来ないあたり、本当にいいやつだ。


 それにしても、お互い意外と話せている。幼馴染みとはそういうものだろうか。話している内容も距離感も昔とは違うけれど、それでも言葉では表せない何かがある。


 俺からも少し、話しかけてみる。


「今、何組? 俺は五日野さんのこと、この高校であんまり見た記憶がないから……」

「A組だからじゃない?」

「A組⁉︎ なるほど、それでか……」


 選抜クラスであるA組は、階が違うのだ。そして当然、学力が高い。


 全教科の総合得点がちょうど平均くらいな俺に対し、二十人という少人数で形成された選抜クラスは、学年の一位から二十位をクラス全員で独占しているのだ。


 つまりそれは、春音が少なくとも学年二十位以上の成績を誇っているということ。小学校の頃から頭良かったけど、やっぱすごいな。


 学力の差てきな意味で今後、話についていけるだろうか……


 待て。


 まず確認しておかなくてはならないことがある。


「一応聞いとくけど、俺でもいいか?」


 正直すでに今、もうこの部活に入ろうと思っている。恩知らずのあいつらと過ごすより、春音とまったり過ごす方が絶対に楽しい。


 でも、春音はそれでいいのだろうか。


 彼女は、不思議そうに聞いてきた。


「何が?」

「新入部員だよ。俺だとなんか、距離感が掴みにくかったりしない?」

「――大丈夫」


 春音はきっぱりと言い切った。別に嬉しそうだったり、自信げだったりするわけじゃない。でも、その声音には彼女の確かな強い意志が籠っていた。


 なので「これからよろしく」みたいなことを言おうと思ったのだが、それよりも先に再び春音が口を開いた。


「ただし、条件があるよ」

「条件? なんだよ?」


 聞くと彼女は突然、視線を斜め上にやって小声で呟いた。


「……『五日野さん』じゃなくて、前みたいに『春音』って呼んで」

「…………そ、それでいいのか。分かった、善処する」


 簡単そうで難しいな……。やっぱり春音も、幼馴染みとして俺に名前で呼んでほしいのか。これから彼女に話しかける度、メンタルが削られそうだ……。それと今の春音、ちょっと可愛いかったな……。


 その後俺たちはお互い十分ほど、気恥ずかしくて目を合わせられなかった。


 ***


「そんな本、読むんだ」


 沈黙を誤魔化すように図書室で借りた本を読んでいると、先程までスマホで何かを打ち込んでいた春音が、一ミリくらい感心した様子で話しかけてきた。



誰かのツイート

『やったー! 短冊に書いたこと、本当に叶った!

 どうやらぼっちの願いも聞いてくれるみたい笑

 しかも来てくれたのが、片想い中の人なんだけど……、

 これから、頑張らなきゃね……     』

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る